アイビーの行方

 雑貨屋の前には十名ほどの兵士がぞろぞろと並び、女店主や老人と言い合いをしていた。

「だから、もう金も食料もほとんどないと言っているだろう……。こんな辺境の小さな村は、お前さんらのかけた税金を払うだけでいっぱいいっぱいなんだ」

「納税は庶民に課された義務だ! 同じように、我々にあらゆる物資を供給するのもまたお前たちの義務だ! 一体誰のお陰で生活できていると思っているのだ!?」

 男の言葉を、店主は鼻で笑う。

「そういう言葉はここらで悪さしてる盗賊どもをとっちめてからほざきなよ! あんたらみたいな半端者じゃ、返り討ちにされるのが落ちだろうけどさ!」

「言わせておけば……!」

「そこまでだ」

 男が持っていた槍を振りかざそうとした時。

 レオノティスが疾風の如く割り込み、《神託の剣》の柄頭を男のみぞおちへ打ち付け気絶させた。

 その姿を見た老人の細く垂れた目が、驚愕に見開かれる。

「お、お前……レオノティス、か?」

「よっ、長。久しぶりだ――なんて挨拶は、こいつらを片付けた後にするか」

「何者だ、貴様!」

 すぐさま両隣の兵士たちが槍の穂先を向けてくる。

 しかしレオノティスはそれを気にするでもなく、物憂げに一団を観察する。

 質のいい制式装備とそれなりに統制の取れた動きは、彼らが軍隊であることの証左だ。

 しかし、リルムリット王国軍では「現地調達」と称した強奪が固く禁じられている。つまり――

「お前ら、セルフィール帝国軍だな」

「質問を質問で返すとは、やはり片田舎の子供はしつげがなっていないな」

 それまで傍観していた一人の男が、他の兵士を制して一歩進み出る。

 兵士たちが大人しく従っているところから察するに、こいつが隊長か。

「そして世間知らずだ。身のこなしは悪くないが、所詮は素人レベル。井の中の蛙が海に出て粋がるとどうなるか、その身に刻み込んでやろう!」

 槍を構えた男の身からマナが滲み出す。どうやら《精霊術師》のようだ。

「レオノティス、大丈夫なのか……!?」

 男のただならぬ気配を察したのか、長が身震いし目配せする。

「全然問題ねえよ」

 対するレオノティスは手を振り、《神託の剣》を手に男と相対する。

「何とも貧弱な剣だ。そんなもの、教練を積んだ《精霊術師》相手には何の役にも立たんぞ?」

 男はレオノティスの剣を蔑視し、卑しい笑みとともに黄ばんだ歯列を見せる。

 対するレオノティスもまた、フッと軽く笑う。

「そりゃそうだろ。さっきのは長やおばちゃんにまで届かねえように、マナをギリギリまで抑えてたからな」

 そこでレオノティスは言葉を切った。村人たちを背に、水平に持ち上げた《神託の剣》へマナを込めていく。

「これでやっと力を出せる。ワリィが、帝国の賊どもにゃ容赦しねえぞ」

「ひっ――」

 思わず後ずさりした男は、そこでようやく気が付く。

「な、なぜこんなところに貴様が……!?」

 氷のように冷たい表情をしたドラセナが、自分たちの背後を取っていることに。


「これでよし、と」

 全ての兵士を拘束し、レオノティスはようやく一息ついた。

「こいつら、ちょっと前にこの村を嗅ぎ付けてさ。それから数日おきに、こうして金品や食料を奪いにきてやがったんだよ」

 店主はのびている兵士たちを忌々しげに睨みつける。

「そりゃ災難だったな。後は傭兵ギルドの連中に任せれば、煮るなり焼くなりしてくれるよ。あいつらも帝国軍は目の敵にしてるし、俺の名前を出せばここらの見回りも強化してくれると思う」

「分かった。すまんな、世話のかけ通しで」

「いいよ、これくらい」

 レオノティスは手を振り、頭を下げようとする長を制する。

 この地域は竜神圏派の勢力が強い上に、帝国軍によって頻繁に集落を荒らされる。よってこの一帯を縄張りにする傭兵にとって、帝国軍は排除すべき外敵以外の何物でもないのだ。

「しっかし、やっぱあんた強いねえ! その調子で帝国軍全員ぶっ飛ばしてくれよ!」

 店主に背中を勢いよく叩かれ、思わずレオノティスは「ぐぇっ」とカエルのような声を上げる。

「やれやれ、お前はもう少し落ち着かんか。年甲斐もない」

 長は店主を軽くたしなめ、それからレオノティスとドラセナを交互に見つめる。

「ところで……アイビーは、一緒ではないのだな」

「俺たちはそのアイビーを捜しにきたんだよ、長」

「アイビーを……? どういうことだ?」

 怪訝な顔をする長に、ドラセナが事のあらましを説明する。

「なるほど、そういうことでしたか。……その、アイビーの病のことは?」

 長の質問に、ドラセナは無言でかぶりを振る。

「病? あいつ、もしかして病気にでもなってるのか!?」

 一人蚊帳の外のレオノティスがたまらず詰め寄ると、長はおもむろに歩き出した。

「ついてこい。あれこれ説明するより、見た方が早い」

「……なんだってんだよ、ったく」

 訳も分からぬまま、渋々ついていくレオノティス。それにドラセナも続く。

 長は広場から村の外れに向かい、黙々と歩いていく。

 風景を見ているうち、レオノティスも長がどこを目指しているのか予想がついてきた。

 そうして歩を進めた先。村の端にあるのは、見慣れた我が家――のはずだった。

「な、なんだよ……これ……!?」

 小さな平屋の家を前に、レオノティスは茫然と立ち尽くした。

 屋根や壁は一部崩れ、庭には雑草が繁茂し、とても人が住んでいるようには見えない。

 恐る恐る玄関のドアを開けると、中は外観以上に酷い有様だった。

 屋根が壊れて雨漏りしていたのか、木製の床は腐って今にも抜けてしまいそう。野生動物が入り込んでいるのか、家財や柱は傷だらけ。ベッドには草や毛が散乱している。

 屋根には補修された跡があるので、住もうと思えば住めるだろうが……当然というべきか、アイビーの姿はどこにもない。

「前に大きな嵐があったから……もしかするとその時に壊れちゃったのかも」

 ドラセナが絞り出すように言う。

 前に、というのはついこの前という意味ではないのだろう。ここまで家が荒廃するには、かなりの時間を要するはずだ。

 けれど、レオノティスはただ認めたくなかった。自分がそれほど長い期間の記憶をなくしてしまっているということを。

「アイビー……」

 何より、アイビーがいなかったことがショックだった。

 レオノティスは棚に飾ってあったアイビーのリースを見やった。鮮やかな深緑だった葉は枯れ、完全に朽ち果てている。持っているだけでボロボロと崩れてしまいそうだ。

「ベッドの毛布をめくってみろ」

「…………」

 恐る恐る長の言う通りにしてみると、敷布団に薄茶色の染みが沈着していた。

「これは……」

「血だよ。アイビーの、な」

「えっ……? ――ぐっ!?」

 瞬刻。レオノティスは脳がざわつくような、正体不明の感覚に襲われた。視界がぐらりと揺れて立っていられなくなり、ベッドへ倒れ伏す。

 途切れかけた意識の中。埃と動物の臭いに混じって、ほのかにアイビーの匂いを感じたような気がした。

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