分身サンタクロース

矮凹七五

第1話 分身サンタクロース

「サンタクロースって、何人いるんだろうね?」

「一人じゃないの?」

「いや、何人かいて、みんなで手分けして配ってるんだよ」

 ちまたの子供達の間で、わしが何人いるか、話題になっているようじゃな。

 結論から言おう。わしは一人じゃ。では、どうやって世界中にプレゼントを配っているのかというと……ほいっ!

 ほーら、わしがたくさん現れたじゃろ。いわゆる分身の術というやつじゃ。

 これらの分身は残像ではなく、生霊じゃ。

 世界中のどこにでも出現させられるし、必要に応じて実体化させることもできるぞ。そう、ドッペルゲンガー現象を自由にコントロールできるようにして、さらに発展させたものじゃ。

 これを普通の人間がやると、あっという間に力尽きて死んでしまうから、よいこのみんなは真似しちゃいかんぞ。人間をやめた、わしじゃからこそできる芸当じゃ。

 ……え?

 わしが、道の上はおろか、塀や屋根、車の上にもいて、おまけに空中にうじゃうじゃ浮いているのは気持ち悪いって?

 わかった、わかった。しまうから、そんな顔しなさんな。ほいっ!


 まずは、あそこの家のお子さんからじゃな。

 最近は煙突のない家がほとんど。あの家も例にもれず、煙突がない。

 多くの人間が、サンタクロースは煙突から入るというイメージを持っているようじゃが、確かに昔はそうしておった。その方が自然じゃからな。

 じゃが、煙突がなくても心配無用。すり抜ければいいのじゃ。このくらい、わしにとっては朝飯前じゃ。

 外壁をすり抜けて家の中に入った後、二階に上がり、子供部屋の前まで行く。目の前に扉があるのじゃが、開けずにすり抜ける。音を立てたくないからな。

 部屋の中に入ると、十歳くらいの男の子が、ベッドの上で静かに寝息を立てながら眠っている。寝顔が可愛らしい。

 枕元には目覚まし時計やボックスティッシュ等があるが、靴下はぶら下がっていない。

 サンタクロースは靴下にプレゼントを入れるというイメージがあるようじゃが、わしは靴下がなくても配る。

 さて、この子へのプレゼントじゃが、こいつにしよう。

 袋の中から箱を取り出し、男の子の枕元に置く。

 箱の中身はブッシュ・ド・ノエル。特に欲しいものがなければ、プレゼントはこれじゃ。箱を開けない限り、いつまでも新鮮なままじゃぞ。


「そこで何をしている!」

 男の子の家から出た後、おまわりさんと鉢合わせてしまった。

「子供にプレゼントを配っておった」

「子供にプレゼントを配っていた? ……とりあえず、署まで来い!」

 このおまわりさん、わしを泥棒か何かと思っているようじゃな。正直に話したところで、通じなさそうじゃし、何よりも時間を浪費してしまう。

 ここは撃退した方がよさそうじゃな。ほいっ!

 わしのそばに無数のわしが現れ、上と左右と背後を覆いつくす。

 じゃが、全ての分身が全く同じ姿をしているわけではない。

 アトラスのように巨大なもの、ヨルムンガンドのように長大な体を持ち、とぐろを巻いているものもおる。

「う、うわあああぁーっ!!!」

 おまわりさんは一目散に逃げ出した。さすがにびびったようじゃな。

 じゃが、喜んでばかりもおられん。応援を呼びに行ったのかもしれん。警察どころか、自衛隊まで来ることもあり得る。武装した兵士が何人いようと敵ではないのじゃが、トラブルは避けたい。

 わしは速やかに去ることにした。


 Jという国でおまわりさんと対峙たいじしていたころ、別のわしはUという国でプレゼントを配ろうとしていた。

 このUという国は、Rという国に侵略されており、あちこちで犠牲者が出ている。酷い話じゃ。

 わしがいる所は、そんなに被害が出ていないようじゃが、いつ戦火に見舞われるか、わかったものではない。

 ……と思っていたら、遠くからうなるような音が聞こえてきたぞ。Rの方からじゃ。どんどん音が大きくなっている。こちらに近づいて来るようじゃ。

 ミサイルじゃ!

 このままじゃと、あそこの民家に落ち、爆発する!

 しかも、あの民家には子供がおって、わしがこれからプレゼントを配ろうとしていたところじゃ!

 落とすわけにはいかん!

 わしはミサイルに向かって腕を振る。

 ミサイルはとんぼ返りをし、Rの方に向かって飛んでいった。音がどんどん遠く、小さくなっていく。

 この後、わしは誰にも気づかれないようにして民家に入り、プレゼントを配った。


 南半球や、北半球でも熱帯地方だと、クリスマスシーズンにサイクロンや台風といった激しい嵐に見舞われることがある。

 このMという島もそうじゃ。

 十日ほど前、酷いサイクロンが来て、いろんなものを壊しおった。あたりは瓦礫がれきの山じゃ!

 Uという国とは違う原因で多数の犠牲者が出ているようじゃが、ここにも子供はおる。あのテントの中じゃ。

 テントの中には、男の子がおった。

 ここから遠く離れた国々で見かけた子供達と同じようにすやすやと眠っているが、その表情には沈痛なものが見て取れるし、おまけに頬がこけている。

 子供は一人だけじゃなかった。

 もう一人おった。

 女の子じゃ。

 男の子よりも体が小さく、幼い印象を受ける。きっと、妹さんじゃろう。やはり、似たような表情をしながら眠っている。

 そういえば、このテントの中には子供二人だけで、大人は一人もおらんな。わしを除いて。

 ……とにかく、辛いことがあったのは火を見るより明らかじゃ。

 さて、この子達へのプレゼントじゃが、食料をあげることにしよう。一人当たり一週間分じゃ。

 袋の中から食べ物や飲料水をいくつも取り出し、子供達の枕元に置く。

 取り出したものは、いずれも日持ちするもの。今、ここは夏じゃが、数か月程度では腐らん。

 ついでに食器類と、缶詰を開けるための缶切りもサービスじゃ。


 わしを信じる世界中の子供達にプレゼントを配り終えたが、いろんな子供がおったな。

 基本的に、特に欲しいものがなければブッシュ・ド・ノエルを、あれば欲しがっているものを与えた。漫画本のセットとか、ゲームソフトとか、洋服とか……。中にはエロ本やAVのディスクを与えた子もおったな。欲しがったのじゃから仕方ない。マセガキめ。親御さんに見つからんようにするのじゃぞ。

 中には自動車や列車、飛行機、船等、高価な上、部屋に収まりきらんものを望む子供達もおったが、そやつらには模型やラジコンで我慢してもらうことにした。欲張りすぎはいかんぞ。

 わしが、ピューイ! と口笛を吹くと、トナカイがそりを引きながらやって来た。

 わしはトナカイが引くそりに乗り、天に向かう。

 それではみなさん、Merry Christmas!

 え?

「Merry Christmas」なんて言葉使うなって?

 そんなこと言う人々もおるのじゃな。

 仕方ないのう……

 それじゃ、Happy Holidays!

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