第09話 睡眠の重要性

 アニメと違い、漫画のほうは貸してあげれば琉奈の家でも読むことができるので、何冊か貸すことにした。そして、それらを読み終えた琉奈が再びおれの部屋を訪れていた。


「日希くん、この昨日借りた漫画を返すね。貸してくれてありがと」


「ああ、しかし今日はずいぶんと眠そうだな」


「うん、実は昨日夜更かししちゃったんだ。この巻を読み終えたら寝ようと思って読み始めるんだけど、読み終えたら次の巻が読みたくなっちゃって。それで、その繰り返しでついつい寝るのが遅くなっちゃって」


「それはまあ、漫画を読んでるとよくあることだな」


 そんな話をしている最中にも琉奈は口を手で押さえながらあくびをしていた。学校からの帰り道でも何度もあくびをしていたし、ずいぶんと眠いらしい。


 だが、寝不足によって集中力を欠いてしまうと、場合によってはキラキラのついたサメさんポーチを常時着用することになってしまうため、琉奈にはちゃんと睡眠の重要性を意識してもらいたいところだ。


 いや、でもよく考えると琉奈がそういうものを身に付けるのは別に問題ないのではなかろうか? だってほら、可愛い子はなんでも似合うっていうしなあ。


「でも、そんなに眠いなら今日は帰ったほうがいいんじゃないか?」


「うーん、大丈夫だと思うからいいよ。それより、漫画の続きを読ませてもらってもいいかな?」


「ああ、それは構わないが……」


「ありがと」


 琉奈はそう言うとイスに座り漫画を読み始めた。眠気よりも漫画を読みたい気持ちのほうが勝っているらしい。まあ、おれにもそういう経験はあるので気持ちはよくわかる。


 それ以外のパターンだと、たとえばテスト勉強の最中に休憩がてら漫画を読み始めると、そのまま勉強そっちのけで漫画を読み続けているということがあったりする。いや、これは違うな。そもそも遊びよりも勉強を優先したいという学生はそう多くはないだろう。


 やはり、学生だと勉強よりも家で漫画を読んだり、外でスポーツをしたり、ほかには買い物をしたり……。あれ? 買い物と言えば……、


「あっ、そうだ。忘れてた」


「どうかしたの、日希くん?」


「ああ、実は親に買い物を頼まれてたのを思い出してな」


「あ、そうなんだ。よかったら、わたしが代わりに行ってこようか?」


「いや、さすがにそれは悪いからいいよ。ちょっと行ってくるから留守番を頼む」


「うん、わかった。じゃあ、行ってらっしゃい」


「お、おう。行ってくる」


 琉奈はなにげなく「行ってらっしゃい」と言ったのだろうが、普段は家族からしか言われない言葉なので少し妙な気分になってしまった。そんな気持ちを抱えながら、おれは家を出て買い物へと向かった。


 *****


 無事に買い物を終えて帰宅し、買った物を冷蔵庫や棚などにしまい自室へと戻る。だが、琉奈はイスには座っておらず、なぜかおれのベットに横になっていた。具合でも悪いのかと思い近づいて様子を見ると、スースーと寝息をたてて眠っていた。かなり眠そうにしていたからなあ。


 おそらく、漫画を読んでいる最中に寝落ちし、一度目が覚めたが寝ぼけていたため自分に部屋にいると勘違いした。そのあと、ついベットに入ってしまい、また寝てしまったとかそんなところだろう。


 しかし、こうして見るとやっぱり寝顔も可愛いよなあ。よくないとは思いつつ、つい見入ってしまう。だが、どうしたものか。こうも気持ちよさそうに眠っていると起こすのも気が引けるし、寝不足だったことも考えると寝かしておいてあげたい。


 あとはおれが変な気を起こさないようにしないとなあ。そんなつもりは当然ないが、このシチュエーションは明らかによくない。


「うーん、日希くん」


 不意に名前を呼ばれドキリとしたが、起きたのではなく寝言のようだ。どうやら、おれが出てくる夢を見ているらしい。なんか恥ずかしいな。


「あ、日希くん、それはだめだよう」


 おい、夢の中のおれはいったいなにをやってるんだ? 現実のおれが気を付けてるんだから、夢の中のお前も自重しろ。


「うー、日希くんの……ばか」


 おい、ふざけんな、日希てめえ! いったいなにやったんだ!? いい加減にしないとぶっとばすぞ!!


 そのあと、琉奈が不意に寝返りを打った。ベットの端のほうで眠っていたために、琉奈はそのままベットから落ちそうになる。


「危なっ!」


 腕を伸ばし、琉奈の体を支えてベットから落ちるのを防ぐことができた。そういえば、昨日も似たようなことがあったが、今回も琉奈に怪我をさせずにすんでよかった。


 それに、昨日と比べて特に恥ずかしいような状況にもなっていないからセーフだな。などと思っていたら、手になにか柔らかい感触があるのに気付いた。


 …………………………れれれ冷静になれ、天方日希。すぐに手を離せば……、琉奈がベットから落ちてしまうから駄目だな。なら、このまま押して琉奈が落ちないような状態にしてから手を離せば……、押すのはそれはそれでまずい気がするな。


 どどどどうしよう。もっとなにかいい方法があると思うのだが、このような状況では余裕がなくて思い付かない。


「えっ? ちょっとお兄ちゃんなにやってんの?」


 そんな声を聞き、振り向くとそこには海希がいた。動揺していたせいか、おれは海希が部屋に入ってくるのに気付かなかったらしい。だが、とりあえず事情の説明は後回しにして海希の手を借り、無事に琉奈をベットの奥のほうまで移動させることができた。


 しかし、さきほどおれはセーフだとか言っていたがもはや完全にアウトだ。こんなことなら、やはり最初に琉奈が眠そうにしているときに、漫画の続きを読ませるのではなく無理矢理にでも帰らせるべきだった。


 おれの選択ミスだ。くそっ。うおおおお! 睡眠の重要性! 睡眠の重要性!

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