第6話 マキメ・フユナ
「…んー…なんかよく寝た気がするなぁ。お、今日は晴れかぁ明るいなぁ。」
体を横にしたまま全身に伸びを入れる
「…あ“っ!やべぇ会社に遅れちまうっ!くそっ!目覚ましかけ忘れたか!でも俺いつも目覚ましより前に起きて…ええい!今はそんなことどうでもいい!とにかく支度を!」
布団から体を勢いよく起こし、ベットの上で四つん這いになり
「ってあれ?ここどこ———」
どしんっ
と自分の身長を見誤ったためかベットから転げ落ちた
「痛ってー転んじまった………あっここ…」
異世界でした!…はずぅ
理由のわからない恥ずかしさに数秒固まってしまったが、気を取り戻し、地べたにあぐらを描きながら今日の行動予定を脳裏に描き始める。
さて、今日は何をしようか。…トイレ行きたくなってきたな。確かトイレはあっち…
あぐらをやめて立ち上がり、部屋の扉を開け———
「っ!!ーーーー〜〜っ!!!!」
足の小指は扉の向こう…ではなく扉の隙間に誘われた
こう、おもいっきりガンッ!と…
逝った!絶対足死んだ!痛ぁ…
足の小指を両手で押さえ、声にならない叫び声を上げ続けながら地面を這い回った。
少し経つとようやく我慢できるくらいに痛みが引いてきたので、片足立ちでぴょんぴょんとトイレに入ることが出来た
え?男のお前がなんで女のトイレの仕方が分かるのかって?
だめだよ?言わせないよ?
言語化出来ないから!
俺の部屋とトイレ、あと多分先輩の部屋は2階にあり、階段の踊り場に何か箱が設置されてあった
昨日はなかったような…確認しに行くとその箱は二つ重ねで置いておりどちらも横に『リュウカ』『オルト』と上から順に書かれている。その箱には取手があるのでそれを引くと
ジャラッ
——とコインが3枚出てきた。なんかあの母親が言っていたな。「食費はここに置く」って
…これ、下の『オルト』って先輩の名前なのかな…
オルドの方が言いやすい…あっでもそしたら召使っぽくなるな。夜になると主人から鞭で打たれ興奮するドM召使い匿名Oさん…しかも結構いけてる顔…
なんてへんな妄想を膨らませてにやにやいると——
「おはよう。朝から嬉しそうだね」
「あっおはようございます先輩」
ちょうどにやにやしていた対象の人が来た。
「先輩は浮かない顔をしてますね」
「…うん。まだ転生したっていう事実が受け止められなくてね…でも、君を見てやっぱり夢なんかじゃないんだよなって。受け止めるしかないよねって…そう、思ったよ。」
「…」
先輩は妻子持ちで子供は一人息子だ。やはり子供のことが心配で心配で仕方がないのだろう
変なこと考えてた自分が悪く思えてきた。反省しなきゃね
「うんっ!悪いムードになったし話を変えよう!」
「そうですね。そういえば今の俺たちの親に当たる人って若くて美人ですけどトゲがあって感じ悪いですよね」
先輩に近づき、部屋に響かないように小さな声で話しかけた。
「うん分かる。子供に興味がなさそうだ。あと顔にパックをつけてそのまま寝ていそう。」
「それ、先輩の嫁さんじゃないですか」
「うん?なんで知っているんだい?」
心底不思議そうな表情を浮かべている
「この前呑みに行った時に言ってたじゃないですか。俺その時飲んでないんで覚えていますよ。」
「確か…夜起きた時に嫁の顔が月光で見えて…そしたらハロウィンのプレゼントだかなんだか分からないけどゾンビメイクが施された顔パックをしていて卒倒しそうになった…って」
「…覚えてないものだね。」
話がだんだんと盛り上がっていき、次第に声のボリュームが上がってしまい
ガララ…
そのせいで、母親が扉を乱雑に開けこっちにやって来た
なんだろうと思ったら「うるさい」と気怠げに言われ、俺たちは箱から金を取り出して家を出た。
来週から学校があることを先輩に伝え今から学校に向かうことに決めた。
道中ふと、素朴な疑問が浮かんできた。
「先輩って転生してからいまの今までなにしてたんですか?」
「…あはは。お恥ずかしいことにほとんど部屋に閉じこもっていたよ。」
きっとあの様子からして2日間ずっと悩んでいたんだろう
異世界にきて浮かれている俺と違って。能天気な俺と違って。
「ということはまだ自分のステータスとかも分かってないってことですよね?」
「あぁうん、確かめようとしたけど無理だったね。」
「ならそれ。ギルドで確認できます!なんなら通り道にあるので寄りませんか?」
「そうだね。そうしよう。それで、どこにあるのかい?」
「ここです」
俺はちょうど横にある建物に指を差した。
これも計算のうちよ
「…近いね」
「いらっしゃいませ。何をされて行かれますか?」
今日は昨日と比べてギルトの役員が倍以上いる気がする…
「鑑定をとおもいまして」
「かしこまりました。今空いている部屋は…げ…ギザか…そちらのお客様も鑑定を?」
ギザという部屋には誰かやばいやつでもいるのか?
