第18話
「よし、まあいい。話を戻すが
「す、すごい惚れ惚れとした表情で眺めてますね……」
「当然だろう! 彼女のこの身体は俺の理想そのものだからなっ!」
自分のスマホに表示させた土岐津美沙さんの下着姿を神々しく掲げる俺の姿を、頬を引き攣らせながら
露骨に首を捻ってぎこちなく視線を逸らす朔を追って、よりよく見えるように下着姿の画像を押し付けてやる。
「あ、あの、近い、です……。あ、圧が……」
「うるせえっ、お前が聞いてきたんだろ、ほらもっとよく見ろ。このスレンダーで流線型なボディライン。全体的にほっそりとしていて庇護欲をそそる折れそうなくらい華奢な体付きに、真っ白で透けるみたいなこの肌を見ろっ。スマホの自撮りできめ細やかな肌の質感が撮れてるってことは実物の美しさは画像の比じゃねえはずだ。これはもう神が作り出した美の化身と言っても過言じゃねえ!」
「い、いやでも……、ぶ、ブスかも、しれないじゃないですか……?」
イヤイヤをする子供みたいに顔を背け続けながら苦し紛れに朔が指摘する。
土岐津美沙さんの投稿は、当たり前だが身バレを防ぐために顔が映り込まない画角での自撮りだった。
加工などで消しているのではなく、首から上をフレームに収めずそもそも写り込ませない徹底ぶりだった。
「ふっ……、わかってねえな。こんな綺麗な肌をした女性が顔面だけ手入れを怠っているわけがないだろう。そりゃあもちろん好みの差はある。人によっては好きとは言いがたい造形かもしれないだろう。だが違うんだ。顔の造形の善し悪しなんてものは表情でまるっきり変わる。女はいつだって顔の造形自体を気にするが重要なのはそこじゃねえ。笑顔だったり泣き顔だったり、表情が与える印象の力は造形なんて気にならなくなる力を持っているんだっ!」
「あ、圧もですけど、すごい語りますね……。けど、その人、ちょっと身体が幼いっていうか……、胸も小さいですし――」
「そうっ! そこだ。そこなんだっ!」
「あれ、余計なこと言っちゃいました……?」
「この土岐津美沙さん、俺のヴィーナスが最高に美の化身たる所以は、なによりこの小振りなおっぱいだっ!」
ドンッ! とデカい効果音を背負う勢いで俺は語気を強める。
「……小振りな、おっぱい?」
「そうだ。この控え目で、とにかく主張の少ないおっぱいが最高に良い。くびれた腰からブラの下に少しだけ浮き出たあばら骨が、とにかく華奢な女性らしさを醸し出して視線を縫い付けるんだ。そしてブラで隠されてはいるものの、このわずかばかりの膨らみ。じつに素晴らしい! 現代の平均値からいえば小さいとまで言われるだろうサイズなんだが、まるでないわけじゃない、あるにはあるんだ。この絶妙な匙加減っ! 幼さといやらしさの、ちょうど合間に位置して危うい均衡を保っているみたいな、わずかばかりの膨らみ。こんなのはもはや、見てくれっ、凝視してくれって言ってるようなもの――」
「言ってませんよっ!?」
ついつい説明に熱が入って興奮を抑えられなくなり、俺はいつの間にか朔に覆い被さる勢いで身を乗り出していた。
俺の肩を両手で押し返してくる朔は、真っ赤に顔を染めて下唇を噛み締めながら落ち着きなく視線を泳がせまくっていた。
「あ、ああ、悪い。俺としたことが興奮して我を忘れてしまった。ふぅ……」
ゆっくり深呼吸しながら座り直す。
俺としたことが土岐津美沙さんのこととなると興奮が抑えられなくなってしまう。まったく罪深い女神様だぜ……。
「そんなに……、その、自撮りの人が、好みなんですか……?」
「ああ好きだ、好きすぎる。最高だ。そもそもこの土岐津美沙さんのアカウントは俺のタイムラインにたまたま拡散されて流れてきたんだ。いわゆるエロアカウントって位置付けになるからフォロワー数は相当多いんだが、土岐津美沙さんの方からのフォロー数はゼロ。つまりSNSとして交流することを目的としてないし、会員制の有料サイトへの誘導をしているわけでもない。単純に自分の下着姿を見てもらうことだけが目的なんだ」
「そ、そう、なん、ですね……」
「ああ。ただな、一点だけ残念なところがあるんだ」
「残念なところ……?」
「そうだ。ほら、もう一度よく見てみろ――」
「いや、あの……」
俺は改めてスマホを朔の眼前に押し付ける。しかし朔は上体を仰け反らせて顔を背け、まるで直視しようとしない。
「おい、ちゃんと見ろよ?」
「あ、あぅ、み、見ました、もう見ましたから……」
「そうか。次はこれだ」
続いて、いまの投稿よりも前に投稿された土岐津美沙さんの自撮りを表示し、再び朔の眼前に押し付ける。
「……わ、わかりましたから、ぃや、やめて、ください……」
「ちゃんと見たか? だったらわかるだろ?」
「……えっ、何がですか?」
「わかってねえじゃねえか。仕方ねえな、ちょっと待て。ええっと……、これより前の投稿はっと――」
「みっ、見せなくて良いので教えてくださいっ」
スマホをフリックする俺の指を遮るように朔がわたわたと手を振って声を上げる。
「画角と構図がほとんど同じなんだ」
「がかくとこうず……?」
「土岐津美沙さんの自撮りは、顔が写り込まないように首から下だけを自撮りしている。身バレを防ぐためには当然だが、そうすると必然的に『俯瞰画角』になる」
俺は説明しながら自分のスマホを顔より高い位置に掲げて見せながら続ける。
「俯瞰画角で首から下の全身を入れるとなると必然的に座った姿勢、アヒル座りになる。アヒル座りってわかるか? ぺたん座りとかって言い方もある、正座の形から両脚をハの字に開いてお尻を床につける座り方だ」
「その座り方が、残念なんですか……?」
「いや違う。アヒル座りはじつにいい。腰のくびれからお尻の丸み、そこから流れるような脚線まで全てが一度に堪能できる。女性らしく美しい身体のラインを余すことなく現した最高と言い切っても過言じゃない座り方なんだフフフフフフ……」
「わ、わかりました、近いです……、ああ、圧が……」
気が付いたら朔が両手で俺を押し返していた。
説明に熱が入ってまた覆い被さろうとしていたらしい。
自分の好きなものを語り始めるとすぐに興奮して周りが見えなくなってしまうのは俺の悪い癖だな。いかんいかん。
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