第5話
第5章:夜がほどく心
雨はまだ降り続いていた。
静香の指先を包む椎名の手は、温かく、それでいてどこか遠慮がちだった。
触れられることを許したはずなのに、どこかで「待たれている」ことがわかる。
静香はその曖昧さに気づきながらも、言葉にはしなかった。
「……もっと強引にくるかと思ったわ。」
彼女が視線を外したまま呟くと、椎名は小さく笑う。
「強引な方がよかったですか?」
「さあ。どうかしら。」
静香はカウンターに置かれたグラスを見つめ、わずかに体を預ける。
その肩が椎名の腕に触れるか触れないかの微妙な距離で止まった。
「ねえ。」静香が小さく囁く。
「あなたは、いつまで待つつもりなの?」
椎名は、静香の指を軽く撫でながら答えた。
「あなたが触れてほしいと思うまでですよ。」
その言葉に、静香の指がわずかに強張る。
胸の奥に隠していたものが、不意に触れられたような気がした。
“触れたいのに触れられない”──彼女の中で繰り返されるその感情が、波紋のように広がる。
静香は椎名の手をそっと引き寄せ、自分の膝の上に置いた。
細くて白い指が、彼の手を絡めとる。
「触れてほしいとは思ってるわよ。……ただ、どこまで触れていいのかわからないだけ。」
彼女がそう言った瞬間、椎名はゆっくりと身を寄せ、耳元で囁いた。
「どこまででもいいですよ。」
その言葉に、静香は深く息を吐いた。
触れられることの怖さと、触れてほしいという欲望が絡み合い、形にならないまま彼女を縛っていた。
椎名は静香の頬を撫でる。
指が肌を滑るたびに、静香の中の鎖がひとつずつほどかれていくような感覚が広がった。
「あなたの手、冷たいのね。」
静香が椎名の指を握りしめる。
「それでも……暖かいわ。」
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