…あぁ居たわ。あのヘンタイメガネ
取り敢えずこちらに尋ねて来たので「いいえ」と答えておいた
「でしたらギザでも大丈夫ですね」
あぁロリコンメガネだったか
先輩に「外で待っててくれ」と言われたので地図の近くのベンチに腰掛け、ギルド内をぼんやり眺めることにした。
…ずいぶん時間かかってるな。…いやこんなもんか
「今日は子供がいるな…というか全体的に若い人が多い…?」
「そうよ。昨日は卒徒式だったからね。役員も準備とか片付けとかに動員されたのよ」
「おわっ」
声漏れてた!?もしかして
…びっくりしたぁ〜
後ろから抱きついて来たのは看護してくれたお姉さんで、肩からお腹ぐらいに手をつたって交差させて上から顔を覗かせて来た
髪がしゅるしゅると落ち、髪の根元である彼女の美人さとあいまってまるで天国でも見ているかのようであった
それから俺のとなりに座り、俺の体と彼女の体が密着した
わお!
「またまた参上。リュウカちゃんびっくりした時は女の子なんだからそんな声出しちゃ駄目でしょ?男手ひとつで育てられたのかもしれないけど、男っぽく聞こえちゃうわよ。」
「すみません」
おほほ、わたくし必死になると口調が荒げてしまうのですわ。おほほほほ
「謝らなくていいわよ。あ、そうそうこれリュウカちゃんのお金じゃないかしら?」
手に持っていたであろう3枚のコインを見せてきた。
…また落としたのか…俺のポケット穴でも空いてんのか?ポケットに手を突っ込むと今日手に入れたコイン3枚すら無くなっていた
…よく見たらこれポケットじゃない!
ポケットこっちだ!これただの飾りだ!
萎えるわ〜
「はい、それ私のです。ありがとうございます…ちなみにどこにあったのですか?」
「これね、くーちゃん…昨日見せた私のペットのことね…がこーやって体内でぐるぐるさせてたのよ。くーちゃん昨日はリュウカちゃん以外と会ってないしもしかしたらっておもってね。」
彼女は手を頭の上で重ねて円を作っていた
…想像したらシュールだな。キューッ!!!とか言いながら高速回転してるんだろうか
「あと、私に敬語は使わなくていいのよ?」
「はい、分かりました」
「分かった。じゃない?」
「あ…わ、わかった」
精神的には同じぐらいの年齢とはいえ、年上には反射的に敬語を使ってしまうな。これは直したほうがいい…かな?
酔った時とかはむしろ敬語出ないのになぁ…
そういえば、昔みりんの匂いで酔ってちょうどその時にクソ上司から電話がかかってきたことがあったな…
「うるせぇクソ野郎」とだけ酔った勢いに任せて言っちゃってそのまま電話切ったっけか。翌日とんでもなく怒鳴られたなぁ
…思い出したらイライラしてきたぞ?
