第6話 救出
迷宮の入り口に到着した時、俺たちチーム全員が静かに装備を整え始めた。目的は第3層で負傷者を救助し、安全に地上へ連れ戻すこと。美穂の説明によると、迷宮の中でグループがモンスターと遭遇し、その混乱の中で一人が負傷して動けなくなったらしい。
「まずは状況を確認し、負傷者を見つける。そして、全員が安全に戻れるルートを確保するのが今回の目標よ」
美穂が簡潔に指示を出す。彼女の冷静な声が緊張感を和らげ、同時に全員の集中力を高める。
「森本君、君の役割は安全なルートの確保と、負傷者の正確な位置の把握よ。迷宮の中では感覚を信じて、私たちに情報を伝えてちょうだい」
「はい、分かりました!」
俺は心の中で深呼吸し、自分を落ち着かせた。チームの動きを見ていると、全員が無駄のない動きで準備を進めているのが分かる。通信装置や応急処置用の道具、魔物との遭遇に備えた武器――すべてが洗練されていて、このチームが迷宮救助のプロであることを実感させる。
「よし、行くぞ」
美穂が声を上げ、全員が迷宮の中へ足を踏み入れた。
迷宮の内部は相変わらず冷たく湿っていた。足元の石畳がわずかに滑りやすく、狭い通路では音が反響している。隊員たちはそれぞれの役割を果たしながら、全員で万全の体制を維持していた。
「周囲に異常なし。順調に進んでるな」
長谷川が淡々と報告する。彼の目は鋭く周囲を警戒していて、その態度にはさすが経験豊富なレスキュー隊員の貫禄があった。
「森本君、何か感じる?」
美穂が俺に尋ねた。胸の奥に集中を向けると、あの不思議な熱がわずかに灯り始める。それが頭の中に広がり、道筋や状況がぼんやりと浮かび上がる感覚があった。
「負傷者はこの先の広い空間にいるかもしれません。ルートは……右の通路を進むべきだと思います」
美穂が軽く頷き、隊員たちに指示を出した。
「右に進むわよ。森本君の感覚を信じましょう」
チーム全員が迷宮を進み、やがて空間が広がった。負傷者がいそうな気配を感じるその場に入った瞬間、異様な低い音が響いた。
「……グルルルル……」
全員が動きを止め、周囲を警戒する。
「来たな……」
長谷川が小声で呟くと、暗闇の奥から巨大な影がゆっくりと姿を現した。
それは迷宮の住人である大型の魔物だった。四足で立ち、異常に発達した筋肉が光を反射している。鋭い牙が見え、赤い目がこちらを睨みつけている。
「接触するつもりはない。負傷者を最優先だ」
美穂が低い声で指示を出す。全員が緊張感を保ちながら、次の行動を慎重に見極めていた。魔物がまだ動かないうちに負傷者を探し出す必要がある。俺の胸の熱はますます強くなり、道を指し示すようだった。
広い空間に響く低い唸り声が次第に大きくなり、迷宮の冷たい空気を震わせた。その巨体を隠しきれない魔物が赤い目を輝かせ、四肢を踏み鳴らしてこちらを威嚇している。
「やばいな、動き出すぞ……!」
長谷川が冷静に状況を読み取る。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、魔物が唸り声を上げながら一気にこちらへと突進してきた。
「くっ、避けろ!」
美穂の指示が飛び、全員がそれぞれの方向に散らばった。地面を叩きつけるような魔物の足音が響き、巨体が目の前をかすめる。その風圧だけで身体が揺さぶられるような感覚に、息を飲んだ。
「森本君!負傷者の位置をもう一度確認して!」
美穂が叫ぶ声が聞こえる。俺は瞬時に迷宮での感覚を研ぎ澄まし、胸の熱に集中した。浮かび上がる道筋――負傷者がいる場所はこの広間のさらに奥だ。それを伝えようとした瞬間、魔物がこちらに向きを変えて再び突進してきた。
「まずい!」
その巨体が俺に迫った瞬間、横から長谷川が飛び出し、大きな盾を構えて魔物の動きを封じた。
「新人、ぼーっとしてる暇はないぞ!言うべきことがあるならさっさと言え!」
長谷川が盾越しに押し込まれながら叫ぶ。俺ははっとして声を張り上げた。
「負傷者はこの先の奥だ!そっちへ進むべきです!」
「了解!優、時間を稼いで!」
美穂が的確に指示を出し、他の隊員たちも動き始めた。長谷川が盾で魔物の攻撃を受け止め、その間に他のメンバーが魔物の横へと回り込む。
「おいおい、俺に頼りすぎだろ!」
長谷川が皮肉混じりに叫びながらも、その動きは的確だった。魔物の爪が盾を叩き、鋭い音が響くたびに彼の足元が石畳を滑らせる。それでも彼はその場を一歩も譲らず、全力で耐えていた。
「今だ、攻撃を集中させる!」
美穂の声に呼応して、隊員たちが一斉に動く。一人が閃光弾を放ち、魔物の視界を奪う。その瞬間を狙い、別の隊員が巨大なロープで魔物の脚を絡め取った。
「これで動きが封じられるはずだ!」
ロープが絡まった魔物が激しく身をよじらせる。しかし、動きが鈍ったことで、全員が次の行動を取る余裕ができた。
「森本君、負傷者の位置を案内して!こっちは抑えておく!」
美穂が短く指示を出す。俺は頷き、迷宮の奥に続く道を指差した。
「この先です!」
俺は全力で走り出し、後ろからは魔物の咆哮と、仲間たちがその攻撃を封じる音が聞こえた。背中で感じるその戦いの気配に、胸の中で熱が燃え上がる。俺にできることは負傷者を見つけ、全員が無事に戻れる道を確保することだ。それに集中するしかない。
俺は振り返らずに進んだ。後ろでは、チームが連携して巨大な魔物を撃退しつつ、俺が指し示した道を守り抜いてくれている。その信頼を感じながら、俺はさらに速度を上げて迷宮の奥へと進んでいった。
負傷者を見つけたのは迷宮の広間を抜けた少し先の小部屋だった。床に倒れ込んでいる中年の男性は足を痛めて動けなくなっていたが、意識ははっきりしていた。
「大丈夫です!レスキュー隊です。今から安全な場所までお連れします!」
俺が声をかけると、男性は驚きと安堵が入り混じった表情で頷いた。
「頼む……もう、動けなくて……」
俺は素早く通信装置で美穂に連絡を入れた。
「負傷者を発見しました!足を痛めていますが、意識はあります!」
「よくやったわ。そこを動かないで、すぐに迎えに行く!」
間もなくして、魔物の注意を引き続けていたチームが合流してきた。美穂が負傷者を見下ろし、軽く頷く。
「大丈夫です、すぐに安全な場所にお連れします」
チーム全員で協力し、負傷者を運ぶ体制を整えた。担架に乗せた男性をしっかりと固定し、出口に向けて慎重に進んでいく。
後ろを振り返ると、さっきまでの魔物の威嚇音は聞こえない。チームの連携プレーで撃退され、完全に遠ざかったようだ。
「これで安心だな」
長谷川が肩をすくめながら言う。
「森本、お前も少しは役に立つじゃないか。正直、最初は信用してなかったけどな」
彼の皮肉交じりの言葉には、どこか本音が滲んでいた。それが妙に嬉しく、俺は苦笑いを浮かべながら応じた。
「……ありがとうございます。次はもっとスムーズにやれるように頑張ります」
「そういう謙虚さ、嫌いじゃないぜ」
長谷川が笑みを浮かべると、美穂が振り返って声をかけてきた。
「負傷者の発見が早かったわ。君の力、これからが楽しみね。よくやったわ」
俺はその言葉に、小さく頭を下げる。胸の中には少しだけ誇らしさが芽生えていた。
***
地上に戻り、負傷者を無事に救助した瞬間、迷宮の冷たい空気から解放された実感が押し寄せた。担架に横たわる中年の男性は安堵の表情を浮かべ、レスキュー隊の他のメンバーが周囲の人々から拍手と歓声で迎えられている。
「助けてくれて、本当にありがとう……本当に……!」
負傷者がかすれた声で感謝を伝えると、美穂が優しい笑顔で応じた。
「無事で何よりです。私たちはそれが仕事ですから」
そのやり取りを聞きながら、俺はふと自分の胸が妙に温かいのに気づいた。
「すごい、あれがレスキュー隊なんだ!」
「負傷者を迷宮から救い出したって……信じられない」
周囲から興奮気味の声が聞こえてくる。これまで目立たなかった第13分隊の名前が、たった今、一気に広がりつつあるのを肌で感じた。迷宮という危険な場所から人を救い出すという事実が、どれほど人々に感動を与えるのかを初めて実感した瞬間だった。
「見たか、森本。これがレスキュー隊だ。人に必要とされるって、こういうことだぜ」
長谷川が軽く笑いながら肩を叩く。その言葉に俺は頷き、担架の男性を見ると、彼が涙ぐみながら小さな声で「ありがとう」と呟いているのが聞こえた。
その瞬間、胸の奥で何かが変わった。迷宮の中で感じたあの熱が再び広がり、今度は全身に行き渡るような感覚がした。
「……っ!」
目の前が一瞬だけ眩しくなるような感覚。俺はその場で小さく息を呑み、周囲を見渡した。光はすぐに収まったが、自分の中に何かが目覚めたような、確かな変化があった。
「森本君、どうしたの?」
美穂が少し驚いたように声をかけてくる。
「いや……今、胸の中で何かが……。迷宮の中で感じたものが、もっとはっきりした気がします」
そう言葉にするのが精一杯だったが、それを聞いた美穂が微笑む。
「人を助けること、そしてその感謝を受け取ること――それがあなたの力をさらに成長させたのね」
彼女の言葉に、俺ははっとした。あの負傷者の「ありがとう」という言葉、そして周囲の人々の感謝の声が、確かに俺の中に響いている。それがこの成長のきっかけだったのだろうか。
「森本、新人らしくないじゃないか。成長が早すぎだろ!」
長谷川が冗談交じりに言うが、その言葉にどこか羨望が含まれているのを感じた。
「……俺も驚いています。でも、この力が役に立つなら、これからもっと――」
言葉を紡ぎかけると、美穂が力強く頷いた。
「あなたにはその素質があるわ。今日の救助でそれが確信に変わった。この調子で行きましょう。もっと多くの人を救うために」
俺は改めて深呼吸をし、胸の奥で広がる新しい感覚を確かめた。この力は人を助けるためにある――それが今、はっきりと分かった。
負傷者を救助し終えた俺たちは、広場で周囲の人々に迎えられながら息を整えていた。迷宮の中での緊張感が解けると、胸の中に広がるのは達成感と、救助が成功したという安堵だった。
結城美穂が一歩前に出て、俺の肩に手を置く。彼女の真剣な眼差しが俺を捉えた。
「森本君、これからも期待しているわ。あなたの力は、きっと私たちにとって大きな支えになる」
その言葉には確信が込められていた。俺はその期待の重さを胸に受け止めながら、しっかりと頷いた。
「俺、このチームで頑張ります。全力で、命を救うために!」
美穂の顔に微かに浮かんだ満足そうな微笑みが、俺の心をさらに奮い立たせた。
近くにいた女性隊員――どこか穏やかで優しげな雰囲気のある彼女が、俺に歩み寄って声をかける。
「森本君、迷宮の呼び声に応えるのは君の使命ね。これからも、その声に導かれて、たくさんの人を助けてあげて」
その言葉に、俺は胸の中が熱くなるのを感じた。使命――その言葉はまだ大きすぎる気もしたが、迷宮の中で感じたあの感覚が、誰かを救うためにあるのだとしたら、それを使う覚悟が俺にはある。
「はい。必ず」
静かに答えると、彼女は満足げに微笑んだ。
周囲では、レスキュー隊員たちが互いに労をねぎらいながら機材を片付けていた。その光景を見ながら、この場所が自分にとっての新しいスタートだという思いが強くなっていく。
結城美穂が隊員たちに短く声をかけ、作業が整ったところで全員が一つのチームとして動き始めた。その姿は頼もしく、俺もその一員として力を尽くす覚悟が胸に広がった。
「これからが本番ね、森本君」
美穂が振り返り、もう一度優しく微笑む。その言葉に深く頷きながら、俺は改めて新たな決意を胸に刻んだ。
ダンジョンレスキュー隊での物語――俺が人を救う使命に向き合う物語は、今ここから本格的に始まるのだ。
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