海の物語-その2

海山みどり

第1話

私は海女。海に潜って貝や海藻を採る海女(あま)じゃなくて、海にいる人間以外の存在の「うみおんな」よ。*注1

 

 え、そんなの聞いたことがないって。それはそうよ。私たちの一族は海坊主や船幽霊たちとは違って船なんて襲わないわ。自分達の享楽で忙しいから人間になんてかまっている時間はないの。

 でも、わりと陸に上がって、人間たちの街を訪問はしているわ。私達の存在は太古の昔から、深海は変化が少なくて、人間世界の国や都市の興亡ウォッチはわりと人気の高いジャンルなのよ。ただ単純に、偶には水から離れる生活も楽しもうって感じかしら。

 無茶はしていないわ。観光みたいに楽しむだけ。対人間プロトコルがあってきちんと履修してからでないと上陸できないから安心してね。人間って壊れやすいからね。注意をみんなしているわ。

 街は楽しいわ。私達、真珠に珊瑚、沈没船の金銀財宝があるから遊ぶお金には困らない。それに見た目の漆黒の長髪と陽も届かない海底暮らしの色白さと超絶妖艶な私達の肢体に陸のどこの国の男達は優しく貢いでくれるからね。

 私は最近、日本の東京の港区暮らしを楽しんでいるわ。男のずる賢くて巨万の富と恐怖で築いた財力で贅沢三昧を楽しんでいるの。住居は湾岸のセレブ御用達とかいうタワーマンションのペントハウスよ。

 私達は望めば海を呼べる。荒波も強風も起こせるけど、この東京の海は汚くて触るのも嫌。でも海が見えるのは気持ちが落ち着くから。

 男が揃えてくれる世界中から取り寄せた豪華料理と酒、肉欲の夜もそろそろ飽きてきた。嫉妬深さも面倒。そろそろ海に戻ろうかしら。

 でも最近気になる男がいるのよね。貧相な体に理知的って言うの? 賢そうな顔に僕は悩んでいますって訴えているような瞳が魅力的なの。

今囲って貰っている男も、故郷の海近くの男たちも力自慢なので、可哀想な存在にはそそられる。勝手に「ひ弱君」と名付けていたわ。

 あなたにぜひ読んで欲しいって、お手製の押し花の栞を挟んだ『海のうた』っていう、海に関する短歌の本をくれた。慣れない都会ぐらしで欺されて借金のカタに男の運転手をしているのに、私に手を出すなんてどういうつもり。破滅したいのかしら?

 魅せるのは簡単だけど手を出すつもりはなかった。でも気が付いたら、男の留守に楽しんでしまった。えへへ。

 案の定簡単にばれて、大変なことに。嫉妬に狂った男は面倒。まあ物理的にどうされようと私はどうにもならないけどね。あのひ弱君はどうしたのかしら。

 まあ、そろそろ潮時、海に帰ろうかと思っていたら、怪我でボロボロのひ弱君がやってきた。殺されなかったのね。よかった。運転手だったからスケジュールを知っていて、外出予定、私が一人になりたい場所に行くことを知っていたみたい。

 池袋のビルの屋上の水族館。海から遠く離れた場所にいる眷属に近い海獣たちを慰めに行くのもルーティーンにしていたの。

 「君が好きだ。守りたい。一緒に逃げよう」なんて告白されて、嬉しくなっちゃったの。

 卑小な存在に守りたいと言われて、私、心にグッときたのよ。本当はだめなんだけど、ちょっと風とか海を使って悪い男と手下達をノックダウン。勿論水族館やお客さん達は無傷よ。無駄に広範囲に力を使うなんてことは趣味じゃないの。

 残虐な記憶はひ弱君のメンタルに影響が出そうだから記憶を改竄した。なんとかうまく、敵対政敵にアイツらは消されたことにした。

 邪魔者はいなくなったけど逃避行は楽しみたい。東京は危険だからとひ弱君が自分には合わないと逃げた故郷に戻ることになった。

 たどり着いたのは北の大きな港のある街。代々漁師の家育ちで、ひ弱君には向かなそうな家業から逃げていたそうだ。

 嫁のために俺は家を継ぐって、あれよあれよと、ひ弱君は絶望の眼を捨てて、たくましい漁師の男になっちゃった。

 ああ、海の関係には珍しいひ弱な体つきがよかったのに、その筋肉はなによ。それにもしかして私に恋したのって、海の気を感じたからで、元々故郷の海に惹かれていたんじゃないの? 

 でもまあ彼は変わらず私を愛して、大事にしてくれているからまあいいから。ひ弱君あらため、たくましい素敵な旦那様と呼ぶことにした。

 一男三女に恵まれて、私は漁師の妻として、大人しく留守の家を守るし、時々船にも乗る。北国の冬の海は激しく荒れるらしいから凪を呼ぶの。

 ここら辺の仲間達は気さくだけど、あんまり私が自由にするのもどうかと思うから天気と波の調整はほどほどにしているけどね。

 三人の娘たちは私の血を濃く継いでいるので、念のため注意をする。

 海女とハーフだから人生は波瀾万丈よ。でも好きに楽しく生きなさいと。

 娘達は私の話を信じない。

 いつか故郷の深海の里帰りに一緒に連れて行きたいけど、深海の圧力に耐えられないパパを一人置いていくと、拗ねそうだから実現できていない。


文学フリマ東京のために、買いた作品「海の物語」は海の話じゃない、島の話だったよねの反省をしていたら思い浮かんだので、おまけバージョンとしてNOTEに載せてみました。本当は購入読者にDLサービス特典としようかなとも考えたのですが、それって誰得?みんなノーサンキューではと愚行の前に気づけたのでnote公開にしました。


 他に「海坊主が陸で恋をする」話も思いついたのですが、こちらの方が結末までストーリーが脳内にできあがったので先に公開です。


 

*注1

海女(うみおんな)という妖怪はいないと思っていたけど念のためぐぐったら福岡県と山口県には伝わる話があるそうです。

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