第4話 彼女は恵吾の事を想っている…
街中といっても、ビル同士の狭い通りにある裏路地に存在するお店。
外見は少々薄暗いものの、店内は綺麗に清掃されている為か、気持ちよく過ごせていたのだ。
恵吾は、クラスメイトの
遥香は棚に置かれてある同人誌を手に取り、表紙を見ていた。
ここでは自費出版で製作された本を売っている専門店のようで、一般的にはあまり見かけない作品が多数存在していた。
オリジナル作品から、二次創作系の作品まで取り扱われているようだ。
「恵吾は、同人誌って結構読む派?」
「そこまでではないけど。たまに読む程度かな」
「そうなんだ。こういうのとかはどう?」
「んー、こういうのもいいかもね」
恵吾は、彼女から渡された同人誌を手に取り、表紙を見ていた。
それは深夜アニメキャラの二次創作系の同人誌で、表紙からして読者を圧倒するかのようなデザインでキャラクターが描かれてあったのだ。
それほどまでにも、この同人誌を作っている作者の熱量を感じられたのである。
「もし、同人誌を作るとして、恵吾は漫画形式にしたい? それとも、小説形式?」
遥香は、恵吾の方を見て問いかけてきたのだ。
「俺はどっちでもいいけど……しいて言うなら、漫画形式でもいいかなって」
「漫画形式でいいの?」
「俺はそれでいいよ。普段は小説ばかりだし。一緒に製作するなら気分を変えて漫画形式でもいいかなって」
「じゃあ、漫画形式ね。わかったわ。あとは、ジャンルは何にしたい? 学園モノとか、日常系とか、異世界系と色々あるじゃん?」
「そうだね。んー……ジャンルに関しては、ラブコメ的な作品しか書けないからな」
「だとしたら、ジャンル的にはラブコメか恋愛系メインって事でいい?」
「そうだね。自分が得意じゃない事をやって失敗したら、渋谷さんに迷惑をかけるかもしれないし」
「別に、失敗しても私は気にしないよ。私も誰かとの共同作業は初めてだからね。失敗は付き物でしょ」
遥香は明るく振舞っていた。
「まあ、ジャンルとして、恋愛をメインにするなら……流行を探らないとね。恵吾、まずは色々な同人誌を読んでみよ。シナリオについての話は、それからね」
遥香はそう言って、別の本棚エリアまで向かって行く。
恵吾は、手にしていた同人誌を本棚に戻して彼女を追いかける。
「んー、どれからにしようかな。恵吾は、読んでみたい同人誌とかってある?」
遥香は、恋愛系がメインの同人誌が置かれている本棚前に佇んでいた。
恵吾も彼女と同様に、その本棚を前に立ち、何がいいか深く悩んでいたのだ。
「俺はこれでもいいと思うんだよね」
恵吾は本棚から一冊の本を手に取る。
「そういうの、好きなの?」
「好きというか、何となく目に入っただけで」
恵吾が手にしているのは、恋愛をメインとしたオリジナル系の同人誌だった。
物語の主人公とヒロインが描かれた表紙をしている。
恵吾はパラパラとページをめくっていく。
普段から恋愛系の作品ばかり書いている事もあって、すんなりと内容が頭の中に入ってくる。
読んでいる内に、こういう風な恋愛系の作品なら、頑張れば何とかなりそうだと思った。
同人誌用にシナリオは書いた経験はないが、この同人誌を資料として活用すれば、難なくこなせるような気がするのだ。
「じゃあ、恵吾の中では書きたい構想が固まって来た感じ?」
「大体はね。でも、実際にシナリオを書く時は渋谷さんの意見を聞きたいんだ」
「いいよ」
遥香は笑顔で答えてくれる。
「あとは参考にしたい同人誌があれば、今の内に購入した方がいいかもね」
「そうだね。あとは……」
恵吾は棚にある同人誌を見やる。
それから二人は、他のエリアにある本に目を通すために、店内を回って歩く。
恵吾はまだ同人誌には詳しくないのだ。
けれども、遥香と一緒に行動していれば何とかなりそうな気もしてくるのだった。
「あとは、同人誌を作る準備をしないとだね。恵吾の家って今から行けたりしない?」
「俺の家は、多分大丈夫なはず」
今から家に帰っても、両親はいないのだ。
両親が仕事から帰ってくるのは、深夜近い。
一応、自由に家で過ごせると思う。
