第6話 燻るナニカ

「んー、こんなものかな」


 ようやくまともな服を着て、野生児から脱却したエルネです。

 色々あり過ぎて迷ったけれど、上は襟なしのシャツの上から膝上丈のチュニックを羽織ることにした。動きやすいように腰に巻いた革のベルトがアクセントです。下はハーフパンツにくるぶしまでのブーツ。短い靴下しかなかったから、膝から下は魅惑の生足がのぞいているよ。


 いやあ、尻尾があるからどうしてもローライズ気味になってしまったのだけれど、伸縮性に富んだ生地で作られたものがあって良かったよ。同じ素材の肌着もあったので、これで激しい動きでもお胸様がぶるんぶるんと暴れ回ることはない。


「本当に肩パッドはいらないの?」

「いらない」


 相変わらず謎に棘付き肩パッド推しなアオイさんです。

 現在この倉庫にいるのはボクと彼女の二人だけだったりする。クレナさんはドラゴンの長たち――今一まだ実感はないのだけれどボクの両親――がいる屋敷へと一足先に向かっていた。長たちはともかくその他の面子がボクの姿を見て驚かないよう説明をするため、先触れを務めてくれているのだ。

 なお、屋敷への案内はアオイさんが代役を買って出てくれた。


 そうそう、一つ驚きの事実が発覚しました。どうやらステータスもアイテムボックスもボクの固有能力だったみたい。

 衣料品倉庫の主と化しているアオイさんから「どうせ放置されているだけだから」と着替えに予備、パジャマ用の服の持ち出しも許可が貰えたので、さっそくとばかりにアイテムボックスに仕舞い込んだのだ。


 と、ここまでは良かったのだけれど、問題はこの後だ。感情がすっぽ抜けて超真顔になった彼女から「今のは何?どうやったの?」と質問攻めにされてしまったのでした。

 ただ、ボク的にはとりあえずの何となくで使えるものだから、説明のしようがなかったのだよねえ。


「エルネ様ってば本当に規格外ね」

「そうは言われても……。基準自体が分かっていないからどう返すべきなのか」


 あと、いつの間にか様付けが定着して広がってる……。


「ああ、そこからなのね。まず私たちドラゴンという種族は長命で力も強い。世界全体で見ても上位の存在であることに間違いはないわ。ヒューマンなら国を挙げての総力戦を挑むことでようやく私たちと互角に戦える、といったところかしら」


 わーお。前世の記憶でもドラゴンはとんでもない強さだというのが常識だったけれど、こちらの世界でも同じかそれ以上のようだ。


「で、私やクレナ、ついでにヘキのやつもだけれど、このドラゴンの集落ではトップレベルの強さを持っているの。上から数えても両手の指で足りるくらいには強いわよ。……まあ、爺様たちが出張ってきたら足の指も必要になるけど」


 わーお、二回目。「やろうと思えば人間種の国の一つや二つなら滅ぼせちゃうわよ」らしい。やめて。


「エルネ様はね、そんな私たちに比肩するだけの力を持っているのよ。その上に異空間から物を出し入れできる能力まで持っている多分それ、パパムート様たちですらできないわよ。ほら、規格外でしょう」


 比肩しているかなあ?

 ボクの見立て通りなら、クレナさんやアオイさんには手も足も出せずに負けてしまうと思うのだけれど。グリーンドラゴンを闘技の連発で瞬殺――いや、殺してはいないんだけどね――できたのも、怒りで冷静さを失っていたこと、こちらを人間だと思って油断していたことが積み重なって本来の力を発揮できなかったためだ。

 次に戦ったら、そこそこに苦戦すると思うよ。そんな考えを伝えてみたところ。


「いやいやいやいや。卵からかえったばかりなのに若手では最有望株のヘキに勝てると確信している時点で十分おかしいから」


 即座にツッコミを入れられてしまったのでした。というかグリーンドラゴンって、若手の最有望株だったのか。そういえば卵をかえす生誕の地なんていう重要施設を一人で任されていたのだから、それくらいの評価をされているのは当然かしらね。


「うん?そんな人がドラゴン至上主義なんていう怪しげな思想に傾倒していたなんてヤバいんじゃないの?同じ若手世代のドラゴンたちにも広まっているんじゃ……」

「それは大丈夫よ。あいつよりも強いドラゴンなんて、クレナや私以外にもたくさんいるもの」


 それ、の話だよね。将来的に、もっと力をつけた彼やその仲間が集落の重要な役目に就くとなれば、どうなるか分かったものではないのでは?


 ……そうか!長命だから時の流れに対する感覚も違っているのだ!集落で暮らすドラゴンのほとんどは「今日と同じ明日がくる、未来はその繰り返し」だと思っているのではないかしら。

 対してボクは前世でお母さんたちと激動の日々を走り抜けてきた。わずか一時間に満たない間に、状況が大きく変わるなんていうことも何度も体験してきたのだ。


 そんなボクの勘が告げている。この問題を放置しておくのは危険だ。最低でも迅速に調査をして、思想の広まり具合を確かめておくべきだ。


「あの――」

「さて、そろそろクレナの話も十分に伝わったころかしらね。あまりパパムート様たちをお待たせしても悪いし、御屋敷に向かいましょうか」

「え?それよりも――」

「なあにい?もしかして両親に会うのが不安になってきちゃったの?エルネ様も可愛いところがあるのねえ」

「いや、そうじゃなくて――」

「大丈夫よ。お二人とも優しいお方だから。……ババムート様はちょっと怖いけど」

「話を聞いてえ!?」


 結論、聞いてもらえませんでした。それどころか力尽くで屋敷に連行されました。

 やっぱりアオイさんの方がずっと強いじゃん……。


 屋敷は集落の一角を占領して、壁で区切られた区画の中にあった。

 ここには屋敷以外に、外で活動しているドラゴンの協力者とか、庇護を求める人たちだとか、ドラゴンに憧れたり伝承を明らかにするために決死の覚悟で山脈を超えてきた人たちを保護したり等々の用途に用いられる宿泊施設があるのだとか。

 衣料品倉庫といい、ボクが思っているほど集落は世界から孤立しているのではないのかもしれない。ただ、この中途半端な状況が例のヤバ気な思想を後押ししているようにも感じられた。


「はぁい」

「アオイか。そちらがエルネ様だな。クレナから話は聞いている。そのまま屋敷の会談の間に向かうといい」

「了解」


 いわゆる門番なのだろう、開かれた門の横に立つおじさんとのやり取りに、アオイさんの立ち位置が透けて見えるようだ。集落でもトップレベルの実力者というのは本当だったみたいね。


 はあ。いよいよこちらの世界での両親との対面か……。

 べ、別に緊張とかしてないし!



  ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~


>激動の日々を走り抜けてきた。


リュカリュカ「おかしい。まったりな冒険生活だったはずなのに」

ミルファ・ネイト「どこがです(の)!?」



……またやってしまった。そろそろ自重しないと。

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