第10話 喝采
魔物が再び唸り声を上げ、その赤い瞳が光の壁に鋭く向けられる。その視線には執念が宿っており、自分の獲物を諦めないという意志が見えた。
「グルルル……!」
咆哮とともに、魔物が巨大な鋭い爪を振り上げた。その爪が光の壁に向かって振り下ろされる。
「ザシュッ!」
一瞬で壁に爪が突き刺さるように見えたが、不思議なことに、爪が壁に触れると音もなく吸い込まれるように消えていった。
「……防いでる……!」
俺は驚きながらも、壁が崩れる様子がないのを見て少しだけ安心した。魔物は爪を何度も振り下ろし、さらに力を込めて攻撃してくるが、光の壁はまるでその攻撃を吸収するように、すべてを受け流していく。
「この壁、すごい……完全に防御できてる!」
心の中で湧き上がる驚きとともに、冷静さを保つよう自分に言い聞かせた。この壁がどれだけ耐えられるかは分からないが、今は間違いなく時間を稼げる状況だ。
「これで……時間が稼げる!」
冷静にそう判断すると、美穂がすぐさま指示を飛ばした。
「全員、負傷者を運ぶ準備を進めて!今がチャンスよ!」
その声に、真里が応急処置を急ぎ、長谷川が負傷者を担架に移す作業に取り掛かる。
「よし、動ける負傷者も含めて早く準備するぞ!光の壁が持っているうちに、ここを脱出だ!」
長谷川が冷静な判断で手際よく指示を出す。俺は壁越しに魔物の動きを睨みつけながら、意識を集中させた。
魔物は攻撃を止めず、爪や体当たりで壁を崩そうとする。しかし、そのたびに壁は光を強く放ち、攻撃を吸収し続ける。
「グオオオオッ!」
魔物が苛立つように吠え声を上げるが、俺の体に伝わる熱が壁を支え続けている感覚があった。
「まだいける……!この壁なら!」
強い意志で壁を維持しながら、俺は後方の仲間たちの様子を見て声をかけた。
「準備、どうですか!?」
「もう少しよ!負傷者の固定が終わったらすぐに運び出すわ!」
真里が負傷者に声をかけながら、丁寧に作業を進めている。
「頼む……!」
俺は再び魔物に目を向け、全力で壁を支え続けた。この壁が仲間と負傷者を守る盾となり、無事に脱出するまでの時間を稼ぐ――その思いだけで、自分を奮い立たせた。
チームが負傷者を担架に乗せ、安全に固定した後、美穂が声を上げる。
「全員、出口に向けて移動を開始するわ!負傷者を守りながら進んで!」
その言葉に従い、長谷川と真里が担架の前後を支え、慎重に歩を進め始める。俺もその後に続こうとした瞬間、光の壁の向こう側で魔物がさらに暴れ始めた。
「グオオオオオッ!」
咆哮とともに、魔物が全身を使って光の壁にぶつかり、圧倒的な力で押し込んでくる。通路全体が揺れ、石畳にひびが入る音が響き渡る。
「まだ持つ……でも、このままじゃ!」
俺は光の壁を維持しながら、仲間たちの後ろ姿を振り返る。負傷者を守りながら移動する彼らの姿を見て、胸の中で決断が固まった。
「俺があいつを完全に止める……みんな、先に行ってください!」
声を張り上げながら一歩前に進み、光の壁をさらに強化するように集中した。その言葉に、美穂が振り返る。彼女の目には一瞬の迷いが浮かんでいた。
「拓也……本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です!ここで止めないと、追いつかれるかもしれません。俺が必ず足止めします!」
彼女の視線が一瞬揺れたが、俺の表情を見た次の瞬間、迷いは消え去った。
「……わかった。任せるわ。絶対に無事に戻ってきなさい!」
「はい!」
美穂が即座に決断を下すと、負傷者を守りながらチーム全員が出口に向かって歩を進め始めた。
「長谷川、真里、急ぎましょう!時間を無駄にしないで!」
彼女の指示で全員がテンポを上げる中、俺は前方に目を戻し、魔物の動きを見据えた。
「さあ、こっちだ……お前の相手は俺だ!」
胸の奥の熱が再び燃え上がり、全身に力がみなぎるのを感じた。光の壁が再び強く輝き、魔物がぶつかるたびに反撃するような力を発揮していた。
「絶対に通さない……みんなを守るんだ!」
魔物が低い唸り声を響かせながら、再び突進を仕掛けてきた。その巨体が石畳を叩きつけるように進むたび、迷宮全体が揺れるような錯覚に襲われる。
「グオオオオッ!」
