二度目の旅立ち

「ぐ、うう……」

 鈍い頭痛と倦怠感に苛まれながら、レオノティスはベッドから這い出た。立ちくらみしてしまうも、傍にいたドラセナがすかさず背中を手で支える。

「ふむ。これは……」

 意識を失っている間に合流したのか、クリスが起き抜けの様子をしげしげと観察していた。

「早かったな……クリス」

「うむ。それより頭を押さえて倒れたと聞いたが、具合はどうだ?」

「大したことはない。それより、色々思い出したよ。アイビーが流行り病になっちまったこと。アイビーを治すために、この村から一番近いところにいた《竜師》……ドラセナへ会いに行ったこと」

 レオノティスの答えに、クリスは満足げに頷く。

「そうか。内容はともかく、思い出せたことは重畳だ。頭痛は記憶が戻った反動だろうな」

「レオ……本当に大丈夫?」

「平気だ。ありがとな」

 レオノティスは心配そうにするドラセナを制し、話を戻す。

「それより、ドラセナの《竜脈術》でアイビーは治ったのか?」

 現状を鑑みるに、ドラセナが協力してくれたことは間違いないだろう。

 果たしてアイビーは治ったのか。それとも、《竜脈術》でさえどうにもならなかったのか。

「――ぐっ!?」

 そこまで思索を巡らせた直後、レオノティスは頭をハンマーで殴打されたかのような、呼吸すらはばかられるほどの頭痛に見舞われる。

 頭を押さえてたまらず崩れ落ちたレオノティスを、咄嗟にドラセナが胸で抱き留める。同時にクリスが駆け寄り、耳元でゆっくりと語りかける。

「落ち着け。細く長く息をして、何も考えるな。無心でいるんだ」

「あ、が……っ」

 クリスの言う通りに少しずつ呼吸することで、五感が緩慢に復活していく。ドラセナの匂いと少し早い鼓動が、心まで染み込んでくるよう。そんな錯覚に身を委ねているうち、徐々に激痛が収まっていく。

 やっと両の足で立てるようになり、レオノティスはドラセナから身を離す。

「もう、大丈夫だ……すまん」

 レオノティスの謝罪に、ドラセナはただ小さく首を左右に振って微苦笑する。表情の裏には、隠し切れない不安の感情があった。

(本当に……心配かけっ放しだな)

 ドラセナはいつも支えてくれているのに、自分は彼女との記憶を取り戻すことさえできない。そんな無力感がレオノティスの中で膨らんだ途端、また頭痛がぶり返してくる。

 レオノティスはドラセナに悟られまいと奥歯を食いしばり、勝手に痛苦に歪もうとする表情を抑え付ける。そんな様子にクリスは小さくため息をついた。

「無理に思い出そうとするのは下策、か。であれば時系列に沿って失われた記憶の鍵となる景色やモノを見て、少しずつ記憶を取り戻していくしかないだろうな」

「どういう、ことだ……?」

 レオノティスはまだズキズキと痛む頭を押さえながら尋ねる。

「今回きみはベッドの血痕を見て記憶を取り戻した。だから、次の記憶の鍵――例えばドラセナと出会った記憶の鍵を見れば、また記憶がよみがえるかもしれん」

「ってことは……竜神圏のサイノスに行けばいいのか」

 ドラセナはサイノス地方を統括する《竜師》だ。ならば、当時のレオノティスたちもサイノスの竜樹を目指したに違いない。

「だったらちょうどいいや。それならドラセナのことを思い出せるかもしれねえし、ドラセナだっていつまでも竜樹をほっぽっとくわけにもいかないだろうし。それでいいよな?」

 レオノティスの提案に、クリスとドラセナは二人揃って頷き返す。

「私は特に異論なしだ」

「私もそれがいいと思う」ドラセナはふわりとはにかみ、「ありがと、色々考えてくれて」

 レオノティスは力なくかぶりを振る。きっとドラセナは、この何倍も気にかけてくれているに違いないのだ。

「レオノティス」

 話がまとまったところで、長が判決を待つ咎人のような面持ちで話しかける。

「思い出したようだが、病身のアイビーを村から追い出したのはこの私だ。……言い訳はせん」

「言い訳も何も、責めるつもりなんてこれっぽっちもねえよ。村を出るって選んだのは、俺たち自身だ」

 ただ座して死を待つより、ほんのわずかな希望に賭けてみよう――擦り合わせるまでもなく、レオノティスとアイビーの意見は一致していた。

「長が何も言わなかったとしても、アイビーの奴は出て行ったと思うよ」

 自分のせいで他人が犠牲になるなんて、耐えられるはずがない。

 あいつは、そんな子だ。

「俺は政治だの取り決めだの面倒臭えことは分からねえけど、長ってのは村の人間全員を平等に見なきゃならねえんだろ。村全体を優先しようとしたのは、間違っちゃいねえと思う」

「……強いな。お前は」

 しみじみと言われるも、レオノティスはそうじゃないと否定する。

「俺は人をまとめるような立場じゃねえから好き勝手言えるだけさ。長は長の立場として、やるべきことをやったんだ。それに、この家の修繕だって長がやってくれたんだろ」

「困ったな、そこまでお見通しだったか。手が回り切ってないのが申し訳ないがな」

 苦笑する長に、レオノティスはニッと歯を見せる。

「十分有難いよ。せっかくメンテしてもらったのに、また空けちまうことになるけど……」

「そんなことは気にするな。お前が戻るまでに修理を終えておくとしよう」

「有難いけど、できる範囲でいいからな」

 レオノティスは軽く頭を下げた。

「方針が決まったら早速行動に移すとしよう」

 話が纏まったところで、クリスが出発を促す。

「リルムリット王国軍には、レオノティスとこの村落の関係までは露見していないだろうが……時間が経てば、国境付近で待ち伏せ等される危険性は増すだろう」

「ん? もしかしてクリスもついてきてくれるのか?」

「当たり前だろう。ここで別れたら寝覚めが悪くなるし……」

 クリスはレオノティスとドラセナを交互に見やり、

「記憶障害の患者に《竜師》。これほど興味を引く対象は、そうそういないからな」

「あー……お前らしいな」

 本心か、照れ隠しか……恐らく両方か。そう結論付け、レオノティスはもう一度長へ向き直った。

「アイビーのことは任せてくれ。長は、この村を頼む」

「うむ。無理だけはするんじゃないぞ。お二方、この少年をどうかお頼み申し上げます」

「おいおい、少年はやめてくれって」

 深々と頭を垂れる長へ、二人の代わりにレオノティスが手を振る。

「それじゃあ、行ってくるわ!」

 隣町へ少し買い物にでも行くかのように、レオノティスは軽く手を挙げて家を出た。

 咎の意識から解放されたというのに、長の顔はわずかに昏い色を残していた。

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