第2話 《リンク》 名前

エッ君?視点(前半) → リュカリュカ視点(後半)


  ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~



「はあ……。このひとだけは本当にもう……」


 目の前の小山に頭痛が痛くなりそう。ここは自由交易都市クンビーラ、その西門から出てすぐの広場に当たる。そんな場所で黒い巨体が惰眠を貪っていた。

 普通なら大騒ぎになりそうなところだけれど、城壁の上を巡回している兵士さんたちはそれがさも当然という態度で通り過ぎているし、街へと出入りしている人たちも微笑ましいものを見るような目で眺めている。


「あれから結構な時間が経っているし、それだけ受け入れられているというか当たり前の光景になっているということなのかもしれないんだけどさ……」

「んぐお……。ぐう……」


 ボクのぼやきに反応するかのように身動ぎする黒い小山、もといブラックドラゴン。ボクが原因でこの街へとやってきた彼は、すったもんだがあった挙句にクンビーラの守護竜となった。そんな彼がだらけているというのはそれだけこの街が平和ということの証、ではあるのだろうけれど……。


 お腹を上にしてグースカ寝こけているのは、正直ドラゴンとして威厳的なものをぶち壊し過ぎていると思う。お母さんが苦い顔をしていたのも納得だわ……。

 これでいて『竜の里』では名の知れた強者なのだから、世の中って本当に分からないものだ。


「とはいえ、これはどうしたものかしらん」


 実は里のおさ様から、「あんまり怠惰な暮らしをしているようであれば、喝を入れてやってくれ」と言われているのよねえ。あの時の長様、額に血管がピキッと浮き出していたから相当怒っていたと思う。多分、千里眼か何かでブラックドラゴンの様子を観察していたんでしょうね。

 つまり、喝を入れるのは決定事項ですらある訳で。


「まあ、身から出た錆ということで、少しは反省してくれるといいんだけど。……というか、いい加減に、起・き・ろおおおおおおおおおおお!!」


 お腹の底から声を出しながら、寝ぼけて時折ピコピコ動いていた尻尾の先を思いっきり踏んづけてやった。


「ぎゅおおおおおおおおおお!?!?……な、な、何事だぶべっ!?」


 突然の痛みに飛び上がったところで体勢を崩して落下するブラックドラゴン。ボクが尻尾の先を踏んだままだったからね。仕方がないね。


「やっと起きたね。いくら問答無用の強さを誇るドラゴンだからって油断のし過ぎだよ」

「に、人間!?人間にこの我が叩き起こされたと言うのか!?」


 やれやれ。他者を見下すような態度は相変わらずのようだ。とはいえ、彼の場合それが守護竜としての資質、「か弱い街の人たちを守る」という庇護欲に直結しているからねえ。

 それはともかく、ブラックドラゴンがおかしな勘違いをしないうちに話を進めておこうか。


「はあ。確かに人化しているけど、ボクが誰だか分からないだなんて耄碌しちゃっているんじゃないの、ブラックドラゴンのおじさん」

「そ、その物言いは、もしや!?」


 さすがに気が付いたかな?世界広しと言えども、彼のことをおじさん呼ばわりするのはボクくらいなものだろうからね。


「あ、あの時の幼子なのか!?」

「ふふふ。さて、どうでしょうねえ」


 だけど簡単には答えてあげない。「女の子は秘密の多い方がミステリアスでカッコイイ」とお母さんも言っていたもの。

 笑ってはぐらかすと、くるりと反転して壁沿いに南門へと向かう。後ろからブラックドラゴンが慌てて何か言っていたけれど、今のボクはそれどころじゃありませーん。


 南門へと到着すると、入場待ちの長い列ができていた。迷宮都市のシャンディラを始め南方にある町や村との交易は順調みたいね。

 あちらでは人気爆発中の「ハナブサ印のカレーうどん」が持ち込まれる日も近そうだ。楽しみ楽しみ。


 そんな楽しい未来を思い浮かべていれば、すぐに順番が回ってくる。身分証明的なものはないので、銀貨五枚500デナーを支払って一時滞在証をもらうことに。


「特に当てがないのなら冒険者協会にでも行って冒険者登録をするのだな。交付される冒険者カードは身分証明にもなるぞ。それと、一時滞在証は三日以内に返却にくれば手数料を引いた銀貨三枚300デナーを返すことができるからな」

「分かりました」


 答えながらもフフッと笑みがこぼれてくる。今のやり取りがお母さんから聞いた話にそっくりだったためだ。きっとその時のお母さんもボクと同じわくわくした気持ちを抱えたいたに違いない。


 そうして城門を潜れば懐かしい景色が目に飛び込んでくる。キョロキョロと周囲を見回しながら歩いていけば、南大通りとの交点となる広場に辿り着いていた。

 その中央、以前は噴水があった場所に、とある冒険者パーティーの像が並んで立っていた。像の一つを見た瞬間、様々な思い出胸の底から湧き上がってくる。


「……みんな、ただいま!」


 そして始めよう。ボクの新しい冒険を!




 〇 ◇ △ ☆  〇 ◇ △ ☆  〇 ◇ △ ☆  〇 ◇ △ ☆   




「っていう夢を見たんだけど、これって何かの暗示なのかな?それともやっぱり別の世界の未来だとか?」

「ですから、そんなことこっちが聞きたいですわよ!?」


 唐突な語りからの問いかけにポカーンとしていたミルファがムキャー!と金切り声を上げる。こらこら、クンビーラ領主一族のお嬢様がそんな大声を出すものじゃないよ。カフェの店員さんが驚いているじゃないの。


 あの夢はなんとなく未来の話っぽい感じだけど、とりあえず彫像が作られるのだけは断固として阻止しようと思います。

 あと、ハナブサ印のカレーうどんがめっちゃ気になる。食べたい。


「あの……、明言はされていませんでしたけど、リュカリュカの夢に現れていたのはエッ君ですよね?……女の子だったんですか?」


 おずおずと尋ねてきたのは白狼の獣人セリアンスロープのネイトだった。なお、彼女の膝の上には当の卵ちゃん――足と尻尾と羽が生えているけど――ことエッ君が乗っていたりする。


「どうなんだろう?ボクとしてはどっちでもアリだと思っていたんだよね。『エッ君』という名前も暫定的に付けたものだし」


 そういう意味ではリビングアーマーのリーヴに対しても似たような感覚かな。ただ、あの子は勇者様の鎧のレプリカで、その勇者様は女性だったという話だったから、知らず知らずのうちに女の子扱いしていたかもしれない。

 最初から女の子だと分かっていたケンタウロスのトレアは言うに及ばずだわね。


「でしたら、良い機会ですしちゃんとした名前を考えてあげてはいかがかしら」

「ああ、それはいいかもしれませんね」


 おや?ミルファの思い付きにネイトも賛成のようだ。


「ふむ。名前かあ……」


 確かにいつまでも暫定名のままというのもよろしくない、かも?


「うーむむむ……。そうだ!こういうのはどうかな?」



 ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~   ~


 今話は過去作『テイマーリュカリュカちゃんの冒険日記』の登場人物視点ですが、今後はそちらを読んでいなくても問題ないように書き進めていくつもりです。


 ただ、読んでくれると作者が喜びます。

 ついでに感想や評価も頂けるととっても喜びます(笑)

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