凄まじい勢いで突進してくるその姿に、普通なら体がすくんでしまいそうな恐怖を覚えるはずだった。だが今は違う。胸の奥で燃え盛る熱が、全ての不安や恐怖を打ち消してくれる。
「負けるか……!」
俺はそう心の中で呟きながら、両手を大きく広げた。その瞬間、目の前の光の壁が一気に広がり始めた。
「……来い!」
その声に応えるように、光がさらに強く輝き、壁が巨大な半球体のように魔物を包み込む形へと変わる。魔物は突進の勢いそのままに光の中に突っ込み、内部で激しく暴れ始めた。
「グオオオオオオオッ!」
咆哮が響き渡り、鋭い爪で光の壁を引っ掻き、体当たりで壁を砕こうとする。しかし、光の壁はそのすべてを吸収し、弾き返していく。
「効かない……この壁はお前の攻撃を通さない!」
俺は強くそう信じることで壁をさらに強固にした。魔物はますます暴れ始めたが、光の壁は一切の隙を見せず、その巨体を閉じ込め続ける。
「……グルルルル……!」
魔物の動きが次第に鈍くなっていく。光の壁がさらに強く輝き始めると、包み込んだ内部の空間が徐々に狭まり始めた。魔物は全力で抗おうとするが、光が押し寄せるたびにその巨体が圧迫されていく。
「これで終わりだ!」
俺は力強くそう言い放ち、全身にみなぎる熱をさらに解き放つように集中した。
光の壁は魔物を完全に包み込むと、圧倒的な力でその動きを封じ、ついにその巨体を押しつぶしていく。
「グアアアアアアッ……!」
魔物の最後の咆哮が響き渡り、光の壁の中で完全に動きを止める。その瞬間、壁はゆっくりと消えていき、そこには静寂だけが残った。
俺は大きく息を吐きながら、足元の石畳に目を落とした。全身が少し重く感じたが、それ以上に心の中には満足感があった。
「……守れた……これでみんなが無事に帰れる」
迷宮の中の冷たい空気が、ようやく心を少しだけ落ち着かせてくれたように思えた。
光の壁が静かに消え去った後、俺はその場に立ち尽くしていた。全身が重く、熱が抜けていくのを感じる。魔物の最後の咆哮が頭の中にかすかに残りつつも、その場に危険がなくなったという確信が徐々に湧いてきた。
「……よし。」
呟くように口に出しながら、俺は大きく息を吸い込んだ。胸の鼓動が少しずつ落ち着いてくるのを感じながら、全身の力を振り絞って足を踏み出す。
「急がなきゃ……みんなが待ってる」
迷宮の出口へ向かって仲間たちの後を追い始める。通路を進むたびに少しずつ聞こえてくる足音や声が、チームが近くにいることを知らせてくれた。それが不思議な安心感を与えてくれる。
出口付近に差し掛かると、薄暗い光の中に見慣れた背中が見えた。美穂が真里と長谷川と一緒に負傷者を囲むようにしながら、通路を進んでいる。
「みんな!」
俺が声をかけると、全員が一斉に振り返った。長谷川が驚いた表情で駆け寄ってくる。
「お前、すごいじゃないか!あの魔物をどうやって止めたんだよ?」
その声には皮肉もなく、純粋な驚きと感心が混じっていた。彼らしい軽口もなく、その言葉がどれだけ真剣かが伝わってくる。
「わからないです。でも、胸の中で熱が広がって……気づいたら光の壁が出てたんです」
そう答えると、長谷川は笑いながら肩を叩いてきた。
「なんだよそれ!説明になってないけど……まあ、いいか。お前のおかげで全員無事だ。素直にすごいって言っとくよ」
「ありがとう……」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
美穂がゆっくりと歩み寄り、静かに俺を見つめる。その目にはいつもの冷静さがありながら、ほんの少しだけ柔らかな表情が浮かんでいた。
「森本君、君の力……改めて認めざるを得ないわ。ここまでの防御能力、正直、想像以上よ」
「俺、ただみんなを守りたくて……それだけなんです」
そう答えると、美穂は短く頷いた。
「その思いが、このチームにとって何よりも大切よ。君がいてくれて本当によかった」
その言葉が胸に響き、迷宮の冷たい空気が少しだけ暖かく感じられた。負傷者たちも真里の支えを受けながら、俺に感謝の目を向けている。その姿を見て、また次も全力を尽くそうと自然に思えた。
「行きましょう。迷宮から完全に出るまでが任務よ」
***
迷宮を抜けて地上の光が見えた瞬間、全員が自然と足を速めた。外の空気が一気に肺に入ってきて、迷宮の中の重苦しさが嘘のように消えていく。出口を抜けた俺たちは、負傷者を安全な場所に移し、ひとまず全員がその場に腰を下ろした。
