第21話
おあつらえ向きに屋根付きベンチが据えられ、敷地に接する歩道に自動販売機もあった。
「お前、なに飲む? 好きなの選べよ」
「えぅっ、ええ、そんな、悪いです……」
「いい。必要経費だ」
とりあえずジュースでも飲みながらベンチで落ち着かせて、ヒリヒリ伝わってくる警戒を解きほぐさないことには一向に撮影に辿り着けない。必要経費なのは事実だし、ジュースの一本くらい安いものだ。
「いくつか質問したいんだが、その人見知りは子供の頃からずっとなのか?」
腰を下ろしたベンチの隣、しっかりと一人分のスペースを空けて距離を取りながらおずおずと座った朔にやんわりと問い掛ける。
その手には自販機で買ってやったミルクティーのペットボトルが握られている。
ちなみに俺はブラックの缶コーヒーだ。格好付けているわけではなく単純に好きなのと、難題に挑むときには苦いブラックを飲んで思考をくっきりさせたくなるのだ。ぬるいコーラ好きな親父の味覚が遺伝しなくて良かった。
「ひぃ……、わ、私って、人見知り、ですか……?」
「もし自覚がないんだとしたら絶望的だから冗談だと言ってくれよ……?」
ミルクティーに落としていた視線をゆるゆると持ち上げて、ひどく困惑した表情で信じられない言葉を耳にしたみたいに聞き返してくる。もはや絶望しかない。
「そ、そんなつもりは、ないんです……。き、緊張、してしまって……」
「緊張? 何にだよ?」
「うぅ……、わ、私が喋ることで、気を悪くされたらどうしようって思ってしまって……。相手を傷付けない、最適な返事を考えている間に、どんどん会話は進んじゃって、話のテンポも早くて、いつも置いてきぼりで……。あ、こっ、こんな変なこと考えてるのなんて、私だけですよね……。キモくてすいません……」
「深く考えすぎじゃねえか? もっと気楽にノリで喋ればいいだろ?」
「ひぅ……、そんな、ノリって言われても、特殊な訓練とか受けてないので……」
「ノリの訓練受けてるのは養成学校に所属してるお笑い芸人くらいだぞ?」
そんな養成学校には行ったこともなければ行くつもりもないので詳しくは知らないが。
「の、ノリを、踏み外して、会話を途切れさせるのが、怖くて……」
しょんぼりと背中を丸めて溜息混じりに朔が零す。
正直、そこまで考えて喋ったことがなかった俺には理解が出来ない。というよりも、友達ではないとしても同級生やクラスメイトと会話をする際に、最適な返事なんて考えたことがない。そんな思考に至った経験がないのだ。だから――
「別に良くないか? 途切れたら途切れたで、『いや~ん、スベっちゃったぁ。おでこコッツンコてへぺろ~』って適当にアホみたいな勢いで返しとけば」
「ダメですっ! 適当とか勢い任せなんて絶対にダメなんですっ!」
安易に、それこそ適当に思い付いた俺の軽口を、朔はすごい勢いで否定してきた。
呆気にとられ迂闊にもひるんでしまった。
口調もさることながら、その悲愴感を突き付けてくるような強い眼差しが、これまでのおどおどとしていた朔の姿とはまるで似ても似つかなかったからだ。
「……お、おぅ、……そうか、なんか悪いな」
「ひ、ひぅっ、す、すすっ、すいません偉そうにっ……。ああ、これだから私は……」
すぐにハッとして申し訳なさそうに頭を下げた朔は、自分を責めるように肩を竦めて俯いてしまった。
教室の隣の席でいつも目にする、背中を丸めて体積を少しでも減らそうとするみたいなお得意の姿勢だ。
思わぬ勢いに圧され、俺はおでこコッツンコてへぺろポーズのまま唖然とするしかなかった。
ちなみに、おでこコッツンコてへぺろポーズは、いつか教室で
これも一種の人見知りと分類して良いのだろう、朔はとにかく対人スキルが猛烈に低すぎる、いやそもそも対人スキルが壊滅しているのだろう。そしてなにより、自己肯定感がマイナスを指しているのではと疑いたくなるほど低すぎるのだ。
