二つの道
「終わり、か……?」
夢幻の世界から解放されると、レオノティスはややふらついて頭を抱えた。
竜脈に触れている間、直接伝わってくるエルギスの思念や感情に押し潰されそうだった。凄まじい熱情がまだ頭の中で暴れ回っているようだ。
「エルギスも、同じだったのか……」
彼もマナを共有化する能力を持っていたことには、少なからず驚かされた。
それ以上にレオノティスの心を揺さぶったのは、エルギスもたった一人の命を救うためだけに《竜脈術師》になろうとしていたこと。
「そう。あなたと同じ理由で挑み、同じように叶わなかった」
「…………」
また無力感が首をもたげるが、レオノティスは拳を握って竜神の話へ意識を戻す。
「《竜脈術》は、自身の竜脈へ想いの在処を投影して用います。修練の第二段階では、それと同じように竜樹の竜脈へ己の想いの在処を込め、竜脈の干渉を和らげることが肝要になります。既にあなたも気付いているように、その感覚はマナを共有する力の本質――すなわち相手を強く想い、感情とマナを同調させる行為と酷似しているのです。マナを共有化する中で、結び付きの強い相手ほど多くのマナをやり取りできると感じたことはありませんか?」
「あ……言われてみれば」
アイビーには、他人とは比べ物にならない量のマナを渡すことができた。ドラセナとの仲が深まるほど、修練の最中にもらえるマナも増えていった。
「あなたやエルギスが培ってきたマナ共有化の経験は、《竜脈術師》へ至るのに大きな助けとなっているのです」
「そういうことだったんだな……」
そしてエルギスがあそこまで《竜脈術》を使いこなせるのも、同じ理由ということ。そうして込められる想いの強さは、先ほど見せ付けられた通りだ。
「エルギスは幼き頃に交わしたたった一つの約束を守るため、血の滲むような努力の末に《竜脈術師》へと至りました。しかし彼が国へ戻った時、既にアリシアの病状はどうにもならないところまで進行していた」
「…………」
ほとんどの民が自発的に喪に服し、国中が賢君の早過ぎる逝去を嘆き悲しむ様子は、当時子供だったレオノティスの記憶にも鮮明に残っている。
「それからエルギスは国と、アリシアの忘れ形見であるアイリスを守り抜いてきました。アリシアへの尽きぬ想いと忠誠心が、今なお彼を突き動かしているのです」
たった一人の人のために、一国を丸ごと背負う――途方もない覚悟と信念だ。敵味方など関係なく、手放しに尊敬できる。
「なんとか……ならねえのかな」
だからこそ、そう思う。
「なんとか、とは?」
「エルギスにも懸けるものがあることは分かった。だけど、俺たちだって譲れねえ」
「ならばどうしますか? 流行り病に関しては、両国が――アイリスとピオニーが手を取り合えば、解決の糸口が見えるやもしれません。しかしイルミナがセルフィール帝国に囚われている限り、互いの道が交わることは決してありません。かといって、イルミナを奪還するのも不可能に近い」
レオノティスの考えを読んだ竜神が、先回りして答える。
「いくらもがいたところで、両者ともが完全に救われる道などない。さればこそ、時には潔く諦めることも立派な選択といえる。違いますか」
「……かもな」
竜神の主張はため息が漏れるほど正論だ。何も異論を挟む余地がないくらいに。
「それでも俺は割り切れねえわ。ただてめえのエゴを通すだけってんだったら、セルフィール帝国と変わらねえだろ」
「…………」
「あんたの言う通り、本当にどうしようもねえのかもしれねえよ。だけど俺は、どんなにみっともなかろうとあがき抜いてやる。……その上でどうしても押し通らなきゃならねえんだったら、せめて筋だけは通す。強いた犠牲から目を背けるなんてしねえ」
「……そうですか」
竜神が、目を細めたような気がした。張りつめていた空気が緩む。
「今回の修練はこれで終わりです」
「今回の、ってことはまだあるんだな」
レオノティスは物憂げに首を鳴らす。
修練を経て竜脈に対する感度が上がったためか、今では竜樹の衰弱が手に取るように分かる。より感覚が鋭敏であろうドラセナは、それこそ気が気でないだろう。
「逸る気持ちは理解できます。が、あなたは未だ大切な記憶を取り戻せずにいます。その記憶にまつわる意志こそ、《竜脈術》を行使する上で本質的に必要なもの。他の何物にも揺るがすことのできない、強靭な意志力の源となるのです」
「その記憶が戻らない限りは《竜脈術》も覚えられないってわけか。もどかしいな……」
「案ぜずとも、あなたの記憶は間もなく戻るでしょう。次の修練が恐らくは最後の――」
竜神は不自然に言葉を切り、何やら思案するように黙り込んだ。いや、喋れなくなったのか? 姿形を構成していた光子も歪に微動し、輪郭がぼやけていく。
「竜樹が、哭いている……」
「えっ?」
その一言を最後に光が潰え、やがて暗闇そのものが音もなく崩れていく。
「うわっ⁉」
一際強い浮揚感に全身を支配され、レオノティスの意識は弾き出されるようにブラックアウトした。
