第5話 入隊
翌朝、朝日が差し込む中、俺はダンジョンレスキュー隊の訓練施設に向かって歩いていた。胸ポケットには昨日受け取ったカードが入っている。そのカードに記された住所を頼りに、少し緊張しながら足を進める。
道中、何度か立ち止まって深呼吸をした。この決断が本当に正しいのか、まだ答えは出ていない。ただ、昨日迷宮の中で感じたもの――あれを試してみたいという思いが、俺をこの場所に導いた。
やがて、目の前に白い建物が現れた。広い敷地の中に立つその施設は、どこか厳粛な雰囲気を漂わせている。入り口には大きく「ダンジョンレスキュー隊 第13分隊訓練施設」と書かれた看板が掲げられていた。
「ここが……」
一歩踏み出すと、すぐに制服を着た数人の隊員が目に入った。皆、白い制服を着ており、胸元には昨日美穂が身につけていたものと同じエンブレムが輝いている。その姿に圧倒されながら、入口付近で迷っていると、一人の隊員がこちらに気づいた。
「君が、昨日結城隊長が話していた人だね?」
爽やかな声でそう言われ、俺は慌てて頷いた。
「ええ……森本拓也です」
自己紹介すると、隊員は笑顔で頷き、手を差し出した。
「ようこそ、第13分隊へ。中に案内するよ。結城隊長が待っている」
差し出された手を握り返すと、隊員は慣れた様子で施設の中へと案内してくれた。広々とした施設の中には、いくつもの訓練用の設備が設置されており、ところどころで隊員たちが訓練を行っている姿が見える。ロープを使って高い壁を登る者や、迷宮を模した狭い空間を通り抜ける者。どれも迷宮での救助に直結しているのが一目で分かる光景だった。
「すごい……」
思わず呟いた声が漏れる。
「隊長、来ましたよ」
隊員が声をかけると、少し先の部屋から結城美穂が姿を現した。昨日と同じ白い制服に身を包み、優しげな笑顔を浮かべている。
「おはよう、森本君。来てくれてありがとう」
そう言うと、美穂は一歩近づいて俺を見上げた。その目は相変わらず真剣で、俺の中の不安を少しだけ和らげてくれるようだった。
「私が指導するから、安心してね」
柔らかい笑顔とともに告げられたその言葉に、少し緊張していた胸が僅かにほぐれた。美穂の手が俺の肩に軽く触れる。
「昨日の出来事を思い出して。あなたにはそれを試す機会がある。それだけで十分よ」
俺は深呼吸をしてから、小さく頷いた。
広い訓練施設の一角には、迷宮を模したエリアが広がっていた。天井の高さや石造りの壁、薄暗い光が差し込む狭い通路など、実際の迷宮を忠実に再現している。見ただけで緊張感が増すようなリアルさだった。
「森本君、これが模擬迷宮よ」
結城美穂が軽く手を広げて説明する。
「このテストでは、制限時間内に行方不明者を探し出して出口に連れ戻すことが目標よ。もちろん、本物の迷宮ほど危険はないけれど、実際の状況をできるだけ再現しているわ」
俺は模擬迷宮をじっと見つめ、深呼吸を繰り返した。昨日の迷宮での体験が頭をよぎる。あの感覚がもし本物なら、ここで証明する必要がある。
「準備はいい?」
美穂の言葉に、少し間を置いてから頷いた。
「……はい、やってみます」
「大丈夫よ。あなたには昨日、確かに人を見つける力があった。今日もその感覚を信じて」
その言葉に、胸の中が少しだけ軽くなる。迷宮の中で感じた熱や浮かんだ道筋――それがまた訪れるかどうかは分からない。でも、信じてみるしかなかった。
「行くわよ。時間は15分。開始!」
美穂の声が響くと同時に、俺は模擬迷宮の中に足を踏み入れた。
中は薄暗く、冷たい空気が肌を刺すようだった。石畳の上を歩くたび、靴音が小さく響き渡る。この場所だけでも迷宮の緊張感を思い出させるには十分だった。
「落ち着け……あの感覚を思い出すんだ」
心の中で自分に言い聞かせる。通路は何本も枝分かれしていて、どちらに進むべきかすぐには判断できない。どちらを選べばいいのか、頭の中で考え始めると焦りが襲ってくる。
「感覚を信じて」
美穂の言葉が頭の中に浮かんだ。
深呼吸をし、目を閉じる。すると、わずかに胸の奥が温かくなるのを感じた。昨日と同じように、その熱が少しずつ広がっていく。目を開けると、視界が不思議と鮮明になり、通路の一つが何かに導かれるように見える。
「これだ……」
直感に従い、その道を選んで進む。通路を曲がり、細い道を抜けると、模擬迷宮の奥からかすかに人の声のようなものが聞こえた。
「誰かいるのか!」
その声に向かってさらに足を速める。胸の中の熱が確信へと変わっていくのを感じながら、俺は模擬迷宮の奥へと進んでいった。
模擬迷宮の奥で聞こえてきた微かな声――それを頼りに、俺はさらに足を速めた。狭い通路を抜け、迷路のように複雑に絡み合う道を進む。胸の奥で感じる不思議な熱と視界に浮かぶ道筋が、俺の選ぶべき方向を次々と示してくれる。
