わたし、デビューします ④

「ふぅっ…」


 下層にたどり着き、どうにか着地したわたしは周囲を見渡す。


 わたしたちが落ちた場所は近くに大きな池がある沼地のようなエリアで、周囲に魔物の気配はない。


「…これがあるのが救いかな?」


 見上げた視界に撮影用ドローンが映る。多分よう華さんたちが付けてくれたんだろう。


 ”youka.とも子ちゃん!大丈夫ですか!?”

 ”natsuki.生きてる?”


 二人のコメントが流れてくる。上は大丈夫そうだ。


「えぇ、なんとか。…えっと、初めまして。わたしは辻吹とも子といいます。早速で申し訳ないんですが、迷宮組合への通報と救助申請をお願いできますか?」



 ”任せろ!”

 ”とも子ちゃんって言うんだ!よろしくねー!”

 ”いろんな意味で期待の大型新人キター!!”

 ”ランクは?どこ所属?ってかRoudやってる?”

 ”ナンパニキ乙”

 ”Road定期”



 コメントが流れていく。とりあえず、ここで待っていれば救助が来るだろう。


「…。なぁ」

「うん?」

「逃げないから降ろしてくれよ」


 観念したように言う男の子を降ろし、視線を合わせるように屈む。



 ”でっでっデ大王再来”

 ”でっ!!”

 ”やめてくれとも子ちゃん。その前屈みは俺に効く”

 ”少年の性癖はボドボドだ!!!”



「わたしは辻吹とも子。君は?」

「…コウシロウ」

「コウシロウくんはどうしてダンジョンに入ったの?」

「ミキにダンジョンの花をプレゼントするって約束したんだ!未来の探索者ならそれくらい余裕だって!!」

「探索者になりたいの?」

「おうっ!探索者になって色んなとこ冒険して、強い武器とか高いお宝とかいっぱい見つけて…。とにかくビッグな男になりてぇ!!」

「そっか…」


 拳を握って力説するコウシロウ君。彼の夢と熱意は多分本物なんだろう。


 でなきゃこんなところまで一人で来られるはずがない。


 だからこそ、わたしもその夢をへし折る覚悟で現実を突きつける必要がある。


「君じゃ無理だよ」

「…へっ?」



 ”悲報、とも子ちゃん辛辣キャラだった”

 ”もう少し手心というか…”

 ”バッサリだぁーーーっっ!?”

 ”言わんとしてることはわかるんだけどさぁ、もうちょっとオブラートというか…ねぇ?”



「探索者は死と隣合わせのお仕事。絵本やマンガみたいにはいかないよ」

「えっ?死…?」


 それだけ言って、周囲を観察していた時に見つけた「あるもの」に近づく。


「どんなに強くて勇敢でも、死ぬ時はあっさり死ぬ。この人みたいにね」

「っっ!!!」


 それはフロアの隅に横たわっていた白骨死体。背後から襲われてここで力尽きたんだろう。


 残った衣服には生々しい傷痕が残っている。


 まだ誰もここを通っていないのか、装備一式やカバンがそのまま残っていた。



 ”ぎゃあああああああああああっっ!?!?”

 ”ほ、ほほほ骨ぇーーーっ!?”

 ”グロ画像注意”

 ”通報しますた”

 ”ってかなんでこの子平気なん?”

 ”覚悟決まりすぎ…。いや、キマりすぎ”



「水口たつ哉…。この名前に聞き覚えはありませんか?」


 探索者免許をドローンに掲げるとすぐにコメントが返ってくる。



 ”この名前、行方不明者のサイトで見たぞ”

 ”こわぁ…。俺探索者やめようかな?”

 ”警察に通報してくる!”



 ここに救助が来ればこの人も家に帰れるだろう。


「食料はなし。盾はまだ使える。…あっ、土壁と置換の杖がある。これと、これももらっておこう」


 手に取ったのは傷が入った盾と、某魔法の世界の少年が使っているような木の枝くらい細くて小さい杖、それと近くに落ちていた剣。


 杖はダンジョンのみに落ちているアイテムの一つ。


 回数制限はあるものの、これを使えば誰でも杖に込められた魔法を使うことができる。


 剣は安価なブロードソード。ナイフよりは頼りになる。


 剣の状態を確かめ、拝借する。有効活用した方が道具も浮かばれるだろう。


「コウシロウくんはどうやってダンジョンに入ったの?」

「えっと、警備員に見つからないようこっそり…」

「ここにいることはどれだけの人が知ってるの?」

「黙ってきたから、誰も知らないと思う…」

「それってさ、悪いことしてる自覚があるってことだよね?」

「っっ!?」


 コウシロウくんはバツが悪そうに顔を伏せる。


「君のお父さんもお母さんも、そのミキちゃんって子も君を探してると思う。わたしたちの配信だって君のせいで中止になった」

「…」

「ここは自分のお尻すら満足に拭けない人間が来ていい場所じゃない。君の行動が多くの人に心配と迷惑をかけてるんだよ?」

「ご、ごめ…」



 ”正論パンチえぐっ!?”

 ”ぐう正過ぎて言い返せない”

 ”自業自得とはいえ、これは胃が痛む”

 ”うっ!前職の古傷が…!!”



「ここを出れば君はいっぱい怒られると思う。ミキちゃんにも嫌われるかもしれない…」

「ごめん、なさい…!!」


 ついに限界がきたのか、コウシロウくんが大粒の涙を流して泣き始めた。泣いてる子供を見るのは心が痛む。


 でも、ここで手を緩めたらきっとまた同じことを繰り返す。


「でも、君は全部受け止めなきゃいけない。受け入れなきゃいけない…」

「ぐすっ!ひっぐ!!」

「だから…」




「わたしが絶対あなたを帰す」

「…えっ?」


 コウシロウくんの両肩に手を置き、目をしっかりと見て断言する。


「地上に出るまでは絶対に守る。だから、あなたは怒られることだけを考えて…」

「…うん。うんっ!」



 ”落として上げるスタイル”

 ”お姉ちゃんみがすごい”

 ”女神光臨!”

 ”俺もこんなお姉ちゃんほしかった…”

 ”禿同。でも、あんな激詰めNo Thank you”

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