「じゃあ、お邪魔してもいい?」
「いいよ」
恵吾はどぎまぎしていた。
女の子が自室にやってくるのは、かなり久しぶりだからだ。
小学生の頃は幼馴染と、互いの家を行き来しながら遊ぶ経験も多かった。
中学生になってからは別々の学校に通うことになり、思い返せば四年ぶりに女の子を自宅に招待すると思う。
二人は店内で会計を済ませ、今は裏路地通りから出て、街中の人通りの多い道を歩いている最中だった。
「そうだ、コンビニに寄ってもいい?」
「いいよ」
二人は街中から少し離れた場所にあるコンビニに立ち寄る。
そのお店で、お菓子や飲み物を購入するのだ。
恵吾の家は、そのコンビニから徒歩で一〇分くらいの場所にある。
遥香とは歩きながら、恵吾自身が小説投稿サイトにて連載している作品について話していた。
恵吾が今連載している作品は読者からかなり好評であり、ブックマークも応援コメントも多く貰っている。
だがしかし、出版社からの打診はない。
投稿サイトで、いくら一桁台になったとしても、書籍からするとなると難しいようだ。
恵吾的には、面白いと思っている反面。
どこかが設定が浅いとも感じていたのだ。
けれども、具体的にどこかつまらないかと言われると、客観的にわからないところもある。
悩ましいところではあるのだ。
「恵吾の作品は面白いし、自信を持ちなよ」
「ありがと。でも、本当の意見を聞きたいんだ。実際のところ、俺の作品に欠点があるとしたら、どこだと思う?」
恵吾の発言に、遥香の歩くスピードが遅くなる。
「んー、そうだね。私、小説には詳しくないんだけどね。一つ言うと、流行をもう少し意識した方がいいと思うの。別に批判してるわけじゃないよ。ただね、普通に面白い事は確かなんだけどね。やっぱり、どうしても共感しづらいところがあるの。読者の目線で流行をとらえたり、ジャンルらしいシチュエーションをもう少し増やすとか」
遥香は審査員のような難しそうな顔を浮かべ、真剣に恵吾の作品と向き合うように語ってくれたのだ。
「そういうところか。俺、書いている視点からだと客観的にわからないところがあって、色々と困ってたんだ。でも、渋谷さんから言われると確かになって思うよ。ありがと」
「でも、そんなに落ち込まないでね。個人的な意見だからね」
「いや、むしろ、自分に足りないところがわかって、すっきりしてるんだ」
「そう? なら、良かった」
遥香は優しく微笑んでくれていたのである。
二人が雑談しながら歩いていると、恵吾の家近くまで到達していた。
曲がり角を曲がったところが、恵吾の自宅なのである。
丁度、曲がろうとした時、恵吾は誰かがやってくる気配を感じたのだ。
「け、恵吾」
「奈緒!」
「久しぶりだね」
「ああ、まさか、ここで会うとはね」
「私もビックリ」
恵吾とは違う制服を身につけた、ショートヘアの女の子が、恵吾と遥香の前にいるのだ。
「でも、どうして俺の家の方から?」
「ちょっと学校帰りに立ち寄ろうと思ったの。恵吾、良ければこれを受け取ってほしいの」
幼馴染の
袋は透明であり、中にはクッキーが入っていることが分かったのだ。
「クッキーを作ったのか。ありがと」
恵吾はお礼を言って、受け取る事にした。
「私の自信作で――」
彼女が話しだそうとした時だった。
「ねえ、美味しそうなお菓子じゃん」
遥香は、恵吾が持っている袋をまじまじと見つめていたのだ。
「え、えっと、そちらの方は?」
奈緒は今になって、遥香の存在に気づいたらしい。
驚いた口調になっていた。
「こちらの人は渋谷さん。今、付き合っている人で」
「そ、そうなんだ」
奈緒は少し申し訳なさそうな顔をして、少々俯きがちになっていた。
「そう言えば、何か言いたい事があったんじゃないの?」
「え、な、なんでもないの。そう言えば、私、他に用事があるから、また後でね」
幼馴染は俯いたまま、その場から立ち去って行く。
どうしたんだろ。
恵吾はクッキーの袋を持ったまま首を傾げていたのだ。
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