「別に敬語を使ったていいのよ!?」
彼女は俺がいきなり怒ったような表情を浮かべたために困惑しているようだ。申し訳ない
「あ、いえ、なんでも…ないよ。」
途中で無理やり変えたせいで変な言葉になってしまった
「そう?ならいいのだけれど」
彼女はいまいちピンときていないようであった
「おーい。終わったよー。」
先輩がこちらに向かって手を振りながら近づいてきた
「えーっと…こちらの方は一体…」
「この人はね…名前聞いてないな。名前聞いていい?」
「マキメ・フユナ。マキ教師、フユナ教師とよく呼ばれているわ。以後、お見知り置きを」
ベンチから立って一回転をしてペコッと頭を下げた
へぇ、じゃあ俺はフユナ先生とでも呼ぶかなと考えつつ、その美しい所作に見惚れていると——
「マキメ・フユナ!?」
突然先輩がフユナ先生の名を叫んだ
「どうしたんですか?」「私の名前がどうかしたの?」
「い、いえ、な、なんでも、ない…です。」
先輩があまりに奇怪な反応をするもんで、3人の間にしばらくの間気まずい空気が漂う
「…お腹が空いてきたわ。今からご飯にとでも思うのだけれど、あなたたちはもう食べた?」
現状を打開しようとしたのか、はたまたただお腹が空いただけなのか、フユナ先生はそう俺たちに尋ねた
む、飯か…あまりいいイメージがなぁ…でもお腹空いてるしなぁ…
「それ、いらない心配かもしれない」と先輩に言われたので、ものは試しと行ってみることにした
食堂のシステムは、調理場の隣に少し厚みのある、切符のような食券が入れてあるかごが幾つかあり、その中から自分が食べたい品の紙をもっていくそうだ。そして、その持ってきた紙と料金を調理場の人に渡して文字のついた紙を受け取り、その文字が呼ばれるまで待つといったシステムのようだ
食券には食物の名前しか書いてないので、値段詐称とかはできないな
「2人とも、お金は私が出すけど何がいい?」
「え!いいんdっ…いいの?」
「ええ、いいわよ。」
「ありがとうフユナ先生!うーんと…じゃあ1番安い定食を」
「先生…うふふ、リュウカちゃんは定食ね。ええっとそっちの君は何君?」
「み…オルトと申します」
「ミオルト君ね」
「訂正させてください。私の名はオルトと申します」
「オルト君ね。君は何が食べたいの?」
「ありがとうございます。リュウカのものと同じものをお願いします。」
ということで朝食を奢ってもらうこととなったのだがーー
一体全体何が出るんだろう
一昨日みたいに不味くないといいななどと考えていると、フユナ先生が俺たちの分も持ってきてくれた
カチャ
俺の目の前に定食の乗ったお盆が優しく置かれる
定食の中身は米、何らかの野菜が入った汁物、何らか肉ドーン!あと箸
普通に和食。一見とても美味しそうに見える…というか匂いがすでに美味しい
「ありがとう!いただきます」
食事を奢ってくれたフユナ先生に感謝の意を述べ、いざ実食
うっしまずは肉からだな。一口サイズに切ってあるので食べやすそうだ
…牛肉のようだが…うまい!
噛み切れるほどのちょうどいい硬さで塩胡椒をかけられているのだろうか、普通に美味しい
お次は汁物を…
「…ズズ…」
ふぅ〜あったかうまぁ。中の野菜のシャキシャキとした音と共に汁の旨みが口全体に優しく広がる
濃くも薄くもない丁度良い味加減でとても美味しい
次は米
…モグモグ…
一粒一粒もちもちしていて味もしっかりしている
…もう全部うまい!1番値段が安いはずのこれでこんなに美味しいんだ。値段が張るものは一体どれ程までに美味しいのだろうか
日本にいた時も決して安い食材を買っていたわけではないんだけどな…日本で食べていたものよりも美味しいと感じている
…あれ?では何でこっちにきた時置いてにあったご飯はあんなにも美味しくなかったのだろうか?
本当によくわからんな
気がつけばぺろっと完食してしまっていた
「リュウカちゃんとても美味しそうに食べるわね。ほんわかするわ。」
フユナ先生はそれはもうニッコニコであった。
「朝メニューは安くて美味しいのよね〜、でも朝しか食べられないのよ。ほんと困ったものね」
何!?朝しか食べれない!?じゃあもう毎朝食う選択肢以外ないじゃないか!
食べた直後だというのにすでに涎が出てきた
じゅるり
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