守る力の目覚め
第7話 任務
広々とした訓練室に緊張感が漂っていた。いつものように隊員たちが集まり、救助任務のブリーフィングが始まる。隊長の結城美穂はホワイトボードの前に立ち、冷静な表情で手元の資料に目を通していた。その真剣な様子に、俺を含む全員が自然と背筋を伸ばしていた。
「皆さん、今回の任務について説明します」
美穂の声が響き渡り、室内は完全な静寂に包まれた。
「迷宮内で探索者3名が遭難。現在、迷宮第4層付近で行方不明になっています。最後に確認された場所は比較的狭い通路が続く区域ですが、モンスターの出没が頻繁に報告されている危険地帯です」
美穂が指し示す地図には、迷宮の構造が詳細に描かれている。その一部が赤いマーカーで囲まれており、そこが今回の捜索範囲であることを示していた。
「遭難者のうち一人は足を負傷しているとの情報が入っています。負傷した人物の身動きが取れないことで、残りの二人も動けずにいる可能性が高いわ。彼らを発見し、安全に地上まで連れ戻すのが今回の目標です」
言葉を切り、美穂が隊員たちを順に見渡す。その視線には迷いがなく、彼女がこの状況をどれだけ真剣に受け止めているかが伝わってくる。
「私たちの役目は、迷宮で命を救うこと。それは簡単なことではありません。迷宮の罠、モンスター、そして予期せぬ事態に備え、最善の準備と冷静な判断が必要です」
「さて、担当を分けます。長谷川、迷宮の地形の確認と道の選定をお願い。いつも通り頼りにしているわ」
長谷川は軽く肩をすくめて「了解」と答える。その態度はどこか皮肉っぽいが、彼の鋭い頭脳はチームにとって欠かせないものだ。
「森本君」
名前を呼ばれた瞬間、俺は少し緊張しながら顔を上げた。
「君には遭難者の位置を特定する役目をお願いするわ。君の力が鍵になる。胸の熱と感覚に集中して、行方不明者を探すのを手伝ってちょうだい」
「わかりました。全力でやります!」
思わず大きな声で返事をした。美穂の目が信頼を込めているのが分かり、同時にプレッシャーも感じる。しかし、ここで失敗するわけにはいかない。
「他のメンバーは、いつも通り役割を分担して。誰一人、余裕を失わないように。それでは出発準備を開始!」
美穂が指示を出すと、隊員たちは一斉に動き始めた。通信機器のチェック、応急処置キットの準備、武器や防護装備の確認――全員がテキパキと作業を進める。
「森本、緊張してるのか?」
長谷川が準備をしながらこちらを見てニヤリと笑う。
「……少しだけ。でも、やりますよ」
「その意気だ。迷宮は厄介な場所だが、動じなければ案外なんとかなるもんさ」
彼の言葉には経験が滲んでおり、少しだけ緊張が和らいだ。
「さて、みんな準備はできた?」
美穂が確認すると、全員が「問題なし」と頷く。車両に乗り込み、隊員たちと共に迷宮へ向かう道中、俺は自分の中で湧き上がる決意を確かめていた。
迷宮の入り口に到着し、装備の最終確認が行われる中、長谷川優が一枚の詳細な地図を広げた。迷宮の構造が緻密に描かれたその地図には、通路や広間の配置だけでなく、過去にモンスターが出没した記録や危険とされる区域も記されている。
「さて、これが今回の現場だ」
長谷川が指先で地図をなぞりながら説明を始めた。
「遭難者たちが最後に確認されたのはこの第4層の中央部分。この辺りは通路が狭くなっていて、分岐が多いのが特徴だ。しかもここ、最近モンスターが頻繁に目撃されているエリアだな」
彼の声には、危険区域に対する慣れのような落ち着きがあるが、同時に警戒心も見て取れる。
「ここから先、道を誤ると簡単に迷うだろうし、誰かが怪我でもしたら最悪だ。だから、進むルートを慎重に選ぶ必要がある」
長谷川が鋭い視線で地図を見据えながら言葉を続けると、俺の胸の奥にある熱が次第に強まるのを感じた。迷宮に入るたびに湧き上がるこの感覚――これが俺の中にある力だと確信できるようになってきた。
「俺の力で……遭難者を見つけられると思います」
地図を見つめていた長谷川が顔を上げ、驚いたようにこちらを見る。俺の言葉は決して驕りから出たものではない。ただ、この力がどれほど有効なのかを確かめたかった。そして、それが仲間や遭難者の命を救う助けになるなら、俺は全力を尽くしたいと考えていた。
「へえ、新人のわりにはずいぶん自信ありそうじゃないか?」
長谷川が皮肉交じりの笑みを浮かべる。
