第8話
「ほら、わかっただろ
「なんでわざわざ言い直して間違えてんのよ!?」
「朋華とゴリラって字面と響きが似てるんだよ、紛らわしいな」
「一文字たりとも掠りもしてないけど!?」
「あ、あの……」
俺のジョークに飽きもせずいちいち食ってかかってくる朋華の大声にビクつきながら、ごく控えめに
「お、どうした? 月見里もゴリラと朋華が似てるって思うだろ?」
「ちっ、違いますっ! 本当ですっ、すみませんすみませんっ!」
小さく掲げた手をぶんぶんと顔の前で振って朋華に謝る。そんなに必死に謝ると本当はゴリラに似てるって思ってるみたいに見えるぞ?
声をうわずらせながらひとしきり朋華への謝罪を繰り返した月見里は、いったん呼吸を整えるように胸に手を添えて、
「えっと……、お二人はとても仲が良いんですから、モデルだったら
チラチラと朋華の顔色を伺いながら消え入りそうな声でそんな提案をしてきた。
「え、あー、そうかな? いやまあね、真影が改めてどうしてもって言うなら――」
「朋華はもう散々撮ってきて飽きたんだ」
ついさっきまで鬼気迫る表情で声を荒げていた朋華がによによと表情を緩めて俺を見下ろす。なので、きっぱりと語尾を遮って断ってやった。
「散々撮った……? 以前は綾野さんをモデルに撮ってたんですか……?」
「ああ、中学生の頃にな」
「中学生……、お二人は、同じ中学校だったんですか……?」
「そうだ。中学校どころか朋華は保育園からずっと一緒の幼馴染みってやつだ。不本意ながらな……」
「なんで不本意なのよっ! 不本意なのはこっちだって同じよっ!」
秒で反応を示して朋華が俺の肩を小突く。
そうやってすぐに暴力を振るうから不本意なんだ。それに朋華も不本意ならわざわざ付いてきて俺の撮影の邪魔すんなよ……。
「とにかく朋華はもうモデルとして成立しねえんだ。見ろ」
小突かれた肩をさすりながら俺は朋華を指差す。
「……え、なんですか?」
「朋華のこの姿を見たらわかるだろ?」
腕組みして俺を見下ろして睨んでくる朋華を指し示してやっているのに、察しが悪いのか月見里は首を傾げて困惑の表情を浮かべる。
「あ、綾野さんの、姿、ですか……?」
「わかんねえか? 見ろこの無駄に育ったふてぶてしい胸を。そのうえ態度に比例したみたいなデカい尻。中学生になった途端に急激に成長しやがって、どこにでもいるありふれたつまらねえ身体になりやがっ――いってぇっ!?」
朋華の胸から尻を指差して溜息交じりに説明している最中に、頭上から固く握りしめられた拳を落とされた。要するにグーで殴られた。
「つまらない身体で悪かったわねっ!? こっちだって好きで育ってるんじゃないわよ!!」
「そ、そうです! 育ちたいのにぜんぜん育ってくれない人だっているんですっ!!」
俺に殴りかかってきた朋華はともかく、そんな朋華に負けず劣らずの声を張り上げて月見里まで立ち上がって抗議してくる。
なんだこれ、まるで方向性の異なる二つの地雷を同時に踏み抜いたのか?
「あたしだって、もっとスラッとした痩せ型スレンダー体型になろうと日々ダイエットしてんのよ! それなのにどんどんブラのサイズだって合わなくなっていって、これ以上なにをどーしろってのよっ!!」
「うっ、羨ましいですっ! 私なんていくら食べても体重も胸もぜんぜん増えないんですよっ! もっと綾野さんみたいに大きなおっぱいになりたいのにっ!!」
二人に揃って覆い被さる勢いで詰め寄られ、さすがの俺もたじろいでしまう。
「そ、そうか、お前らのおっぱい事情はよくわかった。各々努力を続けてくれ……」
仰け反りながら二人を宥める。お互いに無い物ねだりしてるってことみたいだな。朋華に至っては無いわけじゃないから意味が違うのか? まあ、どうでもいいか。
「ていうか月見里さん、食べても太らないの? どんな魔法使ってるの……?」
「あ、綾野さんも、どんな裏技でおっぱい大きくしてるんですか……?」
「あたしはお母さんがおっきいから遺伝もあるかも……。ていうか、その綾野さんって呼ばれるの、なんだかくすぐったくて慣れないから朋華って呼んでよ。あたしも月見里さんのこと
「えぅっ、そ、そんな、綾野さんのこと呼び捨てだなんて、恐れ多いです……」
「恐れ多いって別にそんなことないよ? みんなそう呼んでるし」
「そうだぞ朔。たかが朋華の名前なんざ噛み終えたガムを吐き捨てるくらいの感覚で適当に呼べばいいぞ」
「なんで
あんまり朔が恐縮した様子で肩をすぼめるから名前呼びに慣れさせようとしたのに、朋華に鼻先をビシッと指差されて怒鳴られてしまう。人のこと指差すんじゃねえよ。
「なんでって、名前で呼び合う流れだったじゃねえか……」
「あたしと朔ちゃんがね! ガールズトークの間にしれっと挟まってくんなっ!」
「俺のことを百合の間に挟まろうとする汚いおっさんみたいに言うな」
「あたしの名前をたかが呼ばわりした口でなに言ってんの!?」
「ああ、うるせえな……。おい、朔。そろそろ撮影の続きをさせろ」
「ひぅっ、……は、はいぃ」
いちいち言い返さないと気が済まない朋華を片手であしらって、俺は改めてベンチに座るように顎で指示を飛ばす。
朔は朔でいちいちビクンと怯えた反応を見せ、それでも足を引き摺るようにしてベンチによろよろと腰を下ろす。
「さらっと名前呼びを定着させて……、まったく……」
ファインダーを覗き込んでピント調整する俺の側で朋華がぶつぶつと恨みがましく呟いていたが、もうこれ以上は取り合っている暇はない。
なにしろ放課後ということもあり、ごく自然なことだがどんどん太陽が傾いていくのだ。
太陽が傾けばベンチにかかっている木陰も変化していく。つまり時間をかければかけるほど、俺が頭の中で想い描いていたポートレートからかけ離れてしまうのだ。
「……いや、だから、笑えよ? なんでそんな、この世の終わりを目の当たりにしたみたいに顔全体を強張らせてんだよ?」
「そ、そそっ、そんなつもりは……」
刻一刻と太陽は傾き続けミズナラの木陰はだんだんと長く伸びていく。
朔の顔にかかる光と影のコントラストも、俺が最初に狙いを定めた構図からはほど遠い有様になってしまっている。
「チッ、せっかく整った顔立ちしてんだから一瞬で良いからパッと笑顔を作れよ。そんな難しいことじゃねえだろ……」
「ひぃ、ご、ごめんなさいぃぃ……」
傾いていく太陽をチラリと睨み付け、固まった表情がまるで変化しない朔に苛立って舌打ちを零してしまった。
そんなつもりはなかったのに朔は首でも絞められているみたいに苦悶の表情を浮かべて固まってしまう。
ダメだ、ふりだしに戻ったどころか最初より悪くなってしまった。
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