第06話 二人きりのアニメ鑑賞

「馬鹿な、まだ時間は……」と、思わず言いたくなるような早さでアニメ第一話の視聴が終わった。


なんで楽しいときはあっという間に時間が過ぎるのに、学校の授業とかはあんなに長く感じるんだろう? ぜひとも、はんぺん隊長にはアニメだけでなく授業中の体感時間も早めていただきたいところだ。


 そして、そんなことを考えていたおれの隣で、琉奈が素直な感想を口にする。


「これすごい面白いね、続きは見れるの?」


「ああ、すぐ見れるぞ」


 そう言って、第二話を開き再生ボタンをクリックする。楽しんでいただけたようでなによりだ。そして、その調子で第三話以降も視聴していく。


アニメを見ながらときどき琉奈の様子をうかがうと、ギャグシーンでは笑い、感動的なシーンでは目に涙を浮かべ、主人公たちのピンチには手に汗握ったりと、非常に素直な反応を見せながらアニメを楽しんでいた。


 だが、そんな楽しい時間も終わりを迎えるときが来たようだ。


「あ、いけない、もうこんな時間なんだ。わたしそろそろ帰らないと」


「そうか、なら今日はここまでにするか」


「でも、早く続きが見たいなあ。これってなにか契約とかをすればテレビでも見れるんだよね?」


「見れるはずだけど、琉奈はそのへんはわからないよな?」


「うん、そうなんだよね。お母さんはわたしと同じでこういうのは詳しくないだろうし。お父さんには、……頼みづらいかなあ」


 ふむ、姫宮ちち、……エスパー少女の言い方を真似ると誤解を招きそうなので、改めて姫宮父は恐らく娘に男が近づくのを許さないタイプなのだろう。子どものころは問題なかったが、今は高校生だから当然と言えば当然だ。


 まあ、女友達に合わせてアニメを見るようになったと誤魔化す手はあるが、怪しまれる可能性はあるし、うっかり琉奈が口を滑らせるパターンもありそうだ。


 ちなみに我が家でも、海希に対し父さんがあれこれ口うるさく言っていた。しかし、いろいろと言い過ぎたりしたためか、海希のほうは父さんを煙たがっていて、ろくに口もきかない状況だ。そんなだから娘に嫌われるんですよ、父さん。


 ついでに言うと、おれのほうもやはり妹は心配なので、それなりに注意はしたが海希との仲は良好だ。よって、おれは嫌われてない。


さて、真面目な話、姫宮母も姫宮父も駄目だとするとどうするか? あれ、そういえば、姫宮家にはもう一人いるよな?


「でも、莉奈りなさんなら……、あ、そっか、確か今は家にいないんだったな」


「うん、お姉ちゃんは大学生になってから一人暮らしを始めたから」


「そういえば、あの人は大丈夫なのか? もう家に帰りたいとか言ってない?」


「今のところは大丈夫みたいだけど……」


「そうか、ならいいんだが……」


 莉奈さんは勉強も運動もそれ以外もやればなんでもできる万能超人だが、やはりどんな強者にも弱点というのがあるものだ。いや、弱点というよりは欠点、それとも問題点、ある意味ではそれすら長所か?


 まあ、そのへんの事情を踏まえると莉奈さんに一人暮らしは向いていないだろう。しかし、だからこそ、その問題点をなんとかするために一人暮らしを始めることになったわけだが。


 そんな莉奈さんとは対照的に琉奈のほうは得手不得手がある。勉強はできるが運動は苦手なほうだし、ちょうど今日の話だと、料理は上手いが機械関係は苦手だ。


「うーん、結局どうしたらいいんだろう」


「……琉奈さえよければ、また明日ここで続きを見るってことでもいいけど」


「え、いいの? 迷惑じゃない?」


「おれは別に大丈夫だぞ」


「そっか、ありがと、日希くん」


 そう言って、琉奈は嬉しそうに微笑みを浮かべた。


「あ、でもそれならまたなにかお礼をしないといけないね」


「いや、なくていいぞ。友達の家でアニメを見たりするなんてのは普通のことで、わざわざお礼をすることじゃないし」


「そうなんだ。日希くんがそう言うならいっか」


 なお、おれは友達が多いわけではないので本当に普通のことかは知らない。ただ、何度もお菓子とかを作ってもらうのも悪いからなあ。


 それに、お礼というならばさきほどの笑顔で充分だろう。だって、大抵の男の人は好きだからな、女の子の笑顔。はいこれ、テストに出るから覚えておいてくださいね。いや、さすがにテストには出ないな。


「じゃあ、わたしは帰るね」


「いや、もう暗いし送ってくぞ」


「でも悪いし、わたしの家もすぐ近くだから大丈夫だよ」


「そうだけど、まあ一応な」


「うーん、じゃあお願いしようかな。ありがと」


 *****


 琉奈を家まで送る最中に気になっていたことを訊くことにした。それがなにかというと琉奈の男子への警戒心の低さだ。それに、人の話を疑わずに信じてしまうのも問題だろう。これでは、もしライアーゲーマーに参加することになった場合、第一回戦でほぼ確実に負けてしまう。


「たとえばの話なんだが、おれ以外の男子に部屋に遊びに誘われたりしたら琉奈はどうする?」


「その場合は断るよ。家族からも他の人、特に男の人には注意しろって色々言われてるし。でも、具体的な理由はちゃんと教えてもらえてないんだけどね」


 よかった。ちゃんと警戒心はあったみたいだ。もし、姫宮家でなにも教えていなかった場合、なんで琉奈に警戒心がねんだよ、教えはどうなってんだ教えは、と怒っていたかもしれない。あれ、でも――


「一応、おれも男子なんだけど……」


「それはだって、日希くんなら悪いこととかしないから大丈夫かなって」


「お、おう。そうか……」


 どうやら、琉奈から信用してもらえているようで素直に嬉しい。その信頼に応えるためにも、このおれの鋼のメンタルで変な気を起こさないようにしないといけないな。


 しかし、同時に危ない質問でもあった。ここでもし、「え? 日希くんのことは男子として見てないんだけど」などと言われた場合、おれのSAN値がピンチだった。あれ、おれの鋼のメンタルもろすぎない? なんなの、豆腐製の鋼なの?


「あ、それとお姉ちゃんも日希くんは悪いことはしないから大丈夫って言ってたよ」


「莉奈さんが? なんで?」


「うーん、それが理由は聞いてないんだよね」


 おれはなにか莉奈さんから信用を得るようなことをしたのだろうか? それとも女の勘というやつだろうか? もしかすると、糸を操る念の能力者並みに勘が鋭かったりするかもしれない。などと考えていたら、琉奈の家の前に到着したようだ。


「改めて、今日はありがと」


「いや、いいって。じゃあ、また明日」


「うん、また明日」


 おれが手をあげて挨拶すると、琉奈は軽く手を振りながら笑顔で挨拶を返してくれた。その後、少し歩いてからふと振り返ると、まだ琉奈は家の前に立っていて、再び手を振ってくれた。どうやら見送ってくれるようで、その手を振る姿はとても可愛らしい。


 そうやって見送ってくれるその気持ちは嬉しいのだが、琉奈には早く家に入ってほしいとも思うので、不自然にならない程度に足を速め、琉奈の視界から消えることにした。

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