わたし、デビューします ②

「はっ?」


 意味がうまく飲み込めずに固まっていると、マキ江さんはスマホを取り出してわたしに見せてきた。


 それは動画配信サイト、『ハピハピ動画』の個人チャンネルのページだった。


 そこに映っているキメ顔の男性には見覚えがある。


「…昨日のっ」


 よう華さん達に絡んでいた男性だ。


「こいつは茶羅之助。B級探索者だ」

「B級…!?」


 あの人そんなにすごかったんだ…。E級のわたしから見れば雲の上の人だ。


「ダンジョンで女にちょっかいかけてるふてぇ野郎でね。なまじ強い上に初心者が集まるとこばかり狙うから誰も逆らえなかったのさ」

「はぁっ…」

「だが、お前さんはそれを倒した」

「それは相手が油断…」

「B級に低ランクの攻撃なんてまともに通らないよ。相手が油断しててもね」


 言葉を遮ったなつ希さんが断言する。


 それだとわたしがB級以上ってことにならない?


「それで、うちのドローンに映ってたあんたを探してたってわけさね」


 マキ江さんがスマホを操作して再度わたしに見せる。


 そこにはちゃ…なんとかさんに拳を叩き込むわたしの姿がばっちり映った動画が。


「お前さんのおかげでうちの子らが傷ものにならずに済んだ。社長として、礼を言わせてもらう」


 マキ江さんが深々と頭を下げる。見た目は怖いけど、いい人…なのかな?


「いえっ。当然のことをしたまでです」

「で、ここからが提案だ。うちで働かないかい?」

「すみません。お気持ちは嬉しいんですが、うちは副業禁止なんです…」


 そう伝えると、よう華さんが一枚の紙をテーブルに置いた。


 それは雇用契約書。紙面には今の会社より遥かに好待遇な条件が並んでいた。


「…っ!?こんなにっ!?」

「相場よりかなり安いと思うけど?」

「大手でバイトした方がもっと稼げますよ?」

「お黙り!」

「固定給があるなんてすごいです!うち、完全歩合制なので…」

「はんっ!とんだブラック企業だね」


 それは薄々わかっていた。


 けど、あんまり人と話さなくていいから気が楽だし、パートのおばさんたちも優しいからそれなりに居心地はいい。


 それでも、今後のことを考えるともっと給料のいいところに転職するというのもありだろう。


「あのっ、誘ってくれてありがとうございます。すぐには返事できないので、いったん持ち帰って後日改めて…」

「迷宮基本法第1条第3項。迷宮への立ち入りは国が定めた国家試験を合格し、探索者免許を取得した18歳以上の男女のみ可能となる」

「っっ!?」


 マキ江さんの言葉に身がすくむ。まさかこの人…


「お前さん、詐称してるね?」

「えぇっ!?」

「なっ!?」


 それを聞いた二人も驚いたように目を丸くする。


 やっぱり気づいてる…!


「お前さんのことは軽く調べさせてもらった。今年で18だったね?」

「はいっ…」

「動きに一切の無駄と迷いがない。昨日今日免許を取ったペーペーにゃできない動きだ。…いつからだい?」

「中学を卒業してすぐなので…3年くらい、です」

「3年!?」

「あたしらよりベテランじゃん」

「なんだってこんな仕事を?」

「わたしでも稼げる仕事がこれしかなかったからです。時間も自由に取れますし…」


 中学を出てすぐ、わたしは就職する道を選んだ。


 でも、学があるとは言えない自分が割のいい仕事にありつけるはずもなく、流れ着いたのが今の会社。


 そこで裏口で試験を受けて合格し、今日まで探索者として生きてきた。


「なるほど…。道理で会社にも登録されてないわけだ。…とも子さんよ」

「はいっ?」


 マキ江さんがテーブルから身を乗り出してわたしにぐっと顔を近づける。


「受けなきゃお前さんの素性をバラす」

「…!?」

「お前さん、ちょっとした有名人だよ」


 そう言ってスマホの画面を見せてくる。


 そこにはネットニュースが映っていて、茶羅敗れたり!?謎の作業着探索者の正体に迫る!!という見出しが躍っていた。


「ここを見な。お前さんのおかげで大バズりさ」


 指さしたのは記事のコメント欄。



 "チャラざまぁww"

 "あいつ最近調子こいてたからいい気味だ"

 ”うちのギルドに欲しい!”

 ”動画の人!ここ見てたら是非暁の師団に入って下さい!!”

 ”この人の詳細教えて下さい”

 ”作業着ってことは回収屋かな?ざっと調べたけど、こんな人いなかったよ”


「…っ!?」


 コメントの多くはちゃなんとかさんを倒した謎の人物、つまりわたしをスカウトしたいという内容ばかり。


 なんとなく、彼女の言いたいことが分かってきた。


「アタシが素性をバラせばお前さんをスカウトしたいって奴らがお前さんのもとに押し寄せる。中には経歴を調べて詐称に行き着くやつも出てくるだろう。どちらにせよ、もう元の生活にゃ戻れないよ」

「脅すつもり、ですか…?」

「いんや…」


 悦楽に顔を歪め、楽しそうに言い放つ。


「脅してるのさ。今、まさにね…」

「うっわぁ…」

「おば…社長!流石にそれは卑怯だと思います!」

「お黙り!いい人材は奪い合いだよ!」


 わたしから離れたマキ江さんはよう華さんからメモを借りて何かを書き始める。


 書き終えたそれを破り、わたしに手渡してきた。


 明日八王子駅に10時集合と書かれた紙を。


「これは?」

「前の仕切り直しをやろうと思っててね。お前さんにはお試しで一回だけゲスト出演してもらいたい」

「ゲスト?」

「アタシも鬼じゃない。来てくれるんなら多少の謝礼は出すし、秘密は誰にもバラさない。仕事が気に入らなきゃこれっきりさ。悪くない話だろう?」


 確かに、弱みを握られて働かされるよりはましかもしれない。


 一度だけ付き合えば二度と関わらないだけでなく、お金も貰えるなら断る理由もない。


「…分かりました。その話、お受けします」

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