「う、んん……?」
「お、戻ってきたかい」
レオノティスが竜樹の傍で目を覚ますと、ヴィステマールたちがすぐ近くで様子を窺っていた。床に伏せていたドラセナの姿もある。
「ドラセナ、もう起きて平気なのか?」
「うん。万全ではないけど、大分回復したわ」
そう答えるドラセナの顔は血色がよくなり、生気も戻っていた。しかしレオノティスがそれ以上に驚いたのは、華奢な身に宿る膨大な竜脈だった。
(これが、《竜師》……)
二度目の修練を越えた今だからこそ、より正確に感じ取れる。
他の竜人族、ましてや人間族では決して到達できない高み。ここにきてようやく、《竜師》という存在が竜人族たちに尊ばれる意味を肌で感じる。
「ちょっと、呆けてる場合じゃないよ!」
ヴィステマールに肩を叩かれ、レオノティスは我に返る。
「レオノティス、竜樹を取り巻く竜脈の流れをよく観察してみてくれ」
「竜樹の? ……!」
ドラセナの竜脈にばかり気を取られていたが、クリスに言われてすぐにその異変を察知する。
「竜樹から竜脈が流れ出てる……!?」
流れているというより、何か強い外力が働いているような印象だ。吸い出されている、といった方が表現としてはより的確だろうか。
「竜樹から流出している竜脈は、リルムフェスタに向かって移動している。例のマナ吸引施設を改良して、竜脈をも吸い上げられるようにした……そう考えるのが妥当だろう。だが実装を焦ったのか、うまく制御できていないようだな。このままではいつ竜樹に深刻な影響が出てもおかしくない」
「というわけで、すぐにでも止めにいかなきゃならなくなったんだけど……さすがにもう《竜脈術》を覚えた、なんてことはないよねえ」
ダメ元でといった感じで聞いてくるヴィステマールに、レオノティスは苦々しく頷く。
「竜神は次の修練が最後になるって言ってた」
「も、もう最後かい!? こりゃたまげた……」
「凄い……」
竜人族二人が揃って息を漏らす。
「けど話が終わる前に竜神が消えちまったんだよ。多分、竜脈が吸われて流れが不安定になった影響だと思うんだけど」
「消えちまったって……それじゃあもう修練さえ受けられないってことかい!?」
レオノティスもクリスも答えない。重苦しい沈黙を破ったのは、ドラセナだった。
「私が直接竜脈を操作して、意識を没入させられるだけの安定度を維持するわ」
「そんなことして大丈夫なのか? まだ病み上がりなのに……」
「全く問題ない……とは言わんが、《竜脈術》を使うのでなければ、そこまで大きな負担にはならないだろう」
それに、とクリスが渋い表情で腕を組む。
「竜脈の流出量を考慮すれば、私たちに残された猶予は幾許もない。レオノティスはドラセナとすぐに修練を再開。ヴィステマールは少しばかり私に付き合ってくれ」
「ん? 付き合うって、なにするんだい?」
「飛竜でリルムフェスタへ先行し、なるべく多くの敵を竜樹から引きはがすのさ」
まるで夕食の材料でも買いに行くかのような、軽いトーンで言ってのける。敵の本拠地を強襲して陽動を仕掛けるなど、命を棄てにいくようなものなのに。
「っはは、そいつはいい! 私は肝の座った奴が好きでね。そういう大馬鹿に後れを取っちゃあ女がすたるってもんだ」
理解したが故、ヴィステマールも拳を振り上げ快諾する。
「二人とも本気なの? そんなことしたら、生還率は……」
「生還率、ね」
クリスはくすりと笑う。
「君たちはもちろん、私にとってもこの竜樹は絶対に守らなければならない存在だ。やるかやらないか――確率なんてものは、事ここに至って論じるだけの価値もない」
悲壮なまでの覚悟をもって言い切る。
ドラセナはそんなクリスの前に立つと、深々と頭を垂れた。遅れて長く美しい髪がはらりと舞う。
「あなたの意気と挺身に、《竜師》として心からの敬意と謝意を」
「礼は、また全員が無事に再会できた時でいいさ」
クリスが八重歯を覗かせると、ドラセナもつられて笑う。
「そうね。竜樹を守るために、あなたの力を貸してください。よろしくお願いします」
レオノティスもドラセナの隣に立ち、二人へ声をかける。
「必ず《竜脈術》を覚えて行くから、それまで何とか持ちこたえてくれ。誰かが死ぬのは……もう、たくさんだ」
傭兵をやっていた頃の自分が聞いたら、一笑に伏したことだろう。それでも今は本心からそう思う。
いや、思うだけではない。
望む未来を掴み取るために、《竜脈術》を得るのだ。
「当たり前だよ。ここまでお膳立てしてやるんだ。覚えられませんでした、なんて言ったらあんたからはっ倒すからね!」
「おう! エルギスは俺たちがやる。あんたたちは他の連中をなるべく竜樹から遠ざけてくれ」
「任せときな。あんたもドラセナのこと、頼んだからね」
ヴィステマールがまっすぐに拳を突き出してくる。
レオノティスはその拳に拳を突き合わせ、大きく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます