雪の足跡

ぼっちマック競技勢

儚い雪片

「付き合ってください!」

 雪の舞う屋上で告白する男子生徒と、突然の告白に混乱する女子生徒。まさに青春の一場面である。男子生徒はお辞儀をした姿勢のまま返事を待つ。

「え、あ、あの上谷くん。顔をあげて。あの、私上谷くんとは友達のままでいいかなって思ってるんだ。今までも仲良くやってこれたしそのままでもいいかな、って。」

「え?あ、やっぱり、そうですよね。ごめんなさい。だって鈴木さん、ですもんね。僕なんか...当たり前だ...」

 上谷と呼ばれた男子生徒は落ち込んだ様子で中央階段を下り、教室へ戻っていく。

 彼は数日前にあった林間合宿で、彼女に密かに好意を寄せるようになっていた。垂涎ものの美貌に、優良男児なら誰もが目を引かれるであろう彼女のスタイル、そして誰にでも人当たりの良い朗らかな性格。いわゆる彼女は学校のマドンナだった。それに反し上谷は顔もあまり整っているとは言えず、コミュニュケーション能力も人並み以下。つまりは圧倒的な非モテ軍勢。好意を寄せこそすれどそれを打ち明ける勇気はなかった。非モテ三原則「(希望を)持たず、(心の隙を)作らず、(甘い話を)持ち込ませず」を守った結果だった。彼は、彼女が自分には釣り合わない存在だと自覚していたから。

 しかし、彼は途中で勘違いをしてしまったのだ。人当たりがよく、それを素のままで行えている彼女の行動ひとつひとつが自分に好意を寄せているように見えるようになった。顔を合わせるたびに会釈してくれる彼女。自分と話す時、ケラケラと楽しそうに笑う彼女。恋は人を盲目にする。誰にでもそのように対応しているとはつゆ知らず、両思いだと思い込んで、ウハウハしながらの告白。これで付き合えて自分の人生はこれから楽しくなる。そう思い込んでいた。すべてが勘違いだったのにも関わらず。

 そして彼は振られた。当たり前だ。彼女は少しも彼に好意など寄せていなかったのだから。純粋な彼女のことだから、弄んでいたわけでもないだろう。本当に彼女は上谷を友達ぐらいに思っていて恋愛対象とすら認識していなかったのだ。

 ▲

 ザマァ。

 心の中でつぶやく。当たり前だ。当然すぎる。自分も心の中ではわかっていたのに、いっときの自己満足のためにありもしない彼女の姿を妄想していた。自分に好意を寄せる彼女を。

 何かが壊れるパリン、という音が聞こえる。

 現実とは厳しい。なんでも良いように想像して、誇張していて、最大限のところまで広がった妄想に、唐突に壁を突きつける。その壁をのりこえることは妄想に依存していたニンゲンでは到底できない。その壁を前に狼狽えて、右往左往するだけだ。私もその一人なのだが。

 傷心した私は玄関から外に出る。外ではいくつもの雪片が舞っていた。告白をするときにはロマンチックだな、と思っていた雪に対し彼は別の感情を抱く。綺麗だな、と。遠くから眺めているうちはとても綺麗だ。だけれど。

 彼は頭の上からチラチラと舞い落ちる雪を手で拾おうとする。しかしその雪はみるみる手のひらの上で溶けて、最後には水となる。

 雪は触ろうとすると、近づこうとすると、儚く散ってしまう。今まで見ていた綺麗な雪片が一瞬にして跡形もなく消え去る。それまでの全てが幻影だったかのように。

 俺の恋も、一緒だな。最初からなかったんだ。始まってすらいなかった。俺の一方的な感情の押し付けだ。

 そう考えると、なんだか突然心細くなった。自分が立っていられなくなるような感覚に陥った。今まで自分が寄りかかっていた全てが幻影に見えて。親友、家族、全ての人間関係。僕が見ていたそれらは本当にあったのだろうか。親しいと思っていた友人も本当が僕のことが嫌いだったのかもしれない。家族も、出来の悪い息子を心の中では疎ましく思っていたのかもしれない。僕が彼らに見ていたのはありもしない幻影で...

 主観と客観。

 客観という物事の本質を、自分は正しく見れているのか。怖かった。ただ単純に怖かった。自分が信じているものは正しいという確証は何一つないことに、今更気づいてしまったから。これが「人間不信」というやつなのだろうか。そう考えた僕は周りを見渡す。

 玄関から出てくるたくさんの生徒。談笑していたり、手を繋いでいたりする。

 前までなら彼らになんの感情も抱かなかったのだろうが、今では彼らの関係全てが虚ろに見えてしまう。

 思わずその場にへたり込む。そして地面に積もっている雪をかき集める。何人かから奇異の目線を向けられるが、気にしない。それよりももっとこの地面を感じたかった。前までのようにしっかりと地に足がついていることを確認したかった。

 主観と客観のすり合わせ。

 どうすればできるのだろう。どうすればこの奔流のように溢れ出る不安を止められるのだろう。今まで信じていた全てのものが、簡単に壊れていく。今まで壊れていなかったのが不思議になるぐらい、脆かった。

 しかし、そんなとき僕は気づく。地面に積もる雪片に。溶けないまま残り続ける雪の地面に。溶けない雪もある。私のもっているものの中にも、嘘じゃないものもあるのではないだろうか。主観と客観の一致。その答えは永遠にわからないのだろう。

 けれどその中で考え続けて、歩み続けるのが人の青春で、人の人生だ。僕の青春で、僕の人生だ。

 私は歩き始める。そして数歩、歩いて振り返ると、白いかけらの上にはいくつかの足跡が残っていた。

 そして考える。

 この雪に着いた足跡は残り続けるのだろうか。溶けない雪のように、私という存在も残るのだろうか。

 きっといつか消えるだろう。だが何日かぐらいは、残るんじゃないだろうか。そしてきっと、上からいくつもの足跡が上書きされていくんだ。

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