第10話 異議あり!
「ウォッホン。なるほど、事情は理解しました」
リビングにて、おれは裁判長の格好をした海希に裁かれようとしていた。なお、実際の裁判がどんな感じなのかおれは知らない。たぶん、海希も知らないと思うのでノリでやってるんだろう。
「今回の件ですが、被告人である天方日希が被害者である姫宮琉奈の胸部に触れたのは、被害者を助けようとしての偶発的な事故である。その点を考慮した結果、被告人、天方日希は――死刑とする」
「いや、死刑かよ! 事故とか全然考慮されてねえじゃねえか!」
海希が木槌みたいなのを叩いたあと、おれは抗議の声を上げる。その際、海希のほうは外れてしまった付け髭を付けなおしていた。
「静粛に! 静粛に! 発言したい場合はまず許可を取るように」
「じゃあ、改めていいか、海希?」
「裁判長と呼びたまえ。というか、さっきからなんだ、その口の利きかたは。君は自分の立場がわかっているのかね?」
「すいません。では、発言よろしいでしょうか、裁判長?」
「うむ、許可しよう」
「被害者を助けようとしての偶発的な事故であると言いつつ、死刑になるのはおかしいのではないですか? そもそも、死刑になるほどの事件ではないと思うのですが?」
「まったく、なにを言うかと思えば君は自分の犯した罪の大きさがわかっていないようだね。本来ならもっと君を苦しめてもいいのだが、一思いに楽にしてあげようというのだよ」
なるほど。この裁判において死はこれ以上の苦痛を与えられないという意味で慈悲である、ということか。いや、納得できねえよ。このままではお兄ちゃんはお終いなので、ここは強気でいくべきだろう。
「異議あり!」
「あ、なんか飽きたからもういいや」
「いや、このタイミングで終わるのかよ」
というか、おれ達はなぜこんなことをしているのだろう? 海希に悪ノリにまんまと付き合わされてしまった。
「で、どうするつもりなの、お兄ちゃん?」
「そうだなあ……」
さて、実際どうするべきか。やはり事情を話してきちんと謝り、そのうえでお詫びとしてなにかするのがいいだろうか? 琉奈を助けようとして起きた事故ではあるが、だからといって黙っているのは駄目なんじゃないか? そのようなことを考えていると海希が口を開いた。
「仕方ない、こんなときに頼りになる人がいるから連絡してみるね」
「そうなのか? それなら頼む」
さすがはおれの可愛い妹だ。頼りになるぜ。
「もしもし、警察ですか? 実はある男性が女子高生の胸を触るという事件が発生しまして」
「MA☆TTE!!」
「やだなあ。冗談だよ、お兄ちゃん」
海希はイタズラが成功したのに喜んだのか、ペロッと舌を出してそう言った。
「それで、賢い妹の海希ちゃんがふと思ったんだけど、琉奈さんにはあえて黙ってたほうがいいんじゃないの?」
「え? なんでだ?」
「んー、そうだなあ。この前お母さんが家族全員のケーキを買ってきたことがあったでしょ?」
「あったけど、それがどうかしたか?」
「実はお父さんの分まであたしが食べちゃったんだけど、そもそもお父さんはケーキを買ってきたことを知らないから傷ついていない。それと同じようなもんかな」
「……うん、よく分かった。だけど、海希ちゃんはもう少しお父さんに優しくしてほしいって、お兄ちゃんは思うな」
「それは後ろ向きに検討しとくね」
「後ろ向きなのかよ……」
それだと、今より悪くなっちゃうんじゃないの? まあ、このくらいの年齢の女の子が父親を嫌うのは仕方のないことかもしれない。せめて、おれは父さんに優しくしてあげよう。
「それで話を戻すけど、琉奈さんは眠っていたわけだから、なにがあったかは当然気付いてないよね。なのに、わざわざ事情を話したら琉奈さんが嫌な思いをするだけじゃない?」
「まあ、確かに言われてみればそうだな」
「でしょ。もし、お兄ちゃんが悪意を持って琉奈さんになにかしたっていうなら、黙っているっていうのは当然許されないよ。けど、今回はそうじゃなくて、あくまで琉奈さんが怪我しそうになるのを助けようとしただけだし」
海希の意見を踏まえてもう一度考えてみよう。まず、黙っている場合だ。この場合は琉奈に嫌な思いをさせずにすむし、おれとしても今回の件は話しづらい。ただ、黙っているとなると罪悪感で心がかなりモヤモヤするな。
次に、正直に話す場合だ。この場合は琉奈に嫌な思いをさせてしまうし、おれは嫌われるかもしれない。いや、さすがにこれは考えすぎだな。琉奈は優しいから、事情が分かればきっとおれのことを許してくれるし、関係性が悪化することもないだろう。それに、きっと罪悪感も今よりは薄くなるはずだ。
さて、考えた結果はこんな感じか。なら、答えは決まりだな。
「そうだな。琉奈には黙っていることにしよう」
さっきの考えをわかりやすく整理すると、黙っていた場合は琉奈のためになり、正直に話す場合はおれのほうに都合がいい。ならば、当然琉奈のためになるほうを選ぶべきだ。琉奈に嫌な思いをさせるくらいなら、おれが罪悪感を抱えているほうがいいに決まってる。
「わかった。じゃあ、お兄ちゃんが琉奈さんの胸を触っちゃったことは、ちゃんとあたしも秘密にしておくからね」
「ああ、すまんが頼む」
「……えっと、今の話ってどういうこと?」
「「あっ」」
その声が聞こえたほうを向くとそこには琉奈がいた。どうやら、目を覚ました琉奈がリビングまでやってきたらしい。そして、タイミング悪く話を聞かれてしまった。
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