第2話 動機



 朝から雪が降っていた。外は寒く、地面が一面、真っ白に染まっていた。ホワイトクリスマスか、佐久間はポツリと独り言を呟いた。会社のすぐ外の路地に設置されてある喫煙所で、佐久間は出勤前の一服をしていた。喫煙所の軒先には、つららが垂れ下がっている。昨夜、かなり冷え込んでいたせいだ。喫煙所で煙草を1本吸いながら、今日行う計画を頭の中で反芻(はんすう)していた。

 佐久間は、この商社で働く、入社5年目の社員だった。佐久間は、最近不機嫌だった。それは、今年入社した南という人物のことであった。南は、仕事ができる若手だった。今まで佐久間がしていた仕事を、南が引き受けることが多く、そのたびに従来のやり方を変える南が気に食わなかった。煙草を吸う本数も最近になって増えている。

 吸っていた煙草を灰皿に押し付け、佐久間は喫煙所をあとにした。社内に入る扉から中に入り、そして更衣室に向かった。更衣室に入ると、雪で湿った黒いロングコートを脱いだ。ポケットの中からスマートフォンを取り出し、今日の天気予報を見た。今日は午後から気温が上がり、夕方には雨になるとの予報が出ていた。計画を実行するには、今日しかない。佐久間は、コートを自身のロッカーに押し込み、ロッカーの扉を静かに閉めた。

 自分のデスクに着くと、今日1日のスケジュールを確認した。今日も会議か。そうつぶやいていると、隣から1年後輩の先山が声をかけてきた。

「おはようございます。佐久間さん、聞きましたよ。今日の忘年会、来ないんですか?」

「あぁ。どうしても外せない用事があってな。」

「そうですか・・・・・・。佐久間さんが来ないなんて、寂しいな」

「ありがとな。また今度、飲みに行こう」

「そうですね。またお願いします」

 先山と話しながらデスクの引き出しを開けると、中にプレゼント箱が置かれていた。

「ん、これは何だ」

「あぁ、それは掃除のおばちゃんのクリスマスプレゼントですよ。なにやら、朝早くに皆ののデスクにプレゼントを入れて回っていたとか」

「そうなのか。掃除のおばちゃんサンタだな。本当におせっかいなんだから」

「まぁ、それがあのおばちゃんの良いところなんですけどね」

 そんな話をしているとき、南が二人に近づいてきた。ピシッとしたスーツに身を包み、革靴のコツコツとした足音を立てている。

「お話し中、すみません。佐久間さん、明日の会議の資料の件なんですが」

「あぁ、それがどうしたんだ」

「佐久間さんがお作りになった資料、あれ、本当に要ります? 僕だったら、資料作成自体を無くして、口頭で説明するだけでも良いと思うのですが」

「ああ、あれは部長から作成してほしいとの依頼があったんだ。だから、勝手に資料を無くすことはできないんだよ」

「そうですか。無駄なことなのに、なんで皆さん効率良く働かないんですかね」

 南の指摘は、憎たらしいほどに的確だった。だからこそ、生意気に感じた。おそらく、南自身はそう思っていないだろう。

「佐久間先輩。このような資料作成の排除を、今後部長に進言よろしくお願いします」

 そう言うと、南はそそくさと立ち去った。南が去ったあと、先山が言った。

「あいつ、本当に嫌なやつですね」

「まあな。とことん無駄を嫌がるやつだからな」

「だからって、あんな言い方をしなくてもいいのに。礼儀も何もあったもんじゃないですよ」

「そうだな・・・・・・。そう言えば、南は今日の忘年会に参加するのか」

「いや、確かあいつ、忘年会に行かないみたいですよ」

「そうか・・・・・・。どうせ、忘年会なんて無駄ですよ、とか言って、いつもみたいに定時には退社するんだろうな」

「でしょうね。まぁここだけの話、良かったです。あいつがいたら、酒が不味くなる」

 ははっと佐久間は笑いながら、南の後ろ姿を見送っていた。



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