第17話

「……す、すみません」

 そんな俺の熱い視線にハッと気が付いたさくは愕然として表情を青ざめさせ、膝に置いていた弁当を献上するみたいにそろそろと頭上に掲げて謝ってくる。


 夢中で箸を運び続けた結果、隣に座った俺の存在さえも忘れて弁当の中身をあらかた平らげていた。どこが小食なんだよ、腹ぺこじゃねえか。


「美味かったか?」

「は、はい……。美味しすぎて、半分どころかほとんど食べてしまって……。べ、弁償しますっ! お、おお、お金で弁償しますから、無理やり脱がすのだけは……っ! あ、あれ、お財布……、待ってくださいっ、すぐに出しますからっ!」

 制服のポケットを慌てながらまさぐっておろおろと財布を取り出そうとするが見つからず、小刻みに震えながらあわあわと唇を歪ませる。


 つい先ほど覗かせていた無意識の可愛さは消え失せ、もはや見慣れてしまった怯え顔に逆戻りしてしまう。


「だから無理やり脱がしたりしねえって。美味かったんなら良かった、姉貴に伝えといてやるよ」


 作ってもらっておいて偉そうだろうが、普段は小恥ずかしいし癪だから姉貴に美味しいなどと言ったことはない。

 母親ヅラして馬鹿にするみたいにニマニマ薄ら笑いを浮かべるに決まってるからだ。朔の感想として伝える分には、まあ俺にダメージはないからな。


 やれやれ、ほぼ完食されたから俺の昼飯がなくなってしまった。購買に惣菜パンでも残っていれば良いが期待は薄いだろう。昼過ぎの購買はいつだって兵どもが夢の跡みたいな焼け野原状態だからな。


「……あの、聞いても、いいですか?」

 図らずも満腹になって気持ちに余裕でも出来たのか、遠慮がちにではあったが朔が小声で訊ねてきた。


「うん? なんだ?」

「どうして、私なんかを撮りたいんですか……?」

 躊躇いながら怯えて震える眼差しを寄越す。


 問われたことで改めて、隣で身を竦ませている朔の身体をじっくりと舐めるように視線を這わせる。

 ねっとりとしていただろう俺の視線にやがて我慢できなくなったのか、朔はもじもじと身体をくねらせながらお尻をずらしてわずかに距離を取る。


「そんな警戒するなよ」

「うっ……、無言の圧が強すぎて……。す、すみません……」

「で、お前を撮りたい理由、だったな?」

「……はい」

「簡単なことだ。お前の身体、いわゆる体型が俺の理想に近いからだ」

「――ひいぃぃぃぃっ!?」

 俺の答えを聞くやいなや、朔は律儀すぎる反応で距離を取って背中を壁に押し付ける。ホラー映画で殺人鬼に追い詰められた被害者みたいな態度だった。


「いや、だから――」

「ちっ、近寄らないでくださいっ! 油断した私が馬鹿でしたっ、やっぱり私の身体が目当てだったんですねっ!?」

「違う。……いや、断言出来るほど違うわけじゃないんだが――」

「せめて嘘でも良いからそこは断言してくださいよっ!?」

「うーん……、仕方ない。埒があかねえから見せてやる。これだ」


 朔を撮りたい理由は説明したとおり身体が目当てだ。それ以上でもなければそれ以下でもない。


 ただ、朔の身体を目当てにする理由は別に存在する。


 勿体付けているわけではないし隠しているつもりもない。それでも当の朔が知りたいのなら教えるのもやぶさかではない。


 俺はポケットからスマホを取り出して目的の画面を表示させ、愕然としたまま怯えている朔に向かってかざしてみせる。


「……えっ、なん、ですか、……それ?」

 スマホの画面を警戒しながら目を細めて睨み付け、訝しそうに朔が問い掛けてくる。


 眼鏡はしていないので視力が悪いわけではないのだろうが、画面に表示された画像の意味が理解できないでいるのだろう。


 俺のかざしたスマホの画面には、下着姿で自撮りしている女性の画像が表示されていた。


「これは、『土岐津ときつ美沙みさ』さんのアカウントだ。彼女はこのアカウントで定期的に魅惑の下着姿を自撮りして投稿している俺のヴィーナスだ」

「――ヴォエッ!!」

「うぉおいっ!?」

 訝しげな視線を瞬時に歪めたと同時に、あろうことか俺のスマホに向かって嘔吐いてきやがった。


 なんなんだこいつ、いやマジで。

 せっかくたらふく食った弁当を全部リバースするつもりなのか? 仮にそういう特殊な性癖だったとしても余所でやれよ……。


「お前が聞いてきたから教えてやったのに、前触れもなく吐きそうになるとか土岐津美沙さんに失礼だろ! あと俺のスマホに吐瀉物をぶっかけようとするな!?」

「うぇっ、す、すいません、いきなりだったから、つい……」

 青ざめた表情で視線を逸らせながら朔が弱々しく返事をしつつ口元を拭う。


 やはり同じ女性とはいえ、いや同じ女性だからこそ、同性の下着姿には抵抗があるものなのだろうか。

 試しに男のパンツ一丁姿をいきなり眼前に突き付けられる想像をしてみる。


 ……うん、……うーん。


 まあ、見られないってほどではないが、趣深いものでもないとしか感想がない。履いているからといって安心出来るものでもないし、とりあえず自主的に見たいものでもないな。




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