【毎日12時実食】やりうどん大戦記 ~福岡三大チェーンに挑むうどん革命~
湊 マチ
第1話 消えかける味の灯
「やりうどんの未来は暗い――」
会議室。プロジェクターに映し出された資料を見て、高宮優は心臓をぎゅっとつかまれたような感覚に陥った。そこには、「やりうどん本店 売上低迷による閉店の可能性」と、赤文字で無情なタイトルが表示されている。
「福岡の地元チェーンとして長く愛されてきたやりうどんですが、現状は三大チェーン――ウエスト、資さんうどん、牧のうどん――に完全に押されており、売上は過去最低の水準を記録しています。」
前でプレゼンをしているのは、飲食事業部長の大村宏之だ。厳しい表情と冷静な声が、事態の深刻さをさらに際立たせる。
「このままの状況が続けば、本店の閉店は避けられません。そしてそれは、やりうどんブランド全体の終焉を意味します。」
優は手元の資料に目を落とした。そこに並ぶ数字は、どれも厳しい現実を突きつけてくる。しかし、彼女の中にはもっと個人的な感情が渦巻いていた。
「やりうどんがなくなるなんて……」
優は、子どもの頃、家族と一緒にやりうどんに通った思い出を思い出していた。特に「ごぼう天うどん」は、幼い彼女にとって特別な味だった。揚げたてのごぼう天の香ばしさと、優しい出汁の味わい。それはまさに、福岡の「味の記憶」そのものだった。
「そんな……やりうどんが、なくなっちゃうなんて……」
小さく呟いた優の声は、意外にも会議室全体に響いた。数人の視線が彼女に向けられる。
「高宮。」
大村がその言葉を拾うように声をかけた。優は慌てて背筋を伸ばし、彼の視線を正面から受け止める。
「君がこのプロジェクトに配属されたのは、“やりうどん復活プロジェクト”の一環としてだ。君は福岡出身だと聞いた。地元の味を守りたいという思いがあるのなら、このプロジェクトでそれを証明してもらいたい。」
「はい!絶対にやり遂げます!」
優は思わず声を張り上げた。だが、具体的に何をすればいいのかは全く分かっていない。それでも、失いたくないという気持ちだけは確かだった。
「偏屈な先輩」
優が最初に向かったのは、やりうどん本店だ。福岡駅近くにあるこの店は、交通の便も良く、一等地と言ってもいい。しかし、店に足を踏み入れた瞬間、優はその静けさに驚いた。
「これ……お昼時だよね?」
時計を見ると正午過ぎ。にもかかわらず、店内には数人の客しかいない。テーブルの間隔がやけに広々として見え、空気がどこか寂しい。
「なんだ、このお通夜みたいな雰囲気は。」
不意に背後から声がして、振り返ると、厨房の奥に立っていたのは一人の男だった。エプロン姿で、腕を組んでこちらを見ている。彼が商品開発担当の嶋村恭平だった。
「あ、初めまして!今日から配属されました、高宮優です!」
勢いよく頭を下げる優に、嶋村は少し眉を上げた。
「……あんたが新人か。まぁ、せいぜい頑張れよ。」
「あの、嶋村さん!今日から一緒に働かせていただきますので、いろいろ教えてください!」
「教えるって……俺が?面倒くさいな。」
嶋村は飄々とした態度でカウンターに腰掛けると、目の前に置かれた「ごぼう天うどん」を指差した。
「これが、うちの看板メニューだ。」
優はその丼をじっと見つめた。揚げたてのごぼう天が乗ったそのうどんは、間違いなく美味しそうだった。だが、どこか「昔ながら」の雰囲気が強く、華やかさに欠けている。
「やっぱり、美味しそうですね!これなら、もっと若い人にも受けるんじゃないですか?」
「その発想が甘いんだよ。」
「え?」
嶋村の言葉は、まるで棘が刺さるように冷たかった。
「美味いだけじゃ、今の時代は駄目なんだよ。ウエストは手軽さ、資さんは家庭的な温かさ、牧のうどんはローカル文化。それぞれちゃんと戦略を持ってる。うちはどうだ?ただ“昔から美味しい”ってだけじゃ、勝負にならねえんだよ。」
優はその指摘に言い返すことができなかった。確かに、嶋村の言葉には一理ある。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「簡単だ。三大チェーンの強みを知れ。それが第一歩だな。」
「えっ、視察ですか?」
「ああ。とりあえず、ウエスト、資さんうどん、牧のうどん――この三つを回って、それぞれの店が何で客を引きつけてるのか、自分で感じてこい。」
「わ、わかりました!」
「常連客の声」
その後、優は店内を歩き回り、客席に座っている一人の高齢男性に目を留めた。優は思い切って声をかけた。
「こんにちは!やりうどん、本店に来てくださってありがとうございます。」
「ああ、ここは昔から通っとるけんねぇ。」
男性はにこりと笑う。「このごぼう天うどんば食べると、昔を思い出すとよ。」
「昔……ですか?」
「ああ、昔はもっと賑やかやった。お昼時には行列ができとったとよ。でも、今は……若いもんが他の店に流れてしもうたけんね。」
その言葉に、優の胸がぎゅっと締め付けられる。「若い人たちが来ない」という現実は、店の活気を奪っている要因そのものだ。
「動き出すプロジェクト」
「ごぼう天うどん……これをどうすれば、もっと多くの人に愛されるようになるんだろう?」
優は自分のノートに、そう書き留めた。今のやりうどんには「変化」が必要だ。それはきっと、昔の味を守りながら、新しい価値を加えるという難しい道なのだろう。
「新人がどんなことを考えてるのか知らねえが。」
不意に声をかけられ、振り返ると嶋村が腕を組んで立っていた。
「ま、せいぜい頑張れよ。中途半端なやる気じゃ、この店を変えるのは無理だ。」
「……やってみせます!私は、絶対にこの店を変えてみせますから!」
優の力強い声に、嶋村は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに飄々とした態度に戻った。
「その意気だけは、買っとくか。」
そして、嶋村はふっと笑う。「さぁ、次は視察だ。敵を知らずに戦う馬鹿にはなるなよ。」
こうして、優の挑戦は始まった。やりうどんを救うための戦いの第一歩が――。
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