「まあ、力を試したいって気持ちは分かるけどな。けど、迷宮で“なんとかなるだろう”って思い込みは命取りになるぜ」
その言葉に、少し胸が締め付けられるような思いがしたが、口を開く前に結城美穂が静かに口を挟んだ。
「森本君、その力を信じることは大切よ。でも、慎重に進むことが最優先だと忘れないで。迷宮は想像以上に過酷な場所だから」
彼女の目には冷静な光が宿っていた。その言葉に、俺は背筋が伸びる思いだった。自分の力に頼ることが仲間や遭難者を危険にさらすことになってはいけない。その責任の重さを改めて感じた。
「……はい、わかりました。慎重に進みます」
俺は深く頷き、美穂に目で誓うように答えた。彼女の口元にわずかな笑みが浮かぶのを見て、少しだけ安心感が広がった。
「いいわ。あなたの力が必要な場面が来るはず。その時には全力を尽くしてちょうだい」
「もちろんです!」
俺の答えに、美穂も長谷川もそれぞれ頷き、全員がそれぞれ装備を整え始めた。誰もが迷宮の危険性を熟知しているからこそ、準備には一切の妥協がない。俺も支給された防護具をしっかりと身に着け、背負ったバッグの中身を最終確認する。
「森本君、防護服の留め具、ちょっと甘いわよ」
結城美穂がすぐに気づき、優しく指摘してくれる。慌てて修正すると、彼女は満足そうに頷いた。
「迷宮の中ではこういう小さな確認が命を分けるわ。焦らず、確実に準備して」
「……はい、ありがとうございます」
近くでは、女性隊員の一人が応急処置用のキットを入念にチェックしていた。小型の医療キットが並ぶバッグを開き、包帯や止血剤、抗生物質などの配置を確認している。
「よし、これで問題なし。万が一の時でも応急処置はすぐできるわ」
彼女が一通り確認を終えると、こちらに気づき、柔らかい笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「森本君、まだ自己紹介してなかったわよね?私は日高真理。医療担当としてここにいるわ。迷宮の中では何が起きるか分からないから、怪我をした時はすぐに知らせてね」
「日高さん、よろしくお願いします。僕もなるべく迷惑をかけないように頑張ります!」
「そんなに気負わなくていいのよ。怪我を防ぐためにも、落ち着いて行動するのが一番大事だからね」
彼女の穏やかな声と笑顔が、少しだけ緊張を和らげてくれる。医療担当がいるというだけで、心強さが倍増する気がした。
「さて、準備はこれで終わりっと。あとは無事に戻るだけよね」
日高が軽い冗談を交えると、近くで地図を見つめていた長谷川が小さく鼻で笑った。
「無事に戻るって簡単に言うなよ。どんな魔物が出てくるか分からないんだぞ。油断してると命を落とすことになる」
「もう、優君はいつもそうやって脅かすんだから。新人が怖がるでしょ?」
日高が苦笑しながら軽く肩をすくめる。長谷川は肩を竦め返しつつも、真剣な目で俺に言葉を向けた。
「森本、日高の言うことも大事だが、迷宮の中では何が起きても不思議じゃない。だから、準備が万全でも絶対に油断するな」
「……はい、分かりました」
その言葉には皮肉も混じっていたが、彼の経験から来る警告だというのが伝わってくる。俺は深く頷き、緊張感を胸に刻んだ。
「さて、全員準備はいいわね?」
美穂が声を上げると、隊員たちが一斉に「問題なし」と頷いた。それを確認すると、彼女が改めて全員を見渡した。
「迷宮の中では、チームワークが命を守る鍵になる。全員、慎重に、落ち着いて進むこと。さあ、行きましょう」
その言葉を合図に、俺たちは迷宮の入り口を抜け、一歩ずつ奥へと足を踏み入れる。石畳のひんやりとした感触と、湿った空気が全身にまとわりつく。この冷たさが、命がけの場所にいるという現実を突きつけてくる。
前回の魔物との遭遇が頭をよぎった。巨大な体躯、鋭い牙、圧倒的な威圧感――俺たちを襲おうとしたあの瞬間。あの時はどうにか切り抜けたが、迷宮では常に次の脅威が待ち構えている。
「……次はもっと冷静に、確実に動かないと」
自分に言い聞かせるように胸の中で呟いた。今回の任務では絶対に仲間や遭難者を守り抜く。それが、迷宮に入る前に心に誓ったことだ。
「全員、装備の状態を再確認して」
結城美穂の冷静な声が通路に響く。隊長としてのその言葉には、いつものように無駄がなく、的確さが光っている。
