わたし、デビューします ⑤

 肩から手を離し、コウシロウくんの横に座る。ただ無言でいるのもあれだけど、生憎わたしは話し上手じゃない。


 だから、話題をコウシロウくんから振ってもらう。


「ねぇっ」

「何だよ?」

「わたしばっかり質問してたから、今度はコウシロウくんが聞いていいよ」



 ”じゃあ遠慮なく”

 ”お前じゃねぇ座ってろ”



「えっと、姉ちゃんはなんで探索者になったんだ?」

「早く稼ぐ必要があったから、かな?わたしにはお父さんとお母さんがいなかったから、施設ってところに住んでたの」

「父ちゃんたちが…いない?」

「うん。だから、すぐに稼げるお仕事が必要だったの。院長先生にも恩返ししたかったからね」



 "激重過ぎて草も生えん"

 "大型新人に悲しき過去"

 "だから子供の相手がうまいのか"

 "早く稼ぐ必要があったってところで用意したティッシュで涙拭いてる"

 "俺、甘えてばっかりだったな…。配信終わったら両親に電話するよ"



 悲しいだとか可哀想だなんて思ったことはないけど、世間的にはそう見えるんだろうか?


「ごめんね。かっこいい理由じゃなくて」

「そんなことねぇっ!さっきの姉ちゃん、すっげぇかっこよかった!」

「ありがとう」

「どうやったらあんなに強くなれるんだ!?やっぱりドラゴンとかオーガとかズババーーッッ!!って倒してんのか!?」

「ふふっ、ないないっ。わたしは回収屋だからね」

「かいしゅーや?」


 コウシロウ君が小首を傾げる。彼のように探索者は魔物と戦うお仕事だと思ってる人も未だに多い。


 そういう人もいるし、間違ってはいない。けど、それだけじゃないのが探索者だ。


「ダンジョンに潜ってアイテムを拾ったり、弱い魔物の素材を集めたりするお仕事なの。だからドラゴンとかオーガなんてほとんど会ったことないよ」



 "その✕✕✕✕(検閲済み)で回収屋は無理がある"

 "俺も回収のバイトしてるけどゴブリン倒せる気しねーよ?"

 "ほとんどって…、会ったことがある、ってコト!?"

 "もしそうならなんで生きてんだよ"



「それって儲かるのか?」

「全然。完全歩合制だから、毎日やらないとすぐ金欠になっちゃうの」



 "ドブラック乙"

 "どう考えてもブラック企業ですほんあり"

 "労基に通報すっから社名教えて"



 多数の同情コメントが寄せられる。言ってもいいんだけど、わたしの詐称がバレそうだからやっぱり言えない。


「探索者って大変なんだなー。…うおぉっっ!?」


 視線を下げたコウシロウ君が奇声を上げる。その視線の先にはわたしの両手に一つずつはまった腕輪があった。


「これ腕輪だろ!?」

「そうだよ」


 "なぬっ!?"

 "本当だ!"

 "当たり前のようにレアアイテム持ってて草"

 "お前の苦労をずっと見てたぞ。それを買うまでよく頑張ったな"

 "最低でもうん十万する代物だぞ"



 コウシロウ君が興味を示した腕輪はダンジョンの中でのみ見つかる不思議なアイテムの一つ。


 片手に一つずつ、両手で二つ装備可能。


 つけているだけでその腕輪が持つ力の恩恵に預かれるというものだ。


「すっげぇ!!」


 目を輝かせ、宝物を見るように腕輪を眺めるコウシロウ君。


 買えばかなりの額になるから宝物というのも間違いじゃないかも。


「なぁなぁっ!これってどんな腕輪なんだ!?」

「こっちが神速の腕輪。付けてると速く走れるようになるから逃げにも攻めにも使える。で、こっちが霞の腕輪。付けてると気配が希薄になるから安全にアイテムを拾ったり逃げたり、後は奇襲をかけるのに使えるかな?」

「こんなの買えるなんてすげーよ!やっぱ儲かるんじゃん!!」

「これは拾ったの。運良くね」

「拾ったぁっ!?」



 "その腕輪俺のだったかもしれない"

 "いいや俺のだ"

 "前にオークに撲殺された時に落としたやつだ"

 "成仏してクレメンス"

 "スキルビルドが回収屋じゃない"

 "お前のような回収屋がいるか"

 "こんなの回収屋じゃないわ!ただのアサシンよ!!"

 "調べたら二つで家建つ値段だった"

 "神速なら昨日カリメロで30万で買ったよ?"

 "絶対偽物だわそれ"



 腕輪はいざという時のための隠し財産のようなもの。バレたら没収されるだろうから会社にも報告してない。


「ふふっ…」


 流れていくコメントがおかしくてついつい笑みが零れる。こんなのが楽しいのかは分からないけど、画面の向こうの人たちはわたしたちのやり取りを見て楽しそうに談笑している。


 配信って、面白いかも…。


「他には何かある?」

「じゃあさっ!姉ちゃんの夢教えてよ!」

「夢…」


 思わぬ難問に言いよどむ。目指してるものはある。けど、それを他の人にもわかるように説明するのはちょっと難しいかもしれない。


「…」


 どう話すべきか…。答えあぐねていたわたしの耳が砂利を踏み締める音を拾う。


「っ!?」

「姉ちゃん?」

「足音がする。誰か来た…」



 ”なんも聞こえない件”

 ”何が聞こえてんだよこえぇよ”

 ”とも子イヤーは地獄耳”

 ”怨霊最大にしたら聞こえた”

 ”呪詛師さんオッスオッス”



 考えるよりも早く、わたしはコウシロウ君と死体から回収した盾を掴んで池へと駆け出していた。


「おわぁっ!?」


 水辺に至り、魔力で足の裏を覆って池の真ん中へと移動する。ここなら何があってもすぐに対処できる。


「すげぇ!?水の上を歩いてる!?」

「魔力操作の応用だよ。探索者の必須技能だね」



 ”必須技能だね。じゃねーんだわ”

 ”俺探索者だけどそんなスキル使えねぇよ”

 ”魔力とチャクラごっちゃになってね?”

 ”アイエエエエエエ!?!?クノイチ!クノイチナンデ!?”



「これ持ってて」


 コウシロウ君に盾を渡し、さっき回収した土壁の杖を水面に向かって振る。


 杖の先から光が放たれ、またたく間に水に浮かぶ土の足場が出来上がった。


「すげぇ!!」


 土壁の杖は文字通り土の壁を出す杖。これを使えば道を塞いで魔物をやり過ごしたり、今やったみたいに土壁を足場にして水上を移動することもできる。


「コウシロウ君はここで待ってて」

「なんでだよ?キュージョがきたんだろ?」

「足音が人間じゃなかった…」

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