第3話 犯行
定時が近づいてきた。社内では、みんながワイワイしながら退勤の準備をすすめていた。今日は、職場の忘年会だった。近くの駅前にある居酒屋に向かうため、みんなは早くも帰り支度を始めていた。
「佐久間さん。もうすぐ定時ですよ」
先山は、コートを羽織りながら佐久間に話しかけた。
「おう、そうか。もう16時50分か。俺は、このメールを得意先に送って、デスクを片付けてから帰るわ」
そう言って、メールの送信ボタンを押した。
「大変ですね。佐久間さん、ご無理なさらずに」
「ありがとう。じゃあ、忘年会を楽しんできてくれ」
「はい、ありがとうございます。佐久間さん、メリークリスマス」
「あぁ、メリークリスマス」
先山や他の社員は、ぞろぞろと会社をあとにした。定時になった5分後には、社内には佐久間1人となった。
佐久間の計画は、ここからだった。佐久間はデスクから立ち上がり、すぐに更衣室へ向かった。そして、自身のロッカーから黒いロングコートを着て、そのまま喫煙所に向かった。
喫煙所に出る扉を開くと、外は雪からみぞれ混じりの雨に変わっていた。喫煙所には、誰もいなかった。よし、いいぞ。佐久間は心の中でそう思った。そして、波佐間は近くに置かれていた床の掃除用のモップを手に持ち、喫煙所の軒先に垂れ下がった少し大きめのつららめがけて振り上げた。つららは根本から折れ、そのままの形で地面に落ちた。
モップを元の場所に戻し、落ちたつららを地面の隅に置いた。そして佐久間は、煙草を1本口にくわえ、火を付けた。煙草を吸い始めてすぐ、南が喫煙所に現れた。南は、定時が過ぎると、決まって喫煙所に行くことを佐久間は知っていた。
南は佐久間の顔を見て、軽く会釈した。佐久間はそんな南に、おぅ、と声を掛けた。
「おい、南。最近、仕事が順調そうだな」
「まぁ、そんなこと無いですよ。あ、そうだ、佐久間さん。実は、あなたに言いたいことがあるんです」
「何だよ、改まって」
「今までも思っていたんですけど、佐久間さんの仕事は、無駄が多すぎます。余計なことはしなくても良いと私は思います。あなたの下で働く部下の身にもなってください」
「そうか・・・・・・。それは済まなかったな」
佐久間は、吸っていた煙草を足元に落とした。佐久間は、不思議と腹が立たなかった。それは、これからこの目の前の男を殺害するという、一種の開き直りの気持ちがあったからかもしれない。
南はそう言うと、加えていた煙草を灰皿に捨てた。そして、何も言わず社内へ入る扉の方へ歩み始めた。
佐久間はその瞬間、隅に置いていたつららを手に取った。そして大きく振り上げて、南の後頭部めがけて力いっぱい振り下ろした。つららは、南の頭に当たった衝撃で粉々に砕け散った。その瞬間、佐久間は少しの返り血を体の前面に浴びた。南は低いうなり声を上げ、そのまま前向きに倒れ込んだ。佐久間は、うつ伏せに倒れて動かなくなった南を、少しの間見下ろしていた。そして、その場から立ち去った。
佐久間は速歩きで更衣室に戻った。そして更衣室内の窓を開けた。窓の外には軒がなく、雨が更衣室内に降り込んできた。佐久間は着ていた黒いコートをハンガーに掛け、窓の外にある物干し竿にかけた。黒いコートは雨に濡れ、少しずつ湿ってきた。その様子を確認したあと、佐久間は窓を閉めた。そして、すぐに更衣室を出た。
「よし、順調だ。あとは、黒いコートの返り血を、雨が勝手に流してくれるのを待つのみだ」
そうつぶやいている時、更衣室のすぐ外に置いてあったアルミバケツを蹴ってしまった。
しまった。そう思ったと同時に、アルミバケツは音を立てて倒れた。音は、廊下中に響いた。佐久間は慌ててアルミバケツを元の場所へ戻した。そして、小走りで会社の出口へ向かい、会社を後にした。
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