「こっちだ……間違いない」
息が少し上がりながらも、その感覚を信じて進み続けると、やがて小さな空間に出た。そこには、模擬迷宮の救助対象として配置された人形がうずくまるように置かれていた。
「見つけた……!」
思わず声が漏れる。救助対象を見つけたことで胸の中に安堵が広がるが、訓練はまだ終わりじゃない。これを無事に出口へと連れ出す必要がある。
「よし、行こう」
俺は人形を慎重に抱き上げると、再び迷宮の出口を目指して走り出した。来た道を正確に辿るのは難しい。けれど、頭の中に浮かぶ道筋が再び俺を導いてくれるようだった。
「……こっちだ!」
狭い通路をいくつも抜け、光が差し込む場所が見えてきた。出口が近い。最後の力を振り絞り、俺は一気に駆け抜けた。
「終了!」
出口を抜けると同時に響いた美穂の声に、体の力が一気に抜ける。抱えていた人形を慎重に下ろし、大きく息をついた。
「お疲れさま。無事に救助完了ね」
笑顔で出迎えた美穂が、近づいてきて俺をじっと見つめた。その視線は、何かを確かめるようでもあり、感心しているようでもあった。
「……本当に素質があるわね」
その言葉に、俺は驚きと共に顔を上げた。
「素質……ですか?」
「ええ。迷宮で行方不明者を探し出し、安全に連れ戻せる力。それを訓練初日でここまで発揮できる人は滅多にいないわ。迷宮の中で自然に道を見つけられるその感覚――これを“たまたま”で片付けるのは無理があるわね」
美穂の真剣な声に、胸が熱くなる。自分に何かができるという実感。それを認められる嬉しさと驚きが入り混じり、言葉を失った。
「森本君、正式にダンジョンレスキュー隊への入隊を提案させてほしい」
その言葉に、俺の目が大きく見開かれる。
「入隊……ですか?」
「そうよ。あなたが持っている力は、私たちにとっても貴重なもの。それをこのままにしておくのはもったいないわ。訓練を重ねれば、もっと多くの命を救えるようになるはず」
美穂の言葉に力がこもっていた。俺にとって迷宮は怖い場所だった。けれど、その迷宮で誰かを助けられる自分がいる――その可能性を信じてもいいのかもしれない。
「どうかしら?私たちと一緒にやってみない?」
結城美穂の提案に、俺はしばらく言葉を返せなかった。迷宮の中で感じたあの不思議な感覚。それが本当に役立つものなのか、俺自身にもまだ分からない。それでも、リナを助けられた事実と、美穂の真剣な視線が胸の奥で揺れている俺の気持ちを後押ししてくる。
「……やってみます」
少し間を置いて、俺はそう答えた。
美穂が穏やかに微笑む。
「ありがとう。あなたの決意、きっと間違いじゃないわ。さあ、チームメンバーを紹介するわね」
彼女に案内されて施設の奥に進むと、広い訓練室に数人の隊員が集まっていた。白い制服に身を包んだ彼らは、それぞれが独特の雰囲気を持っている。一目見ただけでも個性が伝わってきた。
美穂が一歩前に出て、冷静な表情で口を開いた。
「みんな、こちらが今日から私たちと一緒に活動することになった新人、森本拓也君よ」
隊員たちの視線が一斉に俺に向けられる。軽い緊張が背筋を走る中、美穂は続けた。
「彼は迷宮の中で行方不明者を見つけ出す特別な力を持っている可能性があるわ。これから私たちと一緒に訓練を重ねて、正式なレスキュー隊員を目指してもらうことになる。どうぞ、よろしく」
俺は軽く頭を下げた。
「森本拓也です。よろしくお願いします!」
その瞬間、前列に立っていた男が軽く手を挙げた。鋭い目つきに少し癖のある髪が特徴的で、その口元には皮肉めいた笑みが浮かんでいる。
「ふーん、新人か。大した才能でも隠れてるってのか?」
やや皮肉っぽい口調でそう言うと、俺を上から下まで値踏みするように見た。その態度に少し戸惑いを感じながらも、美穂が口を挟むより早く俺は答えた。
「隠れてるかどうかは分かりませんが……やれることは全力でやります」
その言葉に、男は少し目を細める。
「まあ、それならいいさ。俺は長谷川優。昔はちょっとだけ頭が切れるって言われてたけど、今は落ちぶれた天才だ。よろしくな、新人君」
自己紹介を終えた長谷川がふっと笑う。その言葉の裏に何があるのか分からないが、少なくとも歓迎していない様子ではなかった。
「優、皮肉ばかり言ってないで、少しは素直に歓迎したらどう?」
美穂が軽く笑みを浮かべて長谷川を制すると、彼は軽く肩をすくめた。
「悪い悪い。ただの癖だ。気にしないでくれ、新人」
彼の言葉に苦笑しながらも、俺はまた軽く頭を下げた。チームの雰囲気は予想以上に個性的だが、それが逆に俺を少しだけ安心させた。これが俺の新しいスタートの場になるのかもしれない――そんな思いが胸に広がった。
