【完結】ソロ専アルバイター、ダンジョン配信者になる-回収屋バイトのわたしは零細配信会社に見初められる- 読切版

こしこん

わたし、デビューします ①

「ちぃーっす。元気してっかお前らー」

「なつ希先輩の塩挨拶!染みるぅ〜!」


 八王子ダンジョンの3層に響く賑やかな声。


 見ると、内側を赤く染めた茶髪の女の子とピンク色の髪の女の子が撮影用ドローンを見上げて楽しそうに話し込んでいた。


 最近流行りの「ダンジョン配信」だろう。


 このダンジョンという謎に満ちた場所が世界中に現れて50年。


 ダンジョンをただ探索するだけでなく、配信という形で娯楽へと昇華させる流れが若者を中心に流行っているんだとニュースで言っていた。


「配信、かぁ…」


 今日のダンジョン探索で手に入れた戦利品に視線を落とす。


 わたし、辻󠄀つじぶきとも子の仕事はダンジョンに落ちてるアイテムや魔物の素材を集める回収のバイト。


 配信とは無縁の世界だ。


 同じことの繰り返しで面白くないかもだけど、仕事の様子を配信したら…。うん、絶対つまらない。


「帰ろう…」


 ここらが切り上げ時だと帰り支度を始める。


 これだけあれば5000円くらいになるだろう。今日は奮発して社食じゃなくて外のラーメンでも食べに行こうかな?


 前に雑誌で見たあの店とか…。


「はっ?何入ってきてんの?」

「すみません。今配信中なんです…」

「いいじゃんいいじゃん!サプライズコラボ!ってことで」


 小さな幸せに浸るわたしを現実に引き戻した不穏な声。声の方を見ると、さっきの女の子たちが屈強そうな男性に絡まれていた。


 男性のすぐ上には撮影用の小型ドローン。この人も配信者なんだろう。


「ウェーーイ!チャラっとTVの茶羅之助ちゃらのすけデース!突然ですが、今からこの子らとコラボしちゃいまーす!ねぇねぇっ、名前なんてーの?」

「守秘義務…」

「じゃあ君はー?」

「えぇっと…」


 男性はカメラ目線で楽しそうだけど、2人は全然楽しそうじゃない。


 配信中なら大勢の目がある中で過激なことはしないと思うけど、困ってる人を放っておくことはできない。


「…」


 息を整え、『獲物に至る距離』を計測する。


 人間だから殺せない。けど、人間は魔物より脆くて弱い。


「っっ!!」


 背を屈め…一歩を踏み込む!


 次に地面を踏みしめる頃には既に男性は目と鼻の先。


 男性も、男性に腰を抱かれて引きつった笑顔を浮かべているピンク髪の女の子もわたしに気づかない。


 速度も希薄な気配も、ダンジョンで奇跡的に拾えたレアアイテム、『腕輪』の力だ。


「ふっ!!」


 右拳を軽く握り、肩の振りと胴のバネを活かした渾身の右を男の人のガラ空きになった鳩尾に叩き込む。


 インパクトの瞬間に拳を強く握り込み、衝撃を置いてくる感覚で素早く引き戻す。


「ーーーっっ!?!?」


 完全に油断していた男性はそれなりにイケメンだった顔をこれでもかと歪ませながら、膝から崩れ落ちた。


「えっ?えぇっ!?」


 ピンク髪の子が困惑の声を上げる。


 わたしは姿を見られる前に大きく跳んで距離を取り、一目散に逃げ出した。


 彼女たちが無事にダンジョンを出られますように。


 そんな細やかな祈りを捧げながら…





 3日後。


「朋子ちゃん。ちょっといいかしら?」


 社食のカレーを食べていたわたしはパートのおばさんに声をかけられた。


 魔物食材の交換かな?


「はいっ。なんでしょうか?」

「お客様が来てるわよ。女の子だったけど、友達かしら?」

「お客さん?」


 とんと心当たりがなかった。


 中学を卒業してからはずっとここでお世話になってるし、会いに来るような友達なんていた記憶がない。


「誰だろ?」


 おばさんにお礼を言い、カレーを食べ終えたわたしはお客さんが待ってるという応接室に向かう。


「失礼しま…。っ!?」


 応接室の扉をノックして開ける。


「おっ、本当にいた」

「まぁ!また会えましたね!」

「あ、あの時の…!」


 そこで待っていたのは3日前に助けた配信者の女の子たちだった。


 わたしの姿を認識した2人は立ち上がって近づいてくる。


「助けてくれてありがとうございます!ずっと探してました!」

「…はいっ?」

「苦労したよ…」


 話が飲み込めず固まるわたしに、2人はポケットから取り出した名刺入れから名刺を抜いて渡す。


「有限会社リンクトーカー、藤尾なつ希…有瀬よう華」

「私がよう華で」

「あたしがなつ希」

「どうも。辻吹とも子、です」


 ピンク髪の子がよう華、茶髪の子がなつ希というらしい。


 わたしとそんなに変わらないのに、会社で働いてるなんてすごいなぁ…。


 心の中で感心していると、不意によう華さんが勢いよく頭を下げた。


「うちでは今、配信事業とダンジョン攻略業の強化を計っています。…だからお願いします!うちの会社に来て下さい!!」




 どうして、どうしてこうなった…!?


 とりあえず話だけでもと半ば無理やり連れてこられたのは小さな雑居ビルの2階に入ったテナント。


 そこでわたしを待ち構えていたのは…


「ほぅっ、お前さんが…。うちの社員を助けてくれてありがとうよ」

「ど、どういたしまして…」


 左目に眼帯をつけ、顔の左半分から首にかけて大きな火傷痕があるどう見てもそっち系のおばあさんだった。


 背も高いし筋肉もムキムキ。よくお菓子をくれるパートのおばさんたちとは全然違う。


 この人も探索者なのかな?


「辻󠄀吹とも子さん、だったね?アタシは市枝マキ江。リンクトーカーの社長さね」

「どうも…。あのっ、そんな人が、わたしに何の用でしょうか?」

「単刀直入に言うよ」




「うちの社員になっちゃくれないかい?」





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