第四章
激突
リルムリットの竜樹に設置されたマナ吸引施設。木に寄生する金属の塊はエルギスや技師たちに囲まれながら、巨体を震わせこれまでにないほど大きな唸り声を上げている。
「ようやく竜神圏の竜樹から竜脈を抽出し始めましたな。予定よりも少々時間を要しましたが、ここまでの推移は極めて良好です」
「…………」
金属の軋む音に混じって白衣の男――レヴィンの嬉々とした声が耳障りに届き、エルギスは波立つ精神を抑えようと深く息をつく。
「貴国の復興支援を任ぜられ十余年。ようやく『レヴィン橋』の建築に続く大仕事を成し遂げられましたよ」
レヴィンは気取った仕草で長めのブロンドを掻き上げ、遥か遠くに架かる大橋を望んだ。彼につられ、エルギスも竜樹から視線を落とす。
リルムリット王国とセルフィール帝国の間には大きな峡谷がある。そこに架けられた石造りの華美な橋梁が、通称「レヴィン橋」だ。
前王妃によるセルフィール帝国への謀反計画が明るみに出て、両国は同盟こそ維持しつつもその関係は急速に悪化していった。結果、三国間休戦の条件としてかの国が突き付けてきたのが、イルミナの身柄引き渡し。そして、この橋の建造だった。
橋ができたことにより二国間の人や物資の輸送が容易になり、経済は大いに潤った。だが橋が架けられた本当の理由はそこではない。
その昔、この地はたびたびセルフィール帝国の侵略を受けていた。国力の面で大きく劣るリルムリット王国が何とか存続してこられたのは、両国の間に大規模な峡谷があったからこそ。しかしレヴィン橋がある今、ここは要害の地とも言えなくなってしまった。
(レヴィン橋がある限り、帝国に迎合するか滅亡するかしかない……か)
「この善き日にそんな険しい顔をなされて、どうかされましたかな? エルギス殿」
「少し考えごとをしていた。それよりも出力を上げ過ぎではないのか?」
恐らくはこちらの心情を理解した上で、あえて聞いてきているのだろう。下らない心理戦に付き合う必要などあるまいと、エルギスは話を換える。
「これではいたずらに竜神圏を刺激してしまいかねん」
「この竜樹に竜脈が残っていない以上、隣の竜樹からいただくしかありますまい。それに、竜神圏はいずれ倒さねばならない相手。何を躊躇することがありましょうか」
「戦において、機は最も重要なものの一つなのだがな。……まあいい」
彼らはリルムリット王国と竜神圏の潰し合いを望んでいるのだ。正論を説いたところでどうにかなるものでもない。
(さて、ドラセナやヴィステマールはどう動いてくるか)
これだけの竜脈が流れているのだ。まさか、このまま手をこまねいているということはあるまい。
(ヴィステマールや他の竜人族が陽動を仕掛け、ドラセナが直接この施設の破壊を狙う……というのが妥当な線か)
仮にドラセナとヴィステマールの二人と同時に戦うことになっても、互角以上に渡り合えるだろう。そこにクリスという《精霊術師》が随伴していたとしても結果は同じ。加えて今の情勢を考えれば、竜神圏が《竜師》クラスの援軍を寄越す確率は無視できるほど低い。
(むしろ最も懸念すべきはレオノティスか。……だとしても、私のやるべきことは同じ)
相手がどんな策を弄しようと、どれほどの力を得ようと、それら全てを凌駕するだけの絶対的な力で捻じ伏せればいい。
「ふぅむ。竜脈を吸い上げ始めたのはいいが、この速度では埒が明きませんな。もう少し出力を上げてみますか。施設の耐久性も見ておきたいですしね」
「…………」
レヴィンの笑い声が響く中、エルギスはふっと天を仰いだ。
何某かの気配を感じたわけではない。ただ絶えず戦の中に身を置くことで培われた勘が、何かがやってくると警告しているのだ。
そしてそれは間もなく現実のものとなった。
「――!」
視認できるほどに凝縮されたマナの塊が、上空から凄まじい速度で降ってくる。目を凝らすと、人がマナをまとってそのまま突っ込んでくるのが確認できた。
(あれはヴィステマール……と、クリスか)
今から竜脈を練り上げても、《黒子夢槍》は間に合わないだろう。それにあれだけのマナと竜脈が空中で炸裂すれば、予期せぬ被害が出る可能性もある。
(落下地点は……竜樹と王城とを結ぶシルト橋か!)
シルト橋が落ちれば、二点間を往来するのにかなり遠回りしなければならなくなる。
(施設の状況からリスクを考慮し、陛下がここにおられないであろうことは向こうも想像できる、か。その上でもし私が竜樹に居なければ、奴らがそのまま施設を破壊する。私が竜樹に居れば奴らは王城へ向かって陛下を足止めし、あわよくば拘束。ドラセナが私に敗北した際の次善策として交渉材料にする――といったところか)
いい作戦だ。
エルギスは笑みが零れそうになるのを抑え、指示を飛ばす。
「橋上の兵たちは即時退避! 竜樹近辺にいるものは、重要施設を飛散物から守れ! 接敵後は、各部隊長の判断で陛下の保護を最優先に行動せよ! 以上!!」
エルギスの指示を受け、全ての兵が橋上から退避するのとほぼ同時に、ヴィステマールが隕石の如くシルト橋へ衝突した。
「……っ」
襲いくる凄まじい衝撃に、エルギスですらわずかに体勢を崩される。ヴィステマールは肉食獣のように嗤うとクリスを伴って王城側へ跳び、土煙の中へ姿を消した。
(施設が暴走する可能性を考え、ほとんどの兵を王城から橋上に配していたのは不幸中の幸いだったな)
近くで片膝をついていた部隊長が立ち上がり、駆け寄ってくる。
「エルギス様、橋を迂回して城へ戻りましょう! このままでは賊に陛下や街をやられてしまうかもしれません!」
「お前たちだけ戻れ。敵の主力であるドラセナは、間違いなくここにくる。奴を――《竜脈術師》を止められるのは、《竜脈術師》だけだ。お前たちは巻き込まれる前に王城へ」
「わ、分かりました。ご武運を……。聞いていたな? 我が隊は王城へ戻り、他部隊と合流。賊から陛下と街を守る! 続け!」
隊長の号令一下、兵士たちが整然と行動を開始する。
「私は逃げませんよ。この施設は、私の命そのものですからな」
それを横目にレヴィンは土埃を払い、鼻息を荒くして言う。
「……ご随意に」
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