チームメンバーが次々と挨拶を交わす中、俺はその場の雰囲気に少し圧倒されていた。白い制服に身を包んだ彼らの立ち姿は、迷宮で命を救うプロとしての自信と誇りを感じさせる。
長谷川優の皮肉混じりの言葉もそうだが、結城美穂をはじめとする他の隊員たちの視線や言葉には、俺がここで何を成し遂げられるのかを見極めようとする真剣さが伝わってくる。
「森本君」
結城美穂が俺に声をかけ、手にしたものを差し出した。それは真っ白な制服だった。胸元にはレスキュー隊のエンブレムが刻まれている。
「これが、あなたの制服よ。この制服を着ることで、あなたは私たちと同じレスキュー隊の一員になる。一度袖を通してみて」
俺は彼女から制服を受け取り、手にしたそれをじっと見つめた。しっかりとした生地の感触に、何か重みのようなものを感じる。これが、迷宮で命を救うための隊員としての証だ。
「わかりました……着てみます」
更衣室に案内され、制服に着替える。少し大きめに作られたそれは、最初はぎこちなく感じたが、ボタンを一つずつ留めていくたびに不思議と気持ちが引き締まっていくのを感じた。
「これが……俺の制服か……」
鏡に映る自分を見ると、その姿が少しだけ違って見えた。今までどこか不安げだった自分が、この制服を着ることで少しだけ自信を持てたような気がする。
更衣室を出て、隊員たちの前に戻ると、彼らがそれぞれ軽い笑みや頷きで俺の姿を認めてくれた。
「似合ってるじゃないか、新人」
長谷川が腕を組みながら皮肉っぽく笑う。
「そうね、初めてにしては悪くないわ」
美穂が軽く微笑みながらそう言った。
俺は深呼吸をして、一歩前に進み、改めて皆を見渡した。まだ迷いや不安が完全に消えたわけじゃない。それでも、この場に立つ覚悟を決めた以上、自分にできることを精一杯やるしかない。
「よろしくお願いします!自分にできる限り、全力で頑張ります!」
その言葉に、隊員たちがそれぞれ微かに頷き返す。これが俺の新しいスタートだ。この制服に恥じないように、自分にできることを見つけていこう――そう心に誓った。
結城美穂が軽く歩み寄り、真剣な表情で俺の目を見つめた。その目はどこか厳しさを含みながらも、温かさを感じさせる不思議なものだった。
「森本君、君の力、頼りにしているわ」
その言葉には、完全に俺を信じているという確信が込められていた。自分にそこまでの価値があるのか、まだ分からない。それでも、この制服を着た以上、無責任な振る舞いはできない。
俺は深く頷き、決意を込めた声で答えた。
「全力を尽くします。よろしくお願いします!」
その言葉を聞いた美穂が微かに微笑む。
「いい返事ね。その意気で大丈夫。さあ、初めての任務に向かいましょう」
彼女の声には力強さがあり、チーム全体がその言葉に呼応するように動き出した。
広い訓練室を抜けると、待機中の車両が見えてきた。それはダンジョンレスキュー隊専用の装備を積み込んだ車で、迷宮の緊急事態に備えるためのものらしい。
「初任務ってことだから、そんなに難しいものじゃないよ。新人の準備運動ってとこだな」
長谷川が腕を組みながら、いつもの皮肉を込めた口調で言う。
「まあ、俺たちもサポートするから心配するなよ。死なない程度に頑張れ、新人」
「優、いきなり脅かさないの」
美穂が軽く笑いながら彼をたしなめる。俺は苦笑しつつ、長谷川の言葉を心に留めた。初めての任務だ、緊張するのは当然だが、どこか楽しみな気持ちも混じっている。
「みんな、準備完了?森本君も大丈夫ね?」
美穂が一同を見渡しながら確認する。その声に、それぞれが静かに頷き、車両に乗り込んでいく。俺もその流れに従い、隊員たちと一緒に乗り込んだ。
「今回の目的地は、迷宮の第3層。探索中に行方不明になったグループがいるらしい。まずは状況確認と、安全なルートの確保が最優先よ」
車両が動き出すと同時に、美穂が冷静に状況を説明する。その声に無駄な感情はなく、必要な情報だけを簡潔に伝えるプロの仕事ぶりに、自然と背筋が伸びる。
「森本君、君には道を探る役目をお願いするわ。迷宮の構造を読んで、安全に進めるルートを見つけること――君の力に期待している」
「分かりました。精一杯やります!」
胸の奥で小さな緊張が高まる中、俺ははっきりと答えた。これが俺の新しい一歩だ。迷宮の恐怖も、自分への疑念も、全て乗り越えていくしかない。
車両が目的地に向かう中、俺は窓の外を見つめながら心を落ち着ける。ここからが本番だ――このチームと共に、俺は迷宮に挑むのだ。
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