第6話 俺の学校生活は暗黒へ

「こ、これで完成かな……」


 自室のカーテンからは、朝の光が漏れている。


 保坂恵吾ほさか/けいごは、勉強机に置かれているパソコンと向き合っていた。

 恵吾は椅子に座ったまま、画面を眺めている。

 パソコン画面にはWordが開かれており、それには二〇〇〇字ほどの文章が入力されてあったのだ。


 現在は朝であり、恵吾は昨日、渋谷遥香しぶや/はるかが帰ってからもシナリオ作成に取り組んでいたのである。

 遥香が設定してくれた内容を元に、恵吾はプロットを仕上げていたのだ。


 プロットというのは物語を書くための前段階作業の一つで、最初から最後までのストーリーの流れを書き出したもの。

 予めプロットを作っておけば、物語の方向性を意識しながら書き続ける事が出来るのだ。


 小説を書く上で、プロット作成という作業が一番大変だったりする。


 恵吾は普段から小説を書いているわけで、プロット作成の重要さを知っているのだ。

 だから、物語を描く前にはプロットを作成する。

 プロットを書かずに小説を書く人もいるわけだが、その場合は相当な知識量を持っている人でなければ難しいだろう。


 普通の人は、キャラクターや世界観設定などを忘れてしまうケースが多く、気づけばストーリーの方向性を見失ってしまう事が大半である。

 それに、何が重要で、何が不要なのか。そういった事を、小説を書くために確認できるのも、プロットの良いところだ。


 恵吾は昔、プロットを書かずに小説を書いていた事もある。

 その時は物語の方向性を見失ってしまい、途中で書くのを辞めてしまう事が結構な確率であったのだ。


 今となっては小説を書く前にプロットを書くようになり、物語の大きなズレは生じなくなっていたのだ。

 プロットを上手に作れるようになってから、小説投稿サイトでの順位も格段に上昇した。

 それからというもの、プロットの重要性を客観的に理解し、今までは実力で上位を狙う事も出来ていたのである。


「んー、でもな。今日も順位は一桁台なのに、なんで打診が来ないんだろうな」


 恵吾はWordを開いているパソコン前でスマホを弄り、自身の小説投稿サイトのホーム画面を開いて順位を確認していた。

 順位は朝七時を過ぎあたりに更新されるのだ。


 スマホ画面には、大勢の小説投稿者の小説が掲載されている。


 その中でも、恵吾の小説はブックマークも閲覧数も多い。

 けれど、書籍化の話が来ないのだ。


 やはり、読者目線の表現の仕方が重要なのか。


 昨日、遥香から直接言われ、何となく気づく事は出来た。

 がしかし、すぐに書き方を変えようと思っても難しいのだ。


 少しずつでもいいから、読者受けしやすい内容を模索しないといけないだろう。


「そう言えば、この頃、流行の小説も読んでなかったし。時間がある時に、本屋で新しい小説でも買うか」


 そう思い、恵吾は椅子から立ち上がる。


 すでに時刻は七時半であり、恵吾は眠い瞼を擦りながら、Wordで作成したプロットだけは印刷しておこうと思った。

 パソコンの印刷ボタンを押すと、勉強机の隣にある印刷機から、白黒文字で印刷されたA4サイズの用紙が二枚出てくるのだ。


「うん、誤字脱字もないし、多分、大丈夫だ……」


 恵吾はまた瞼を擦る。

 一応、三時間ほどの仮眠はとっていた事で、物凄く眠いというわけではなかったが、体が少々怠い。


 恵吾は立ったまま背伸びをし、簡単なストレッチをする。早いところ朝食をしっかりと食べようと思い、学校へ行くための準備を整えるために自室を後にするのだった。




「おはよ、恵吾!」

「おはよう、渋谷さん」


 恵吾が自宅を後にし、学校近くの信号機のある横断歩道にいる時だった。

 赤信号で立ち止まっていると、遠くの方から遥香が声をかけてきてくれたのだ。


「なんか、元気なさそうだけど、大丈夫そ?」


 遥香は恵吾の近くまでやってきたのだ。

 彼女は、目の下にクマが出来ている恵吾の事を心配そうに見つめている。


「まあ、一応ね」


 恵吾は瞼を擦る。


「もしかして、徹夜したとか?」

「そうなんだよ」

「え、徹夜して、シナリオを書いてくれたの?」


 遥香は驚いた顔をする。


「そうだよ」

「そんなに無理しなくてもいいのに」

「でも、渋谷さんも、夜遅くまで俺の家でキャラクターのイラストを描いていたでしょ」

「そうだけど」

「だからさ。俺も頑張ろうと思って」

「そんなに無理して体を壊してもよくないよ。ほどほどにね」

「まあ、それはね」


 昨日。遥香は夜八時まで恵吾の家にいて、物語に登場する主要キャラクターを全員分描いてくれたのだ。

 描いたといっても、ラフ画のような感じではあったが、遥香の作業スピードはプロ並みに早かったのである。


 やはり、彼女には迷惑をかけられないと思った。だからこそ、恵吾は彼女が帰宅してからも三時間ほどの仮眠を取りながら、朝までプロットの事ばかり考えて作業を続けたのだ。


 多少眠く、体が怠いが、後悔はない。


「それで、シナリオは書き終わったの?」

「終わったよ、ちゃんとね。プロットのようなモノを書いた感じだけど」

「プロット?」

「小説を書くために行う作業みたいな事だよ。物語全体を箇条書きで書き出したあらすじみたいなもの」

「へえ、そういうの書いてきたんだ。でも、もう少し簡単な感じでも良かったんだけど。しっかりとした内容の方が後々楽かもね。ありがとね、恵吾」


 彼女から褒められ、嬉しかった。


 二人は青信号になった横断歩道を一緒に渡る。

 それから、二人は学校に通じている通学路を歩き始めるのだった。




 恵吾と遥香が学校に登校し、教室に足を踏み入れた時、変な違和感を覚えた。

 クラスメイトの数人が、恵吾の方を見ていたからである。


 な、何なんだろ。


 恵吾は、なぜか数人のクラスメイトに監視されているような視線を向けられていたのだ。


 お、俺、何かしたっけ?


 恵吾は嫌な気持ちになりながら、教室の入り口で遥香と別れ、各々の席に着く。

 席に座った後、通学用のリュックを机の隣にかけるのだ。


「おはよ、恵吾」

「……え?」


 気づけば、隣には稲垣茉莉いながき/まりがいる。

 しかも、彼女は笑顔で話しかけてきているのだ。


「今日から楽しみだね」


 彼女は意味深な笑みを浮かべているだけで、それ以上何も語ってくれなかったのだ。


 まさか……さっきの視線は――


 嫌な予感しかなかった。

 昨日、付き合わない発言を茉莉にしたから、彼女が数人のクラスメイトに何かを吹き込んだに違いない。

 そうとしか考えられなかったのだ。


 恵吾は席に座ったまま、周囲から感じる嫌な視線を背で受けていたのである。

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