第19話

「おっと、すまん。話を続けよう。つまりだな、顔の写り込みを防ぎつつ全身をフレームに収めるために常にアヒル座りになっているんだ。なにか別の意図があるのかどうかまではわからんがな」

「……す、すごい考察ですね」

「そうか? 見たらだいたいわかることだぞ。あとは土岐津ときつ美沙みささんは左利きなんだろうな、いつも右手でスマホを持って撮っている。まあこれは、右手で支えて左手で操作しているだろうって前提だからな。違ってるかもしれん」

「んひっ……」

 なんとも言えない声を喉で引き攣らせて、さくは腕を身体の後ろに回して隠しながらじりじりと距離を取る。


 危機を察知した小動物が警戒モードに入ったみたいだが、どこに警戒する要素があったのかさっぱりわからない。


「とにかく、残念なのはそこなんだ。土岐津美沙さんの自撮りは、いつも同じ俯瞰画角とアヒル座りの構図になっている。それだけが本当に残念でもったいない」


 改めてスマホの画面に、土岐津美沙さんの下着姿を表示する。


 タータンチェック柄の特徴的なラグマットにアヒル座りして、お尻を突き出すように腰を反らせ流れるような曲線美をこれでもかと見せつけている。

 もう何度も目にしているのに、うっかり涎が出そうなくらい堪らない身体だ。


「……もったいない?」

「ああ、もったいない。この最高の身体をもっと別角度から、ありとあらゆる構図で撮りたい。撮りまくりたいんだ」

「別角度から、ですか……?」

「たとえばそうだな……、ベッドに横たわってもらって足元からの大胆な煽り画角にして、脚線から腰、腰から胸に向かってなだらかな山脈をイメージした流麗なラインで撮ってみたいな。うん、そうだな。よりくびれを目立たせるため腰に捻りを加えてだな、表情には気怠そうな憂いを纏わせて……。ああそうだ、やっぱり下着は邪魔だな。俺が撮るならこの際、一糸まとわぬ生まれたままの姿になってもらって――」

「やっぱり脱がせる気じゃないですかっ!?」

 歌い上げるように気持ちよく頭の中の想像を言葉にしていると、顔を完熟トマトみたいに真っ赤にした朔が抗議してくる。


「別に俺が想像の中で誰に服を脱いでもらおうが勝手だろう? それに、もうすでに下着姿の自撮りを投稿してるんだから、あと一枚脱ぐくらい問題ないだろ」

「大ありですよっ!?」

「……なんでさっきからお前がそんなに否定するんだよ?」

「あぐぅっ……、お、同じ女性として、の、意見、です……。すいません……」

 口元を歪めてひくつかせる朔が視線を彷徨わせて言い淀む。


 迷子の子供でもここまで彷徨わないだろう勢いで右往左往する視線はいつまで経っても落ち着く暇がない。


「まあ、じつは土岐津美沙さんが新しい自撮りを投稿するたびにDMは送っているんだ」

「……それは、何の目的で、ですか?」

「もちろんモデルの依頼だ。まあ、一度として既読表示にならないから読まれていないけどな。自撮り投稿に対してエロ目的のくだらねえリプライは山ほど届いてるし、おそらく出会い目的とかのDMだって掃いて捨てるほど届いてるだろう。そんなダサい連中のゴミみたいなDMに埋もれて読まれてさえいないと思うと悔しくてな……」


 エロアカウントに群がるリプライの多さは、夏の夕方に大発生する蚊柱の如く渦巻く。

 それが人気の度合いであるかのような桁違いの数になることだって珍しくない。俺のモデル依頼の真摯なDMが押し流されてしまうのも仕方ない数だ。


「も、モデルの依頼って、……さっき言ってたみたいに、脱がせるつもりですか?」

「ああ。依頼内容としてはヌード撮影だな」

「それって、えっちな目的のリプライと大差ないですよねっ!?」

「うーん、そこなんだよな。どうしてもエロ目的のしょうもないリプと同じ扱いを受けてしまうんだ。文字に真剣さと情熱を乗せることが出来ればなぁ……」

「……本気で、撮りたいんですね」

「もちろんだ。最高の身体が、最高のままでいてくれる期間は長くないからな」

「どういうことですか?」

「俺もお前も、人はみんな成長するだろ。この土岐津美沙さんはおそらく未成年の学生だ、体型が物語っている。高校生、もしかすると中学生か……、まさか早熟な小学生ってことはないだろうが……」

「……くっ、……幼児体型、ですもんね」

 青ざめた表情で呪詛の言葉みたいに吐き捨て、朔はどういうわけかキツく唇を噛む。


「そこで、お前だ」

「……はい?」

「どうして自分を撮りたいのかって聞いてきただろ? お前をモデルに選んだ理由は、この最高の身体の持ち主である土岐津美沙さんの体型と限りなく似てるからだ」

 俺の断言を受けた朔は、弾かれたようにビクンッと背筋を伸ばして、途端に小刻みに震えながら身体を両手で抱き締める。


「にっ、にににっ、似てませんよ……?」

「いいや、似ている。そっくりだ。俺の目は誤魔化せねえ。着衣の上からでもはっきりわかる、お前の薄い身体とちいさなおっぱい――」

「ちいさくて悪かったですねっ! 最悪な眼差しなんですけどっ!? いやらしい目で見ないでくださいっ!!」

 両手で押し潰すみたいに胸を覆い隠して身を伏せながら朔が吠える。


「おいおい、そんな体勢だとただでさえちいさいおっぱいが押し潰されてダメージが蓄積するぞ? 小振りなんだから形を整えて維持する意味でもきちんと背筋を伸ばしてろよ」

「ほぉ、ほっといてくださいっ! ちいさいだの小振りだのって何度も言わないでくださいっ、いやらしいっ!」

「いやらしくなんてねえ。その儚げな流線型は絶大な美しさだ。裸婦の絵画をエロい目で見ようとしてるのと同じ冒涜だ」

「……なんか、難しいこと言って誤魔化そうとしてませんか?」

 訝しげに眉根を寄せて朔が俺を凝視してくる。

 

「誤魔化してなんてねえ。今朝からずっと言ってるだろ、剥き出しのお前を撮るって」

「だから裸ってことじゃないですかっ!? 少しは誤魔化してくださいっ!?」

「どうしろってんだよ、うるせえな……。じゃあチラッとでいいから見せてみろよ。あまりに理想とかけ離れてたら諦めてやるから」

「チラッとって、なにを見せるんですか……?」

「おっぱいだよ」

「いいっ、嫌ですよっ!? どうして裸を諦めてもらうためにおっぱいを見せなきゃいけないんですかっ!?」

「実物を見てみないと理想通りかどうかわからねえだろ」

「たったいま着衣の上からでもわかるって言ったばかりじゃないですか!」

「事前確認が出来るならそれに越したことはねえだろ。お互いのためだ。ほら、裸にまでならなくていいからシャツたくし上げて、おっぱいだけ見せてみろよ」

「ひいぃぃ、嫌ああぁぁっ、ううわあぁああぁぁ~~~~んっ!!」


 俺が伸ばした腕を渾身の力で払い除け、顔全体を歪ませ半泣きになりながら、朔は立ち上がるなり転げ落ちそうな勢いで階段を駆け降り逃げて行ってしまった。


 それを待ち構えていたかのようなタイミングで昼休憩の終わりを告げる予鈴が鳴り響き始めた。


 ちくしょう、購買で惣菜パン買う時間さえなくなってしまった。朔のおっぱいの確認も出来なかったし、踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだな。



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