……これはなかなか骨が折れそうだ。
理想に限りなく近い体型のモデルで最高のポートレートを撮るためとはいえ、親父の言っていた『被写体を理解する』過程でここまで手を焼くとは思わなかった。なにより被写体を理解するのが目的のはずなのに、どうしてお悩み相談みたいになっているんだ。
そもそもの目的は人物撮りで親父を見返すためなのだ。
あの高すぎる鼻っ柱をへし折ってやりたくて仕方ない。あわよくば褒められたいってのももちろんある。
そのために限りなく理想に近い朔の身体を、可能であれば極力薄着で撮りたい気持ちは少し欲張りすぎだとしても、純然たる想いでポートレートにしたいだけなのだ。
それなのに、俺の清純すぎる想いとは裏腹に朔はどんどん殻に閉じこもってしまい、距離感が縮まるどころかますます離れていっているように感じてしまう。
こうなっては仕方ない。とにかく背に腹はかえられない。
じつに不本意極まりないが、自己肯定感が低いのであれば褒めそやして御機嫌を取るのが一番の近道だろう。
まあ、安易すぎる近道にしか見えないが、残念ながら他に取れる手段もなければ手札もないからな……。
「あー……、その……、なんていうか、あれだ――」
隣で縮こまって湿っぽいカタツムリみたいにジメッとしている朔に声をかけて――、あまりにあっさりと言葉が詰まった。
まずい。安易に褒めそやせる部分が見当たらない。
理想の体型に近いというのは紛れもない事実なのだが、昼休憩の時にそれを素直には受け入れなかった。むしろ警戒が増しただけだった。
いったいなにが気に食わないっていうんだまったく……。着衣を選ばないすんなりフラットな胸元の慎ましさが、どれほど美しいのかを本人がまるで理解していないなんて、もはや無自覚罪で訴えられろって話だ。
と、そこまで考えて逆に思い至って腑に落ちた。
「そうか、そういうことか……。お前の小さいおっぱいが最高なのは、お前自身が小さいことに恥じらいを持っているからだ。自信持てよ」
「いきなり何の話ですかっ!?」
「ああいや、たまには褒めてやろうと思ってな」
「欠片も褒められている気がしませんけど!? 私の胸のことは放っておいてください!?」
眉根を寄せて愕然とした顔を歪ませながら胸元を押さえて身体を捻る。
控えめな胸から視線を逸らせようと細い身体を捻った姿勢がしなやかさを際立たせ、触れると折れてしまいそうな華奢なラインが浮き上がって見えてしまい、
――ピコンッ
ほとんど無意識にポケットからスマホを取り出しカメラを起動させて撮っていた。
「えひぃっ!? な、なんでいきなり撮るんですかっ!?」
「おお……、すまん。つい出来心で」
露骨に苦言を呈してくる朔に曖昧な返事をしながら撮った写真をすぐに確認する。
ベンチに腰掛けて腰を捻りやや身体を屈ませている。流麗さを想像させる身体のラインは綺麗に撮れているのだが、やはりカッチリとしたブレザーの制服姿である点がいただけない。
そしてなにより表情が良くない。不信感が色濃く表れ強張った顔は、いったいどんな脅迫を受けているのかと見紛うほどだ。
「うーん……、やっぱり脱がせてえな」
「ひぃん、ぼそっと不吉なこと呟かないでください……」
「ああ違う違う、制服を脱がせたいって話だ」
「なにも違わないですけどっ!?」
普通にしてさえいれば充分に可愛い部類の造形をしている顔なのに、いちいち怯えて表情を歪ませるせいでせっかくの身体の美しさまで台無しにしているのだ。
そしてやはり線の細さをきちんと写し取るには、なるべく身体のラインが出る服が良い。薄着であればより良い。
制服姿も被写体としては悪くないのだが、俺がいま求めているのはそれじゃないのだ。
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