第10話
投げ捨てるくらいのつもりだったとはいえ結果的に特選を受賞した、
俺の自宅は祖父の代から続く
その名の通り、何のひねりもない街の写真館だ。
現在は親父が二代目として跡を継いでいるのだが、元々はファッション雑誌等で人物撮りを専門としていた。
しかも業界ではそれなりに腕の良さで名が知れ渡っていて、モデル側から指名がかかる実力を持ったフォトグラファーだった。
深瀬寫眞館を創業した爺さんには悪いが、潰れかけだったと言ってまったく差し支えない街の写真館の二代目として継ぐことを決めたのだ。いったいどんな気の迷いで、順風満帆だったはずのフォトグラファー業をかなぐり捨てたのかさっぱり理解できない。
まあ、そんな親父の奇行はどうでもいい。むしろ親父のフォトグラファー時代の噂を聞きつけて、わざわざ遠方からうちの写真館まで足を運んで記念写真を撮ってもらう客が増えたくらいだ。
店舗としての経営実態までは詳しく知らないが、爺さんが経営していた頃よりはずっと立て直しているのは間違いないだろう。
そんな環境にあったことから俺は幼い頃からカメラに触れる機会が多かった。
写真というものがごく身近にあった。撮影に関わるありとあらゆる機材がすぐ側にあることが普通だった。
小学生に上がってすぐの頃の誕生日プレゼントがトイカメラだった。嬉しがってやたらとシャッターを切っておもちゃ代わりに遊んでいた。
そして中学に上がったときにプレゼントというわけではなかったが、親父からお下がりのデジタル一眼レフを譲り受けた。俺の写真に対する意識が明確に変わったのは、間違いなくこの時からだった。
お下がりの型落ちとはいえ、曲がりなりにもプロのフォトグラファーが実際に使っていた上等なカメラだ。仮に中古で探したとしても学生が安易に手に出来る代物ではない。
あとから知ったのだが実際は、親父が同じ機種の最新モデルのカメラに買い換えたので余った予備機が譲られただけだった。
だが、それでも舞い上がりそうなほど嬉しかった。事実、当時の俺は手にしたカメラを頭上に掲げて小躍りした。あの姿だけは誰にも見せられない。
そんなこみ上げてくる喜びと同じだけ、ヒリヒリとした緊張感に身が引き締まる思いだった。そもそも身に余るほどのカメラなのだ。
これによって出来の悪い写真をカメラのせいにすることは出来なくなった。耳なじみの良い安易な退路を断たれたのだ。武者震いを噛みしめながら、宝の持ち腐れとだけは言われないように良い写真を撮ろうと固く胸に誓ったのだ。
しかし俺の通っていた中学校には写真部的な部活動がなく、クラスメイトにも写真を趣味にしている者はいなかった。そのため必然的に一人きりでも撮影に支障のない風景写真ばかりを撮るようになった。
そして中学二年の時に、俺は中高生を対象としたフォトコンテストで佳作に選ばれた。燃えるような赤色を敷き詰めた、彼岸花の群生地を雨の日に撮った写真だった。
「うん、おめでとう。いい写真だ。じゃあ次は、人物を撮ってみろ」
佳作とはいえ褒められたいと思ってしまうのが人情というものだ。それなのに実にあっさりとした祝いの言葉もそこそこに、親父は自分でトレードマークだと言い張っている顎髭を撫でながらそう言ってきた。無精髭にしか見えないが言うと怒るので黙っている。
それはともかく、一線を退いて街の写真館を継いだとはいえ親父はとにもかくにも人物撮り専門のフォトグラファーなのだ。風景ではなく、人物を撮らないと認めないのだ。
額に入れてリビングに飾ろうとまでしないものの、もう少しくらいは褒めてもらえると思っていた俺は、静かに憤慨した。自室にこもって無言で枕を殴るくらいには腹が立って仕方なかった。
なので、隣に住んでいる幼馴染みの
コンビニ行こうぜ、くらいの感覚で軽くモデルを頼める知り合いが他にいなかったのが一番の理由だったが、
「……もぉー、しょーがないわねぇーっ!」
癖なのだろう腕組みで顔を赤くして視線を逸らしながら了承してくれた。
熱でもあったのかもしれないが了承されればこっちのものだ。おそらくガキの頃から遊び感覚でトイカメラを使って撮っていたこともあり抵抗は少なかったのだろう。
いろいろと思い付く限りのポーズを頼んだ。
冷静に考えて、なかなかきわどいとも思える体勢にもなってもらった。
指示してすぐは不満げに愚痴って嫌がるのだが、ちょっと褒めそやしてやるだけで最終的には撮らせてくれた。
朋華はチョロい奴だった。将来、悪い男に騙されたりしなければいいなと思いつつ黙ってシャッターを切った。
そんな調子で来る日も来る日も暇さえあれば朋華のことを撮りまくって、そして飽きた。
中学二年生の一年間という期間で、朋華がだんだんと俺の理想から遠退いていったのだ。
具体的に言うと、朋華のおっぱいが急激に成長したのだ。
俺はおっぱいのデカい女が好きじゃない。
誤解のないように言わせてもらうと、それはあくまで撮影モデルとしての話だ。健康的な男子と同じくらいにはおっぱいに興味はある。男子だもの、当然だろう。
これは完全に俺の持論だが、撮影モデルとして見た場合にやたらとデカいおっぱいはじつにバランスが悪い。
実際はそれでもバランス良く撮影するのがフォトグラファーの技術なのだろうが、俺はばっちり棚に上げてモデルのせいにした。
「なあ朋華……、最近特に目立ってきたこの、だらしないおっぱいは引っ込めたり出来ねえのか……?」
溜息混じりに邪魔としか思えない朋華の膨らみを指先で押しながら言ったところ、手を払い除けられると同時にビンタされた。
あまりに思いがけない言葉で気を悪くしたのか知らないが、それからしばらくは声をかけても無視されてしまった。
しかし、おっぱいが理想から外れてしまった朋華をこれ以上モデルにしてもこちらの気分が乗らない。なので別のモデルを探すことにした。
そして中学三年生の一年間は学校中の女子にモデルの依頼をして回った。いや、学校中というのは語弊がある。正確には、俺の理想の体型に近しい女子にだけ声をかけまくった。
要するに小ぶりなおっぱいの持ち主とおぼしき、細身な女子に対してモデルの依頼をして回ったのだ。
「俺は
きちんと数えてはいなかったが、およそ二十人目くらいの女子に声をかけたところで生徒指導の教師に捕まりこってりと説教された。
結局、朋華以外の女子からモデルを引き受けてもらえることなく卒業を迎えて高校生になった。
そして入学後即、めぼしい体型の女子に再び依頼をかけまくった。
だが、どこからかヌードを撮ろうとする変態として噂が広まってしまい耳を貸してくれる女子がいなくなってしまった。
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