第12話

「……モデルの服を脱がせてヌード撮ってた親父が心を語るのかよ」

 悔し紛れに俺の口を突いて出て来たセリフは、自尊心を必死で守るためとは思えないほど弱々しい呟きになってしまった。


 フォトグラファー時代の親父は雑誌のモデル撮影を主に行っていたのだが、いわゆる写真集の撮影依頼も少なからずあった。腕の良さが業界でも評判だったのだから当然だろう。


 そして、そんな撮影依頼の中にはヌード写真もあった。


 親父が撮影したヌード写真集が発売された際、現物が自宅に送られてくるので何度か目にしていた。

 内容については芸術作品として鑑賞はした。身内贔屓ではないが、モデルの美しさも相まって素晴らしいと純粋に思えた。そう、あくまで純粋にだ。


 そんなヌード写真について、ごく単純にお互いに仕事だから撮影を行っていると思っていた。

 世の中は、需要があるから供給が生まれているのだ。ヌードを見たい需要があるから供給されているに過ぎない。そこに供給する側の気持ちなんて皆無だと思っていた。

 極端に言えば、嫌々ヌードになっているモデルの方が多いくらいに考えていた。

 誰だって自らの恥部を晒さずに済むなら、わざわざ恥を忍ぶ選択肢を選んだりはしないはずだ。


真影まかげ、お前は大きな勘違いをしている。ヌードは俺が指示して脱がせているんじゃない。モデルが自らの意思で脱いでいるんだ」

 どこかの政治家を揶揄する有名な構文みたいな言い回しで語った親父は、微塵も冗談を言っている様子もなく、逆にこちらが身構えてしまいそうな真顔だった。


「……なにが違うんだよ?」

「まったく違う。俺がこれまでヌードを撮ってきたモデルたちは、みんなそれが仕事だから脱いでいると思ってるだろう?」

「……ああ、思ってる」


 頷きは小さくなってしまったが、その通りだ。

 仕事だから、そこに金銭だったり報酬が発生するから服を脱いで撮影に及んでいるに決まっている。

 むしろ、それ以外にどんな理由があってヌードになるというのだろうか。


「もちろん仕事として脱ぐ、脱ぐことになったモデルだって少なからずいる。それは否定できないし、モデル側の事情の全てを聞かされているわけじゃないから、中には嫌々だったり渋々ヌードになる選択をしたモデルもいたかもしれない」

 大きく一つ息を吐き、入念な前置きを踏まえて親父が続ける。


「ヌード撮影と初めからわかっている場合でも、俺は一度として服を脱ぐことを指示したことはない。まずは普通に着衣のまま撮影することから始めるんだ」

「緊張を解すため、ってやつだろ」

「そうだ。もっと言えばレンズを通して会話しているんだ」

「……抽象的だな。それも含めて仕事だからだろ?」

「ふむ、もちろん仕事だな、間違いない。……じゃあ、これはその仕事として顧客であるモデルと依頼主との契約だから本来は口外出来ないんだが、秘密は守れるか?」 

「なんだよ、もったいぶった前置きだな……。守れるよ」

「俺がこれまでに撮ってきたモデルの中には、写真集に収録していないだけで撮影時にはヌードを撮っているモデルが何人もいる。お前でも知っている有名な女優だったり、国民的なんて呼ばれるアイドルだったりだ」

「……は? 勝手に撮ったのかよ?」


 親父の言葉に耳を疑ってしまった。

 具体的な個人名は出さなかったがこれまでに親父が撮ってきたモデルの中には、日本人なら知らない人のほうが圧倒的に少ないだろう有名人が軒を連ねていたからだ。


「どうやってヌードを勝手に撮るんだバカ。本来であれば撮る予定のなかったヌードになったんだ。当然、モデル本人の意思でな」

 呆れた口調で言い切る親父の言葉がにわかには信じられなかった。


 ヌードになる予定がなかったのにモデルが自分の意思で服を脱ぐだなんて、いったい何の得があってそんな行動を起こすのだろうか。


「そんなの――」

「何の得があるんだって言いたいんだろう?」

 いちいち先回りして俺の顔色から的確に疑問点を言い当ててくる。眉をしかめて睨み返しながら頷く。


「事前に予定していたものを撮るだけが仕事じゃない。フォトグラファーの神髄は服を脱がせることじゃなく、ファインダーとレンズを通してモデルの心を裸にすることこそが仕事だ。さっきも言ったがシャッターなんかは誰が切っても同じだ」

「モデルの、心を、裸に……?」

「そうだ。モデルの心を解きほぐすことで信頼関係が生まれて、やっと全てをさらけ出してくれるんだ。ヌードっていうのはな、モデルの服を脱がせてるんじゃない。心を剥き出しにさせているんだ。それこそが本当の丸裸、最高のヌードだ。良い写真は俺の技術だけで完成しているわけじゃない。モデルとフォトグラファーの心が重なり合って生まれる合作だ。出来の善し悪しなんてものは、お高くとまった批評家が付け足してくるだけだ」

「心を剥き出しに……」

「まあヌードについては完全に俺の持論だが、笑顔を引き出すのも同じことだぞ」


 圧倒されて壊れたおもちゃみたいにオウム返ししていた俺を改めて見据え、

「この子は、お前に対して全く心を開いていない。それを無理やり笑顔にさせようとしたことがはっきり伝わってくる」

 タブレットに写ったさくの顔をトントンと指先で叩いて示す。




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