第7話 家族との対面

 通されたのは楕円形の大きな机に十脚ほどの椅子が並べられていた部屋だった。

 確かに複数人で話し合いをするにはちょうど良さそうな部屋だけれど、会談の間というにはちょっとアットホームな雰囲気過ぎないかしらん?


 それとも実はテーブルや椅子が特別な素材で、相手を密かに威圧しているとか?

 ……違うか。そもそもここに招かれている時点でドラゴンに対して友好的だったり従属的だったりするはずだ。わざわざ威圧なんてする必要がないのだ。

 人間種の国を真似た言葉遊びといったところかな。命名した当人たちはいたって真面目だったかもしれないけれど。


 部屋には既に五人の人がいて、奥側の席に並んで座っていた。

 どこに座るのが正解なのだろう?と迷っていたところ、


「エルネ様、こっちよ」


 とアオイさんに椅子を引かれてしまう。りにも選って正面ですか……。

 恐らく彼がパパンなのだろう、向かいの席には一等豪華な服を着た壮年の男性が。服装が異なるのはドラゴンの仲間にではなく面談相手への配慮だと思われます。不幸な勘違いが起こらないように一目で誰が偉い人なのかが分かるようにするのも大事なのですよ。


 長でありこの集落で一番偉いはずのパパンだけど、落ち着きなく百面相をしては隣の女性にやんわりとたしなめられていた。まあ、百面相とは言ってもよく観察していなければ気が付かない程度でしかなかったのだけれどね。

 その窘めている女性の方は、もう間違いなくボクのママンだった。ドラゴニュートと人化による違いはあれど、鏡で見た自分の顔とそっくりなのだ。なによりあの大きなお胸!血の繋がりを感じずにはいられませんとも!


 更にママンの隣には一回り年代が上なのだろう女性が座っていた。こちらも顔立ちに似通った部分があるね。先代の長だったというママンのお母さん、つまりはボクのお祖母ちゃんなのだろう。

 面白そうにニンマリと口角を上げている。が、眼の方は真逆に真剣そのものの眼差しでボクのことを射抜かんばかりだ。

 なるほど。アオイさんがあれほど恐れていたのが少しだけ理解できたような気がする。


 一方、パパンのもう一つの隣の席には、これまた年嵩としかさの男性が座っていた。クレナさんの説明を疑っているのか、分かりやすく不機嫌丸出しな上に胡散臭そうな顔を向けてくれている。

 ……という振りだね。こちらはお祖母ちゃんとは反対に、とっても優しい目をしているもの。あえて反対する役を務めることで、話し合いがなし崩し的に進むのを防ぐつもりなのだろう。で、お祖母ちゃんはその反応を見て吟味するのがお役目かな。

 いくら長でも、我が子のこととなると冷静でいられないかもしれないからね。

 ちなみにその男性の隣に座る最後の一人はクレナさんです。


 ボクに続いてアオイさんも席に着く。

 …………無言。あの、どうして誰も喋らないの?


 こちらが先に口を開いた方がいいのかしら?だけど、礼儀というか会話の手順を知らないから、どうすればいいのか分からないのですが?

 本来ならばアオイさん、もしくはクレナさんがボクのフォローをするつもりだったのだろうが、現在お祖母ちゃんの一睨みによって、ボク以上にカチンコチンに固まってしまっていた。


 そうなると頼みの綱となるのは一番偉いはずのパパンなのだが……。

 あかん。一見そうとは思わせないのだが、視線があちこちを彷徨さまよい続けている。ママンが密かにアクションを起こせと促しているのだが、残念ながら効果はなさそう。どうやらこっちはこっちでボク以上にあたふたしているらしい。

 そして残る年嵩の男性も、自分から動くつもりはないようだ。


 どうするのよ、これ……。

 考えることしばらく、ボクの出した結論はこれだった。


「よし、帰ろう」

「え?」

「なっ!?」

「ほう?」


 にわかに立ち上がれば、驚きの視線が集まってくる。まあ、極一部楽しんでいるらしいものもありましたがね。


「そちらから話すことは何もないんでしょう。ボクの事情はクレナさんに伝えてもらった通りだし。これ以上は時間の無駄だから悪しからず」


 ひらひらと手を振りくるりと振り返ろうとしたところで、


「ちょ、ちょっと待って!」

「待ってください!」


 ようやく呪縛が解けたのか、アオイさんとクレナさんが同時に叫ぶ。

 うんうん。まず動き出すことができるのはこの二人だろうと予想していたけれど大正解だわね。なんと言っても二人にはボクをここまで連れてきた責任があるからね。ここで帰られては面目が丸潰れになってしまう。


「もう!あなたがしっかりしないからあの子が困っているじゃないですか!それどころかクレナとアオイにも迷惑をかけて!」

「ぬおっ!?……す、すまない」


 そしてママンからバシン!と背中を叩かれてようやくパパンも起動する。


「やれやれ。パパムートも子どものことになるとまだまだだねえ」

「うぐ!?申し訳ありません……」

「いいからさっさと自己紹介をおし。いくら私でも親より先に名乗れるほど図太くはないんでね」


 おばあちゃんの台詞に「ええっ!?」と声を上げてしまったアオイさんが再び麻痺硬直の視線で固まってしまったけれど、割といつものことなのだろう、誰一人としてツッコむ人はいなかった。


「うおっほん!あ、改めて名乗らせてもらおう。私はパパムート。このドラゴンの集落の長をしている。そ、そして、お前の父、だ」

「初めまして、私の愛しい子。私はハハムート。あなたのお母さんです」


 後半は特にガチガチに緊張していて威厳も何もあったものではないパパン。対してママンの自己紹介はそつなくはんなりと、そして確かに愛情を感じられるものだった。

 だけど、ごめんね。ボクはあの人以外を「お母さん」とは呼べないし、呼びたくないんだ。だから、


「ママンとパパンだね」

「ママン!?」

「パパン!?」


 これで許してね。


「二人とも初めまして。エルネです」


 更にお返しにニッコリ笑顔をプレゼントすれば、二人だけでなくその他の面子も目を丸くして見惚れてしまっていた。

 ふふん。美少女だと自認していたお母さん直伝の微笑み術だからね。美醜とかの感覚が根本的に異なっていない限りは目を奪われること請け合いだよ。


 自己紹介という自分たちのターンを挟むことで、かき乱された場の空気を元に戻そうとしたのだろうけれどそうはさせない。

 お母さんから教わった対話の極意「相手を翻弄ほんろうしてこちらのペースに引き込むべし!」を知るボクに、パパンたちはどこまでついてこられるかな?

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