第4話 好みは人それぞれ。


「まって、乳児期で10歳ってことはさ、今お前何歳なんだ…?」

「え、それ聞いちゃう?」

「俺と橘の仲じゃん」


 聞きたい聞きたいとせがまれては正直に答えねばなるまい。


 橘だって大人だ。大人を超えてさえいる。女子の年齢を聞くなんて!などと野暮なことは言わない。


「…じゅ、17歳だよぅ☆」


 沈黙が落ちる。


「……」

「………、……ねぇ、何か言って」


 乳児期にもう10年を費やしていると話したばかりなのに、目の前の十分に成熟した大人にしか見えないエルフが17歳とは。これはいかに。


「本当のところはおいくつであらせられるのですか、お婆さん」

「お婆さん!!!はじめて言われた!!悲し!!!」


 だが否定はできない。


「んもう、察しがついてんなら聞くなよな。…でもそう言うお主は何歳なのさ」


 とりあえず話をそらす。


「俺?俺は今年で287歳。巨人族もまあ長寿種だからな」

「ほえー、普通におじいさんだった」

「同族の中では若者の部類だろ。エルフなら特にじゃねーの」

「まあそうなんだけど」


 そうなんだけど、ただやり返したかった。効果はなかったが。


「…で、何歳なん」


 話を逸らすのはさすがに無理だったっぽい。


「あはは、エットネ、…1000とに17を足した感じ…カナ?」


 ちょっと、の部分にどれくらいの年数を含めるかはその人次第だが、橘の場合はけして少なくはないのだろう。


「1000!?桁が想像を超えてたな…でもいくらエルフでもそんなに生きれんの?」

「あー、私はハイエルフだからな。寿命とかはとくにない」

「スゲー!!伝説のヤツじゃんか」

「ふははは、崇め奉り給へ」


 橘は褒められれば大いに調子に乗るタイプだ。しかし同僚だった頃、共に仕事をやっていても調子に乗っている時でさえ大きなやらかしを一度もしていなかったのは、友人として誇らしい面もあれど、やはり少々憎たらしかった。


「…でもまあそこまで行くと逆に婆さん感はないな…ベクトルが違う」

「見た目も若いままだしなー」


 エルフの反則すぎる顔面偏差値を持っているからこそ、年をとってヨボヨボにはなりたくない。


 橘は自分の顔面に誇りを持っているし、ケアも欠かさないのだ。



 しかしあれ、と疑問に思う。


(…そいえば私、杉岡コイツにこの美しい顔面のこと褒められてないぞ?)


 杉岡が287年生きてきてもなお(前世を合わせると300年以上か…)、魔法使いさんになれてしまう”ど”のつくアレをこじらせていて、女性を褒めるという行為にシャイボーイになっていたのだとしても、私の美貌に一切触れてこないなど…ありえるのだろうか。いや、ありえない。


(転生して性転換しちまったとか…?や、ないか)


 隣を歩いている巨人の惜しげなくさらされている肉体美をチラと覗き見て、ずぐにその思考は捨てる。


(大変グッドな漢っπだ…)


 ならば、あれか。逆にあまりにも様々な経験を積みすぎて美人に食指が動かなくなったのか。…ありえる。


 …ありえる!!


 橘は心配げな表情は出さないように意識しながらさり気なく杉岡にたずねてみる。あくまでも普段どおりに。


「…あのさー杉岡、私の顔どう思う?」


 口説いてるみたいだとか、そんなこと気にしてる余裕はない。


「あ?そうそうはじめて見た時思ったんだけど…めっちゃ美人、さすがエルフ!」


 杉岡は親指をグっと立てて普通に返してくれた。


「だよね」


 よかった。脳みそまで巨人族製鋼鉄筋肉に侵食されて美的感覚が消滅したわけではなさそうだ。


「でもさ」


 …でもさ?


「俺の好みとは違うから安心しろ」


 …俺の好みとは違うから安心しろ?


 …、………?


 …うーん、…なるほどな?シンプルだ。


 理解はできないけど、この美貌が好みじゃないとはお前何様か!と思うけど、正気を疑うけど、それを本人に言うかねと殴りたい衝動に駆られるけど。非常にシンプルだった。それは仕方がない。


 この男は100%善意で、橘を安心させるためにこのセリフを吐いたのだ。


「…あーね」



 そいえばコイツ前世で貧乳ケモミミロリータのフィギュアばっかりデスクの上に並べてたな、と思い出した。


 だいぶ釈然としなかったけど、隣でのんきに口笛を吹いている巨人を見て、どうでもよくなった。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 橘が千年以上生きてるエルフってことですが、はっきり杉岡のこととか覚えてるのも、性格がそんなに変わらずに長い時間生きて気が狂ってないのも、エルフ製の脳みそに変わってるからです。

 杉岡の記憶力に関しては気合い的なやつだと思います。はい。

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