残務整理

口羽龍

残務整理

 真一(しんいち)は昨日まで北海道にあった幾丹(いくたん)駅の駅長だった。その駅は昨日、廃線によって廃駅になった。かつては木材輸送で栄えたこの駅も、昨日その長い役目を終えた。昨日の最終日の騒然とした様子がまるで嘘のような静けさだ。今日から2週間で残務整理をしなければならない。そして、札幌駅に転属になる。寂しいけれど、新しい場所で頑張らないと。そして、この村と別れないと。


「もうこのホームには電車は来ない・・・」


 真一はもう列車の来ないホームに立った。そのホームは島式だが、真一が駅長に就く頃にはすでに駅舎寄りのホームには線路がなく、行き違いが行われていなかったという。その向こうには荒野が広がる。この辺りの平地は畑ばかりだが、ここには荒野が広がっている。


「寂しいわね」


 と、横に若い女性がやって来た。幾丹に住んでいる雪子(ゆきこ)だ。雪子は幾丹の出身だが、あと少しで東京に行ってしまう。故郷を離れてしまうのは寂しいけれど、東京に行って、成長しなければと思っている。


「昨日の騒然とした様子がまるで嘘のよう」

「うん」


 雪子は荒野を見て、何かを感じた。その先には山が広がっている。かつてこの山の木を伐採して、幾丹駅で木材を貨車に載せていた。幾丹駅には多くの貨車が並び、長い貨物列車が発着していたという。だが、木材輸送は廃止になり、この駅すらもなくなった。


「昨日はまるで賑わいが戻ってきたかのようだった。いつもそうだったら廃止にならなかったのにね」


 雪子は昨日の最終日に来ていた。最終日には全住民が幾丹駅に詰めかけたという。雪子は最終電車を蛍の光で見送った時の様子が、今でも忘れられない。中には涙する人もいた。通学で使った列車がなくなってしまう。そう思うと、自然に涙が出てきた。


「ああ」


 真一もその時の様子を鮮明に覚えている。長年親しまれてきた路線がなくなってしまう。全住民が残念がっていた。住民は廃止運動を展開したが、存続はかなわなかった。


 ふと、真一は思った。昔は貨物が行き来していたと聞く。昔はこの駅はどれだけ広かったんだろう。全く思いつかない。


「俺は全く知らないけど、昔はどれだけ広かったんだろう」

「わからないよ」


 雪子も全く知らない。昔はもっと多くの側線があって、とても賑やかだったんだろうな。もっと多くの駅員がいたんだろうな。


「でも、賑わっていた頃は、さぞかし広かったんだろうな」

「そうだね」

「知りたいですか?」


 2人は横を向いた。そこには老婆がいる。その老婆は、幾丹の過去をよく知っているようだ。


「はい」

「これが昔の写真ですよ」


 老婆はポケットから1枚の写真を出した。そこには、幾丹駅がある。荒野があると思われる所には多くの側線があり、その向こうには木材がある。そして、SLの姿もある。これはいつ頃の写真だろう。2人は食い入るように見ている。


「これが?」

「はい。これが幾丹の昔の姿」


 老婆は笑みを浮かべた。あの頃はとてもよかった。とても賑やかで、まるで都会のようだった。今の幾丹では全く想像ができないほどだ。今思えば、どうしてこうなったんだろうと思うぐらいだ。だが、これが現実だ。やがてこの幾丹は消えてしまう。どうしたらいいんだろう。全くわからない。


「こんなに多くの人が!」


 2人は口を開けてその写真を見ている。こんなに多くの人が歩いているとは。まるで都会のようだ。そんな幾丹がここまで衰退するなんて、誰が予想したんだろう。


「すごいでしょ。劇場も映画館もあったんですよ」

「そんな! 今では全く想像できないよ」


 劇場は映画館もあったなんて。幾丹にもこんな時代があったんだな。自分たちもこんな時代に生まれたかったな。そして、この賑わいのままでいたら、廃線にならなかったのでは? 廃駅にならなかったのでは? それが時代の流れなんだろうか? 真一は残念に思った。


「でも、今ではもう100人に満たない人口ですが」


 幾丹はかつては村だったが、現在は別の村の一集落となってしまった。1000人以上が住んでいた幾丹は、既に人口が100人を切ってしまった。若い者はみんな幾丹を去り、高齢者ばかりになってしまった。そして、その高齢者が死ぬたびに、また人口が減っていく。そうすれば、この村はどうなるんだろう。全く予想できない。この幾丹から人がないくなると、ここは無人の原野に戻るんだろうか? そして、故郷の面影は消え、ここに集落があった事も忘れ去られていくんだろうか? とても残念な事だが、これが現実なんだろうか?


「本当にすごいな。幾丹がここまで寂れるって、予想できた?」

「ううん。今でも信じられない」


 老婆は下を向いた。もうここの賑わいは戻ってこないだろう。若者も戻ってこないだろう。そして幾丹は元の原野に戻る。寂しいけれど、どれが時代の流れなんだろうか?


「私もそう思いますよ」


 老婆は荒野を見た。かつてここには側線があった。それをここ出身の若者は知っているんだろうか? ここはいい場所だと思っているんだろうか? ここに戻りたいと思っているんだろうか?


「幾丹はあと何年残るんでしょうか?」

「うーん・・・」


 老婆は考え込んでしまった。あと何年、幾丹は集落でいるんだろう。名前が残り続けるんだろうか? まだわからないけれど、その日は刻一刻と迫っているに違いない。だけど、忘れないでほしい。ここに幾丹があった事を。まるで都会のように栄え、にぎやかだった時代があったという事を。そして、ここに駅があったという事を。

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残務整理 口羽龍 @ryo_kuchiba

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