第20話
どれだけ半泣きで逃げ去ったところで、俺と
自分の机に突っ伏して顔を伏せていた朔は、俺が椅子を引く音だけで律儀に肩をビクつかせ椅子に座ったまま限界まで俺から距離を取ってガクガク震えていた。
そこまでしなくても教室内では観察に徹するから大丈夫なのだが、変に刺激しないように黙っておくことにした。
そして午後の授業も滞りなく終わり、朔が逃げ出す前に俺はさっそく行動に移すことにした。
もちろん、ポートレートの撮影を行うことだ。
「よし、行くぞ」
「ひぃっ……、ど、どこに、ですか……?」
「とりあえず学校じゃない場所でするぞ」
「す、すす、するっ!?」
「言っとくが撮影だからな? ほら、行くぞ」
思春期ど真ん中のベタな聞き間違いとか心底めんどくせえ。俺の言い方も悪かったかもしれないがだいたいわかるだろ。察しろよ。
場所を変える理由はただ一つ、朔を撮るにはとりあえず学校ではない方が良いと判断したからだ。
今日一日まじまじと観察して確信したが、朔は壊滅的なまでに視線に怯えてしまう。
そしてそれは俺の視線に限ったことではなく、クラスメイトの誰であろうと同じ様子だった。
存在感の薄い朔は、クラスの誰からもほとんど認識されていないみたいだった。それでも当たり前の話だが朔に用事のある者にとっては別だ。
休憩時間にノート提出を受け取りに来た係の女子から、
「あー、えっと……、つきみさとさん。ノート提出まだだったよね?」
「うえぁっ、す、すす、すいません……。あと、つきみさとじゃなくって――」
「はい預かったからねー。ちょっとマナミもノートさっさと出してよねー」
「あ、あうぅ……」
差し出したノートをふんだくられて、苗字を間違って読まれていることを訂正する暇さえ与えられなかった。単純に会話のテンポがもたつき過ぎなのだ。
さらに別の休憩時間には、
「
「んひっ、あっ、はい……、すいません……」
「テッシーが揃わないと届けられないって言ってたから持っていってあげてね。あっ、マナミー、移動教室いっしょ行こー」
「てて、テッシーって誰、ですか……? あ、あうぅ……」
おそらく提出物が揃っていないことを小耳に挟んだ女子が気を利かせて声をかけてくれたのだろう。
どもって狼狽えている朔を尻目に、伝え終えた女子は移動教室のためさっさと踵を返して行ってしまった。
今回は苗字を間違えられていなかったが、それはそれで訂正のきっかけさえなくなってしまい会話に発展しなかった。
見ていて口元を覆いたくなるくらい不憫だった。ていうか、提出物きちんと出せよ。なにもたもたしてんだよ……。
ちなみにテッシーというのはクラスメイトの
「ああ、あふっ、課題、お待たせしました……、すいません……」
「うん? おー、さんきゅー」
手嶋はひょいっとプリントを受け取ると、束の一番上に重ねてさっさと席を立ち教室を出て行った。職員室に届けに行ったのだろう。
手嶋の態度にそれ以上の含みなんてないはずだろうに、朔はとぼとぼと席に戻ってくると小さく溜息を零して机に突っ伏してしまった。
おい、次は移動教室なんだから早く準備しろよ……。マジで不憫だな。全日本不憫選手権の代表選手みたいだ。
これが今日一日の、朔を観察した対人関係に関わる感想だった。
単純に生来の人見知りなのだろう。
そしてとにかく要領が悪い。引っ込み思案でもたついている間に話しかけてきた相手が去ってしまうようだ。
それもそのはず、朔に話しかけてきた女子二人に対しても、まったく目を合わせようとしないのだ。
話しかけられているのに俯き気味でぼそぼそと返事をするだけ。これでは会話になんてなりようがない。
孤独を愛するこじらせた思想が根付いているわけではなく、朔本人としては必死で関わりは持とうとしている。
それゆえにあまりの空回り具合が見ていて不憫さを募らせるのだが。いずれにしろ視線に怯える癖をどうにかすることが先決と思えた。
「お前の家ってどっちなんだ? 駅の方か? それとも逆か?」
放課後の校舎をさっさとあとにして校門を抜け、警戒しながらも後ろをのろのろと付いてくる朔に問いかける。
「あ、駅の、向こう側です……」
「徒歩なんだな? じゃあ、そっちの方の公園でも探すか」
「うぇ、ここ、公園、ですか……?」
「家に近い公園とかの方がお前も安心できるだろ」
交換条件でモデルをやらせているとはいえ、野生の小動物並に張り詰めた警戒心を解かないことには表情が歪んだままなのだ。これではとても撮影に及ぶ段階に達しない。
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