第8話 両親の能力

 最初に立ち直ったのはお祖母ちゃんだった。さすがは年のこうおっほん!ナニモイッテナイヨー。だからその鋭い眼光は引っ込めてください。


「いやはや、名前まではっきりと覚えているとはね。これまでにも何人か前世の記憶持ちってやつを見聞きしたことはあるが、どいつもこいつも断片的なものしか持ち合わせていなかったよ」


 ほうほう。ボク以外にも前世持ちが存在していたと。断片的な記憶でしかなかったということも含めて割と重要な情報だと思うのだけれど、さらりとぶち込んできたね。


「おっと、挨拶が遅れてしまったね。私はババムート。一応あんたの祖母ってことになるよ」


 更に続けざまに名乗ることで会話をリードする気かな。これはこれは、なかなかのやり手だねえ。


「わしはパパムート様の補佐をしておるただの爺だ。名乗るほどの者ではないわい」


 それにならうように年嵩の男性が続く。以心伝心な部分もあるのだろうけれど、それ以上に他者、特に外部の人たちとの対話や交渉といった経験値が高いのだろう。うん。見事に主導権を取り返されてしまった。

 それにしてもこの人、表情の堅苦しさとは裏腹に眼が優しいこともあって、「一度に名乗っても覚えきれないでしょうでしょうからね」という副音声こころのこえが聞こえてきそうだよ。

 同じくそれが伝わったのだろう、おばあちゃんが苦笑いを嚙み殺しながら口を開いた。


「エルネと言ったかい?突然こんな山奥の集落に連れてこられて、さぞかし驚いたことだろうねえ」


 案じてくれてもいるのだろうけれど、これはボクの反応を見るのが主目的だと思われます。驚いた、というのは多分外から訪れた人たち共通のリアクションだったのだろう。

 まあ、周囲三百六十度どこを向いても雪と氷に覆われた急峻な山脈ばかりだ。その内側にこれだけの規模の街があれば、普通は驚くというものだろう。普通は、ね。


「まさかドラゴンの皆が皆、人化して暮らしているとは思っていなかったから、そこはまあ、驚いたかな。あと、思ったよりも数が多かったね」


 ボクからすればそれくらいの感想でしかないんだよねえ。予想とは違っていたのか、お祖母ちゃんの目が鋭くなる。強がっている、とでも思われたかな。


「天まで届く塔のような山に、空に浮かぶ小島のような大都市。そんな記憶に比べれば、この集落なんてよくある隠れ里くらいにしか思えなくても仕方がないと思わない?」

「はあっ!?」


 まあ、浮遊島の大都市は大昔に滅んでいて、死霊が闊歩する遺跡となり果てていたのだけれど。

 うふふふふ。まさかこんな隠し玉があるとは思ってもいなかっただろうねえ。さしものお祖母ちゃん絶句しているよ。他の人たちは言わずもがなだ。

 ……あれ?ママンがお目々をキラキラさせておられる?お淑やかそうに見えて、実は結構おてんばだったりするの?


「……っはああああ。……秘境中の秘境とすら言われるこのドラゴンの集落が、よくある隠れ里ときたもんだ。これも時空と次元の相乗効果なのかねえ」


 ああ、そういえばパパンとママンはそれぞれ『時空龍』と『次元龍』なんていうとんでもない肩書きを持っているのだっけ。


「先代、あまり持ち上げないでください」

「何をおっしゃいますやら。時間と空間を超えて遥か未来に直接言葉を渡すことができるなど、長いドラゴンの歴史においても初めての快挙ですぞ」


 その言葉にパパンが渋い顔を浮かべるも、年嵩の男性によってすぐさま撤回されていた。その話が本当ならば、歴史に埋もれてしまう事実だって正確に伝えることができることになる。たとえ一方的に送り付けるだけだとしてもとんでもない能力だ。


「ハハムートの世界を分け隔てる壁を越えて異世界を垣間見る能力だって、これまでにない得難えがたい力なんだ。二人ともしゃんと胸を張りな」


 そしてお祖母ちゃんもママンに発破をかけている。異世界を垣間見るって、本来であれば知ることができないはずの出来事や知識に触れられるということだよね?……これまた使い方次第ではとんでもない武器になりそうだわよ。

 で、二人の力がどう作用したのか、エッ君だった記憶を持ったままエルネボクという存在が誕生してしまったということ?……結局は「よく分からん!」ということになりそう。


 ところで、こうやって発破をかけて自覚を促しているということは、もしかしてパパンにリーダーが代替わりしてからまだ日が浅いのでは?

 ……あり得るね。例の怪しげな思想もトップがごたごたしている隙に乗じて勢力を伸ばそうとしているのかもしれない。


 不意に、それまで空気だったクレナさんとアオイさんがピクリと肩を震わせた。どうやら何かを感じ取ったらしく、アオイさんはボクの背後にある扉に、クレナさんはパパンたちの背後にある大きな窓へと一瞬で移動していた。

 おー、素早い。お祖母ちゃんに睨まれないように空気に徹していただけなのかと思っていたのだが、感覚を鋭敏にして周囲に異常がないか気を配っていたようだ。


 そんな二人が動いたということは……。


「何事だ?」

「気配を隠して近付いて来ている者がいます。数は三十前後でしょうか。集落を取り囲むつもりのようです」

「……ほとんどは長い間感じたことのないものね。ここから飛び出していったはぐれ者たちかしら?」


 パパンの問いに二人が簡潔に答えていく。

 どんな種族や社会でもはみ出し者は存在しているようで、素行が悪く改善する兆しのない者は集落から追い出されたり飛び出していったりするらしい。

 そんな連中が集団で現れた?とっても裏がありそうな話だよ。


「ねえ、その中にグリーンドラゴンとか若手のドラゴンたちも混ざってない?」

「え?……いるわね」

「ヘキの気配もありました」


 ビンゴかあ。そうなると狙いはボクかな。


「なぜ、ヘキや若手の者たちがはぐれの連中と一緒にいるのだ!?」


 なんとなく繋がりが見えてきたボクとは違い、パパンたちは頭上に大量の???ハテナマークを浮かべていた。

 やれやれ、力が隔絶しているのも考えものだね。実力行使でなんとでもなってしまうから、下の者に対する関心が薄くなっているのだろう。最悪ドラゴン至上主義のことすら知らない可能性すらあるよ。


「若手の有望株を中心に、ドラゴン至上主義っていう怪しい思想が広がっているそうだよ。まず間違いなくその関係だろうね」


 どうして一番の新参者のボクが、こんな説明をしているんでしょうかねえ?

 まあ、いいや。せっかく現れたのだから、黒幕の顔を拝みに行ってみようか。



  ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~


〇ドラゴンたちの強さランキング

 現状の一位と二位を独占しているのがパパムート&ハハムートの二人。

 三位が先代長のババムート、次いで会談の間に同席していた年嵩の男性が続きます。

 そこから十人ほど「わしらはもう引退じゃよ、ひゃっほい!」と悠々自適に暮らしているジジババドラゴンたちがいて、その後ろにようやくクレナやアオイたちがくる感じです。


 パパムートは能力の希少性だけではなく、純粋な強さも考慮された上で長に任命されています。

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