第3話 お歌の時間。
「独ぉりで泣きましょ〜、そしてぇ輝く」
「「ウルトラソゥッ!ハイ!」」
二人が再会し、スァトラに向けて歩きはじめてはや2日。
積もる話しとかそんなのは思ってたより特になくて。こうして歌う以外に暇を潰す手段は見つからない。しりとりやナゾナゾは早々に飽きてしまった。
しかしこんな深い森の中といったら次々と湧いてくる魔物を狩ったり迷ったりとしそうなものだが、たいていの魔物や動物は巨人族に怯えて隠れるか逃げるかしている。逃げ遅れた動物や、逆にこちらを襲おうと飛びかかってくる魔物たちも、ビッグ杉岡の拳にかかれば三秒で鍋の中だ。
かといって森で迷うということもなく、流石のエルフと言うべきか、橘は進むべき方向、食べれる動植物、水場の位置とわからないことはなく、最新のAIよりよほど優秀なナビと化していた。
「橘はさー、この世界来て1番困ったことってなんだった?」
歌にも飽きた杉岡がふと聞いてみる。
「そんなん1番とか決められんわ…、全部困ったし大変だった」
「それはわかる、でもさ、巨人にするなとかは置いといたとしても、これだけは言わせてほしいんだよ」
「なんだい」
「言語理解系スキル!ついてないんかいッ!!」
杉岡が拳を握りしめて叫ぶ。
「それな!?」
そしてそれは橘も大いに同意したい案件だった。
「いやわかるよ!?最近のラノベではそんなに異世界言語をすでに習得できてる系のスキルが当然に装備されてるわけでもないってわかってるよ!?そこらへんはスルーされてる作品でも主人公たちは頑張って勉強したんだろうなとかわかってるよ!!でもさ、実際に異世界語も母国語ぐらいに使えるようにしといてよ!!俺は英語でさえ超苦手だったのに教材なしで異世界生活なんて無理ゲーじゃボケぇ!!!」
一気に溜め込んでいる鬱憤を叫びきった杉岡は、ハアハアと息切れをする。
「いやぁ、わかりみしかないわ。神がいるなら神の顔面ぶち抜きたいくらいはキレたねあの頃」
「そう!周りは知らない人…しかも巨人で、言葉も通じない、ここがどこかもわからないしで、当事者にならないとこの地獄はマジ理解できんよ。…だからはじめて共感してもらえる橘に会えて俺は!感無量!なんですよ!!」
「うん、落ち着こ」
「うぃーす」
橘はどうどうどう…となだめながら頷く。
「あのさ、この流れで言うのは少々迷うのだけども、あえて空気を読まずに言ってい?」
「聞きたくないけどどうぞ?」
ゴホンと咳払いをしてキリッと真面目な顔を作るものの、少々口角が上がり意地悪な表情をしている橘を怪訝に思いながら杉岡は聞きの体制をとる。
「私、生まれ変わってから脳みそもエルフ製に変わってるっぽくてさ。めちゃめちゃ頭良くなったわけですよ。自分で言うことじゃないんだけど」
「え、頭の良さって転生とかで変わるもんだっけ?」
「知らんけど、私の場合最初はなんか冴えてるな程度にしか思ってなかったんだけど。正直言うとエルフの言語、5日くらいでだいたいは聞き取れるようになったし、2週間くらいでもうほぼ完璧に理解はできるようになった」
「エグくね」
「っしょ」
杉岡は橘のドヤ顔を軽く憎い目で見る。
「日本語に似てたとかではなく?」
「ないな、エルフの言語は元々人間に理解できるものではないらしい」
「…チートじゃん」
「ふはは」
死んだ魚のような目をした杉岡は、ハハと乾いた笑みを浮かべ、トボトボと橘とは少し離れた位置に歩いていく。
「…ありゃ、怒ったのかね」
あんな巨体でも小さく見えるほど離れた位置に立った杉岡は、足を開いて拳を握りしめ、大きく息を吸い、
「――…ッチ、ックショォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ」
叫んだ。
大地が揺れ、空気がビリビリと波立ち、木々が悲鳴を上げる。
「…軽く災害じゃんか」
はた迷惑な。とは声には出さない。一応自分がちょっと悪いことしたよなという自覚はあるので。
しかしまあ今ので周辺の動物や魔物は気圧されて完全に逃げてしまっただろうから今夜は肉は食べれそうにないな、と少々残念に思う。
でもそんな事はおくびにも出さずノシノシと帰ってきた杉岡に訊ねる。
「スッキリしたかい」
杉岡は何事もなかったかのように涼しい顔をしている。
「ある程度は」
「それは良うござんした」
触れぬが仏。これ以上はさっきの話題は出さないようにしたいところだ。
だが、一つ言っておきたいことがある。
「エルフってさ、乳児期がすごい長くて。最低でも十年はろくに喋ったり歩いたりできないわけでして。だからまったく苦労してないわけではないんだぜ、と一応伝えておきますわね」
最後は少しばかりボケてしまったが、真面目な表情で、伝える。
お互いに、苦労を称えて労って。再び出会えた奇跡を喜んで。でもなんでもない事のように、昔のように、愉快に笑ってくだらない会話をしながら歩く。それが一番望ましいことだと思っているから。
お前はもう独りじゃないんだぜ、と伝えたい。再会したばかりだけど、お互いの性格は理解し合っている。つもりだ。
そんなこっ恥ずかしいこと絶対に言わないけど。
「マジか!?それはエグいな…」
「おうよ」
赤子状態のエルフに本来母乳は必要なく、正確には乳児期ではないのだが、説明するのは面倒くさいので手短かに乳児期と言っておいた。
歩けも動けもしない赤ちゃん期のことだ。だいたい伝わるだろう。
「巨人族は育つの馬鹿速いぞ。生後4週くらいでもう走り回ってる」
「はやッ!?え、それは大丈夫なんか…?羨ましいとかの次元じゃないわ」
橘は本気で心配というか疑問に思って杉岡の巨体を眺めてみるが、目があって思わず二人揃って笑ってしまう。
「なんか、対極っていうか」
「極端だな…私達」
過ぎてしまった苦労も孤独もすでに笑い話だ。
「足して割れば丁度いいんだけどな」
「えー、強面が半分も入るのはヤだな」
「黙らっしゃい」
「ごめんて笑、じゃあ私も叫んどこうかな」
「お前もやるんか」
ケラケラと笑いながら橘も同じようにちくしょうと叫ぶ。
声を出すと想像より気分が良くて、スッキリした。
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