第6話 推理
「くそっ、あの野近とかいう刑事のせいで、私の計画が台無しだ」
佐久間は、怒りをあらわにした。あの野近という男は、私のことを疑っている。しかし、私が南を殺害したという証拠は無い。南を殺害した時の黒いコートを回収できていないが、雨で返り血はとっくに洗い流されているだろう。佐久間は深呼吸した。大丈夫だ、慌てる必要はない。普通に振る舞えば、この窮地は乗り越えられる。佐久間は煙草の最後の一口を吸うと、吸い殻を地面に落とし、足で消した。
ロビーに戻ると、野近が他の警察関係の人物と話をしていた。その人は、大きな紙袋を野近に渡した。野近は一言、ありがとうございます、とお礼を言っていた。戻ってきた佐久間を確認し、野近は話しかけてきた。
「あぁ、佐久間さん。先ほどのメールの送信時間の件ですが、早速確認させていただきました。メールの送信時間は、あなたのおっしゃった通りの時刻でした」
佐久間は、野近の言葉を聞いて、胸をなでおろした。
「そうでしょう。これで、南が殺害された時間に、私は自分のデスクで仕事をしていたというアリバイができたということですね」
「そうですね。・・・・・・と言いたいところなんですが、実はそうも言えないんですね」
佐久間は、野近の言ったことの意味が、始めはわからなかった。
「えっ、どういうことですか」
「それはですね。南さんの死亡推定時刻に誤りがあったからです」
佐久間は、動揺を隠せなかった。野近は続けた。
「いや、謎が解けました。なぜ犯人は、わざわざ寒い屋外で犯行に及んだのか・・・・・・。それは、死亡推定時刻をずらすためです。屋外は、つららできるような寒さでした。気温にして、0度前後。死体は、寒くなればなるほど、死亡推定時刻が早まります。この寒さなので、20分ほど早めて計算してしまったのでしょう。本当の南さんの死亡推定時刻は、おそらく17時過ぎ。つまり、犯人は、南さんが亡くなった時刻を早めるようにカモフラージュするために、あえて屋外で南さんを殺害したのです」
「野近さんの言っていることは理解しました。しかし、それで何がわかるのですか」
「そうですね。ずばり、言いましょう。私は、佐久間さん、あなたが犯人だと思っています」
「急に、何を言い出すんです。なぜ私が犯人だというんですか」
「説明しましょう。あなたは南さんの上司であり、煙草を嗜(たしな)んでおられる。南さんを殺害した犯人の条件を十分満たしています」
「それだけですか。それなら、私以外の会社員にも、南を殺害した可能性があるじゃないですか」
佐久間が野近にそう言うと、野近は静かに話した。
「えぇ、それだけなら、まだ佐久間さんが南さんを殺害したという決め手にはなりません。しかし、これを見てください」
野近はそう言うと、自身のポケットからあるものを佐久間の方に差し出した。
「南さんのジャケットのポケットに、これが入っていたんです」
佐久間は、今原の手の平に乗せられたものを凝視した。そして、思わず息を呑んだ。
「えぇ、煙草の吸い殻です。これが1本、南さんのジャケットのポケットから出てきました。おそらく南さんは、後頭部をつららで殴られたあと、意識が朦朧としながらも、近くに落ちていた煙草の吸殻を拾って、かろうじて自身のポケットに入れたんでしょう。銘柄は・・・・・・」
「ガラムだな」
佐久間は、野近が話す前に応えた。ガラムは、自分が愛用しているタバコの銘柄だった。佐久間は、野近の言わんとしていることがわかった。
「この事実を聞いて、いかがですか」
佐久間は、焦っていた。このままでは、まずい。何か言い返さないといけない。
「いかがですか、と言われてもね。もしかしたら、南が喫煙所の掃除をしたのかも知れないじゃないですか。南のポケットに私の煙草の吸殻が入っていたとして、それで私が犯人だという証拠にはならない。それとも、他に私が犯人だという証拠はあるんですか」
佐久間は、強く野近に言い返した。野近は、少し黙っていた。すると、野近は足元に置いていた紙袋から、あるものを取り出してきた。
「それは・・・・・・」
佐久間は、声にならない声を出した。紙袋に入っていたのは、佐久間の黒いロングコートだった。
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