第5話 付き合っている彼女との二人きりの時間
学校終わりの放課後。
同じ部屋には
二人の前には折り畳みテーブルが置かれており、その上にコンビニで購入してきたお菓子が広げられてあった。
他にはキッチンの食器棚から持ってきたコップがあり、それにジュースが注がれていたのだ。
女の子が恵吾の部屋を訪れたのは、中学三年の頃以来だと思う。
幼馴染を自室に誘って、それっきりである。
あれは、中学の卒業式が終わってから一週間が経過した時だった。
幼馴染の
彼女がいたからこそ、今があるといっても過言ではなかったのだ。
昔は女の子とある程度関わって来たが、久しぶりに女の子と二人きりの状況に、物凄く緊張していた。
学校にいる時や外にいる時は普通に話せているのだが、二人きりという密室的な環境にいる今、恵吾はどぎまぎしていたのだ。
「恵吾? 大丈夫?」
「え、う、うん。大丈夫だけど」
「そう? なんか、さっきから口数が少なくなったから、どうしたのかなって。ちょっと気になったの」
「ごめん。変な事で気にさせてしまって」
恵吾は少しだけ明るい口調で返答しておいた。
やはり、女の子と二人きりでいると胸元が熱くなるのだ。
「あ、そうだ。俺、ちょっとトイレに行ってくる」
恵吾はそう言って、床から立ち上がり、自室を後にするのだった。
「なんか妙に緊張するんだよな」
恵吾は自宅の階段を下っている際、頭を抱えたまま、小さな声で独り言を呟いていた。
幼馴染の奈緒とだったら、昔からの間柄という事もあって恋愛的な意味でも緊張はしない。
慣れている関係性であれば、二人きりでも過ごせるのだ。
がしかし、遥香とはそうではない。
遥香はクラスの中でも陽キャ寄りの女の子であり、その上、そこら辺の女の子よりも美少女なのだ。
一緒の空間にいて、意識しない方が難しい。
それに、遥香はおっぱいがデカいのである。
今日わかった事だが、制服越しでも、その膨らみを察する事が出来るほどに大きく。しかも、柔らかい。
その時の事が忘れられず、それが余計に、恵吾の心臓の鼓動を早めていた要因となっていたのである。
トイレに行ってくると、彼女に言ったのは、あれは嘘だ。
一旦、冷静になりたかったからというのが正しい。
恵吾はリビングに入り、一人で一分ほど深呼吸をした後、もう一度自室に戻った時の事を脳内でシミュレートする。
同人誌のシナリオの事について会話すればいいだけと、何度も自身の心に念じていた。
エッチな妄想は極力避けること。
そう何回も念じ切った後、冷静さを取り戻す事が出来つつあった。
「これでシミュレーション完了……」
恵吾は意味不明な発言をした後に、リビングの扉の方へ体の正面を向けて歩き始める。
リビングから出て階段を上り、自室の扉前へと到着するのだ。
……き、緊張するな、俺。こんなところで緊張してから何も始まらないから。
恵吾は再び深呼吸をする。
そんな時、豪快に扉が開かれたのだ。
「恵吾、遅いなぁ……え?」
「え⁉」
完璧な冷静さを手に入れる直前、部屋から出てきた遥香と視線が合う。
彼女との距離は、一メートルもない。
「きゃ、び、ビックリしたんだけど」
「ご、ごめん……お、俺も突然扉が開くと思ってなくて」
「というか、何してたの? そんなに時間ってかかるものなの?」
「いや、色々とね」
緊張を抑えるためのシミュレーションをしていたとは恥ずかしくて言い出せなかった。
恵吾は適当に誤魔化したのである。
「そう? まあ、いいんだけど。早くシナリオについて話そ」
「そ、そうだね」
恵吾は彼女の明るい笑みに圧倒され、照れ笑いをしながらも自室に入るのだった。
「それでなんだけど、恋愛系を描くなら、こういうシチュエーションもいいと思うの」
「そ、そうだね」
「あとは、こういう描写とか。恋愛系を書くなら絶対に必要でしょ?」
遥香は恵吾の隣で、先ほど購入した同人誌を見ながら提案してくる。
彼女との距離感が物凄く近い。
恵吾からしたら、距離感がバグっているのではと思うほどだ。
遥香の方はあまり気にする様子はなかったが、付き合い始めたとは言え、距離感が近いと思う。
「どうしたの?」
「なんていうか、距離感が近いような気がして」
「え? でも、付き合ってるなら普通じゃない?」
彼女からしたら、特に気にならない事らしい。
「そうかな?」
「そうだよ。むしろ、変に距離がある方が変じゃない?」
「まあ、確かにそうかもしれないけど。付き合ってから二日目なのに」
「え、ごめん。もしかして、私に近づかれて嫌だった?」
遥香は申し訳なさそうな顔を見せていた。
「そうじゃないよ」
「だったらいいじゃん。二人きりなんだし、もう少し距離が近くてもいいと思うの」
そう言って、彼女はさらに近づいてきたのである。
「じゃあ、こういうシチュエーションでいい?」
「う、うん」
「だとしたら、こういう人間関係にして」
遥香はテーブルに広げたノートに、箇条書き程度にキャラの説明文を書き出し、追加で相関図的なイラストも描いていたのだ。
簡易的なイラストなのに、上手さが伝わってくる。
想像していたよりも、遥香のイラスト力が高かった。
「えっと、後は、このキャラとこのキャラが、この場所で関わって。その時にこのシチュエーションを表現して」
遥香はイラストの他に、物語を通じて描きたい事を箇条書き感覚で書き出していたのだ。
「恵吾。私が書きたい作品はこんな感じなの。これを元に、シナリオって書ける?」
「うん、多分、大丈夫だと思う」
「私、シナリオとか書いたことないから、こういう設定でもいいのか、ちょっと不安なんだけど」
「いいよ。十分、いい感じだと思うよ」
恵吾よりも、キャラクターに共感できる設定になっている。
全体的な設定に関してガバガバなところが見受けられるものの、読者を意識した内容になっていたのだ。
俺に足りないところって、こういうところなのかな。
恵吾の小説は、投稿サイトで評価はされている。
今、遥香の書いた設定を見て決定的に違うところがあると、何となく自分でも思う。
けれども、まだ、どういう風に自分の作品に落とし込んでいくかという案は出せなかったのだ。
悔しさもあるが、改善点となるモノを見つけられ嬉しいという想いもある。
複雑な心境だった。
「恵吾? どうかな? もしかして、やっぱ、設定が良くなかったとか?」
彼女は、恵吾が見ているノートを覗き込んできたのだ。
「いや、そうじゃないよ。俺、この設定で自分なりにシナリオを書いてみるよ」
「ほんと? じゃあ、お願いね! 後は、二人でキャラクターの特徴について話そうよ。人物造形に相違があったら後々表現する時に困るでしょ」
「そうだね」
二人は近い距離感でテーブルに広げられたノートを見て、キャラクターについての共通認識をすり合わせていくのだった。
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