「……ようやく外だ」
長谷川が大きく息を吐きながら、額の汗を拭う。真里も負傷者たちを見守りながら、その顔に安堵の表情を浮かべている。
「皆さん、もう安全です。迷宮の外ですから、あとは医療班にお任せしましょう」
その声を聞いた瞬間、負傷者の一人が涙を浮かべながら顔を上げた。
「本当に……ありがとう。本当にありがとうございました!」
その言葉に、俺たち全員が一瞬黙り込んだ。彼の声は掠れていたが、その感謝の気持ちは痛いほど伝わってきた。
「助けてもらえなかったら、俺たちは……本当に終わっていた。レスキュー隊のみなさんが来てくれて、本当に命を救われました……」
その言葉を聞いた美穂が優しく微笑みながら答えた。
「私たちの使命は、人を救うこと。あなたが無事で何よりよ」
他の負傷者たちも涙を流しながら、何度も「ありがとう」と繰り返している。その姿を見ていると、自分の中の疲労がどこか癒されていくような気がした。
その時、迷宮の出口に集まっていた周囲の人々から歓声が上がった。
「さすがレスキュー隊だ!」
「無事に全員を救出したなんて、本当にすごい!」
「すごい防御能力だったらしいぞ!」
人々の賞賛の声が次々と耳に届き、気づけば拍手が鳴り始めていた。その中心にいるのが俺たち――そして、自分だと気づき、少しだけ顔が熱くなる。
「森本君、照れてるの?」
長谷川がからかうように笑い、美穂もクスリと微笑む。
「あなたが頑張った成果よ。もっと胸を張りなさい。森本拓也」
その言葉に、俺は思わず頷いた。胸の中で熱が少しだけ残っているのを感じながら、自分がやるべきことを改めて強く思う。
「……俺、もっと頑張ります。次も絶対に救います!」
その声が自然と周囲にも届き、再び大きな歓声と拍手が響いた。そして、負傷者たちが無事に地上へ戻ったことへの感謝の言葉が次々と聞こえる。
「これがレスキュー隊か……!」
「第13分隊って、こんなにすごい部隊だったのか!」
「新入りがすごいって噂、マジだったな!」
それまで評価が低いとされていた第13分隊が、今や全員の注目を集める存在となっていた。迷宮に挑む探索者たちも、負傷者の家族も、口々にチームへの賛辞を述べている。その様子を見て、俺は自然と胸の中に熱い思いが蘇ってきた。
「森本君、これが君の力よ。誰もが認める結果を出したの」
美穂が近づき、冷静な表情ながらもその目には柔らかな感謝の光が宿っていた。
「君の力が、これからの私たちの希望になる。君の存在が、このチームを新しいレベルへ引き上げるわ」
その言葉に、俺の胸の奥で強い感情が湧き上がった。迷宮の中で必死に守り抜いた光の壁、全員が無事に地上に戻ることができたこの結果。それが仲間たちの信頼や、負傷者の命を守ることに繋がったのだと思うと、言葉にしがたい達成感があった。
「俺、このチームで命を守るために全力を尽くします!」
力強く言葉にしたその瞬間、美穂が満足そうに頷いた。その背後で、長谷川が口笛を吹きながら軽口を叩く。
「頼もしい新人が入ってきたもんだ。これなら俺ももう少し気楽にやれそうだな」
「その気楽さがある意味、長谷川君の強みだけどね」
真里が苦笑しながら長谷川に軽く突っ込みを入れる。その和やかな雰囲気が、ここまでの緊張をふっと解いてくれるようだった。
しかしその時、俺の胸の中で再び熱が膨れ上がる感覚があった。それはこれまでとは違う、さらに強いエネルギーの流れだ。全身に力が満ちていくと同時に、頭の中で新しい感覚が芽生えるようだった。
「……これは、また……?」
言葉にはできないが、自分の力が確実に新しい段階に達したのを感じた。光の壁を越える、さらなる何か――それが今、自分の中に眠っていることを直感的に理解した。
「森本君?」
美穂が不思議そうに問いかけるが、俺は笑顔を浮かべて答えた。
「大丈夫です。これからもっと強くなれる気がします。このチームと一緒に、さらに先を目指します」
その言葉に美穂も微笑みながら頷く。
「期待してるわ。君なら、きっとこのチームを導く力を手に入れる」
仲間たちの期待と、自分の胸に宿る新たな力を感じながら、俺は迷宮の奥でのさらなる挑戦と活躍を思い描いた。
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