俺も腰のポーチに手をやり、アイテムや装備をもう一度確かめる。懐中電灯、応急処置用の包帯、通信機器――すべて問題なしだ。
「森本君、大丈夫?」
真里が優しい声をかけてきた。彼女は持参している応急処置キットを抱えながら、俺をちらりと見ている。
「はい、万全です」
そう答えると、真里は満足そうに頷きながらキットの中身を再確認し始めた。包帯や消毒液、止血剤などが丁寧に並べられている。
「怪我はいつ起こるかわからないから、準備はどんな時でも怠らないのが基本よ。森本君も、何かあったら無理せずに言ってね」
「ありがとうございます。真里さんがいてくれると心強いです」
その言葉に、彼女は少し微笑みながら応じた。
「隊員同士のサポートがあってこそ、レスキュー隊は機能するのよ。みんなで無事に帰る。それが何より大切なことだからね」
その時、長谷川が地図を広げ、通路の先を指し示した。
「ここから先、道が分岐してるな。狭い通路が続く区域だ。モンスターが現れたら避けるのは難しいかもしれない」
彼の言葉に全員が緊張を高める。迷宮の奥へ進むほど、モンスターとの遭遇率が上がるのは誰もが理解している事実だ。
「どんな魔物が出るかわからないぞ。気を引き締めていけよ、新人」
長谷川が軽く振り返りながら声をかけてくる。その口調はいつもの皮肉交じりだったが、その目には明確な警戒心が宿っていた。
「わかってます。油断しません」
俺も短く答える。自信を見せることで、彼の言葉に負けない意思を伝えたかった。
「いい返事だ。それなら期待してるぞ」
長谷川がふっと笑いながら地図を折りたたむ。
「みんな、時間を無駄にしないよう進むわよ」
美穂が全員を振り返りながら、短く指示を飛ばした。その言葉に全員が頷き、再び迷宮の奥へと進んでいく。
道中、真里が俺に近づき、小声で話しかけてきた。
「森本君、任務の流れを再確認しておきましょうか?」
俺は頷き、彼女の言葉に耳を傾けた。
「まず、遭難者の最後の位置が確認された場所まで慎重に進みます。その後、遭難者を見つけたら応急処置をして、安全なルートを確保しながら戻る。それが今回の任務ね。途中で魔物に遭遇した場合、チーム全員で冷静に対応することを忘れないで」
「了解しました。冷静に動きます」
「その意識があれば大丈夫よ。迷宮での任務は緊張するけれど、チームが一緒にいるから安心して」
真里の言葉が妙に頼もしく感じられる。レスキュー隊は個人ではなくチームとして成り立っている――その言葉を改めて胸に刻み、俺は目の前の任務に集中した。迷宮の奥へ進む足音が反響し、静かな決意だけが胸の中で熱く広がっていく。
「自分が役立つためには、どう動くべきだろう……?」
遭難者を見つけ出し、無事に救助する。そのためには自分の力を最大限に発揮しなければならない。しかし、それはただ感覚に頼ればいいという話ではない。チーム全員が協力し合い、的確な判断を下すことが何より大切だ。
美穂や長谷川、真里――このレスキュー隊の一員として、どう振る舞えばいいのか。足を進めるたび、その答えを必死に探していた。
「新人、気負いすぎて転ばないようにな」
長谷川の軽口が後ろから聞こえる。俺が振り返ると、彼がいつもの皮肉っぽい笑みを浮かべて肩をすくめていた。
「まあ、どうせまた大物に会ったら、お前に頼むからな。前回のアレを思えば、お前は悪くない盾になるかもな」
「……やります!」
少し悔しい気持ちもあったが、それ以上にチームの役に立ちたいという思いが強かった。長谷川の言葉に気合を入れ直し、拳を軽く握りしめる。
「その意気ね、森本君」
前を歩いていた美穂が振り返り、柔らかく微笑んだ。その笑顔は、どんな時でも冷静さを失わない彼女の自信を感じさせた。
「でも、気合だけじゃなく、落ち着いて進むことが何よりも大事よ。迷宮では、冷静さを欠いた瞬間に命を落とすこともあるから」
「……はい、わかりました」
俺は深く頷く。彼女の言葉には重みがある。そして、それがどれだけ重要な教えか、俺にもよく理解できていた。
「焦らないでいいわ。あなたの力は必要な時にきっと役に立つ。その時は、全力で信じて進みなさい」
彼女の言葉が心に沁み渡り、気持ちが少し軽くなったような気がした。美穂が再び前を向いて歩き出し、チーム全員が慎重に進んでいく。
「よし、俺も……絶対にやり遂げる」
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