第7話
俺は基本的にいつも一眼レフカメラを持ち歩いている。
さすがに学校に着いて授業を受けている間はカメラバッグに片付けているが、それ以外の通学中や昼休憩などのまとまった時間には必ず取り出しボディに触れている。
いついかなるタイミングで訪れるかわからない撮影の瞬間を虎視眈々と狙っているというより、もはや癖といったほうが正しかった。
手が寂しいとでも言えばいいだろうか、カメラに触れていないと落ち着かないのだ。それくらいには俺にとってカメラは身体の一部と言っても過言じゃない存在となっていた。
なので当然ながら今日だって肌身離さず持ってきている。つまり、
「……ここで撮るんですか?」
本日最後の授業終了を告げるチャイムが鳴り響くと同時に、俺は月見里を連れて中庭のベンチにやって来た。
「ああ。昼休憩には弁当食ったりしてる生徒が割と多いんだが、放課後は見ての通りほとんど人影がなくなる。あとはやっぱり、この立派なミズナラの木だな」
校内のどれくらいの生徒にミズナラとして認識されているかは甚だ疑問だが、大きく広がった枝ぶりはじつに見事だ。
おそらく我が校の開校当時からここに立っているのだろう。今日一日、授業をほとんど疎かにしながらどこで月見里を撮るかずっと考え、新緑の時期を迎えたミズナラの木陰でポートレートを狙うことにしたのだ。
「
拍子抜けしたように辺りを見回しながら呟いたのは
どういうつもりか知らないが月見里の隣をがっちりキープして中庭まで付いて来やがったのだ。
「なんで朋華まで付いて来てんだ? どんぐり拾いに来たんだったら秋まで待てよ」
「高校生にもなってどんぐりなんか拾うわけないでしょ!」
「だったらここに何の用があるんだ?」
「月見里さんにおかしな注文付けていかがわしいポーズ取らせたりしないか見張るために決まってるでしょ!」
「あのなあ……、そういうのは最終的にさせることなんだ。いきなりそんなポーズを要求するわけねえだろ……」
「いや否定しなさいよっ!?」
俺と朋華の無益なやりとりを、すぐ側で背中を丸めて縮こまった月見里がおろおろしながら不安げな眼差しを寄越してくる。
「あー、ほら見ろ、朋華のデカい声のせいで月見里が怯えてるだろ。もっとお淑やかヤンキーキャラを確立させろよ」
「だからヤンキーじゃないって言ってるでしょ!? 月見里さん安心して。あたしが付いてれば真影におかしなことはさせないからね」
「ひっ、なにが目的なんですか……? 私、本当に今日は持ち合わせがないんです、本当ですジャンプします、ほらっ」
説得するように月見里の顔を見つめる朋華にガンと飛ばされているとでも勘違いしたのだろう、唇を震わせながらその場でぴょんぴょん跳びはねる。
ポケットに小銭が入ってないことを示しているのだろうが、カツアゲされるのにこんなに慣れてる女を初めて目にして驚愕してしまった。あまりにも不憫だ……。
「いや違うからね!? ちょっと、真影が変な冗談言うから月見里さんが真に受けちゃってるでしょ! もうわかったからとりあえずジャンプ止めて?」
無我夢中で必死に飛び跳ねる月見里の姿はマサイ族のジャンプを彷彿として見えた。おどおどとして小さく震えてばかりいるわりに意外と動ける陰キャなのかもしれない。
「よし、お前のジャンプ力はよくわかった。そろそろ撮影を始めよう」
息を弾ませながらぴょんぴょん跳びはね続ける月見里を手のひらで制し、俺は側のベンチを指し示す。
ちょうど太陽の傾きでベンチに木陰が出来ている。薄い雲がかかって日差しも強すぎないおかげでタイミングとしては申し分ない。
「……こ、ここに座れば良いんですか?」
「ああ、そうだ。自然な感じでリラックスしてろ」
指示を出しながらバッグから愛機の一眼レフカメラを取り出し、レンズカバーを外してショルダーストラップに腕を通す。
ファインダーを覗き込みベンチに座った月見里に狙いを定め、画角を微調整するためジリジリとにじり寄るみたいに立ち位置を変える。
被写体である月見里にピントを合わせたまま背景が最も理想的に美しくぼける位置を探して動いているだけなのだが、ベンチに腰を下ろした月見里はひどく怯えたように表情を引き攣らせていた。
自然な感じと指示したのに、証明写真でも撮られるみたいにカチカチに固まって細い顎先だけを震わせている。
「おい、笑えよ」
「ひぃ……、む、無理ですぅ……、モデルなんてしたことないんですから……」
ファインダー越しにピントを合わせたままの月見里は俺の声にビクッと肩をすぼめて、石膏像みたいにますますカチカチになってしまう。
まるでスナイパーライフルのスコープで標的を捕らえている気分だ。まあ、気持ちとしてはそれくらいの意気込みで狙っているのでそこまで間違ってはいないのだが。
「チッ……、おい朋華、ぼーっと立ってないで渾身の変顔でもお見舞いしてやれ。こってり濃い味なやつな。よしっ、ぶちかませ」
「するわけないでしょ!?」
写り込まないように気を遣ってなのだろう、俺のやや後方に立って腕組みして撮影を眺めていた朋華に協力を仰ぐがすげなく断られる。
「うーん、じゃああれだ、ガキの頃から得意だって言い張ってる『地獄のタコ踊り』を見せてやれよ。あれ最高に笑えるからな」
「あたしのダンスを地獄のタコ踊りとか言うな!? しかも最高に笑えるってどういうことよっ!? 笑わせてるつもりなんてまったくないんだけど!?」
「この間、朋華が踊りの練習してる動画こっそり撮って、『除霊を施されて苦しむ悪霊に憑かれた女』ってSNSに投稿したら軽くバズったんだぞ。自信持てよ」
「なに勝手なことしてんのよ!?」
「隠し撮りだから後ろ姿だけで顔は映ってねえからな。俺は撮影に携わる者として最低限の肖像権には気を遣ってる。安心しろよ」
「隠し撮りしておいてなに偉そうに肖像権を語ってんのよっ!?」
腕組みを解いて頭を抱え身もだえしたかと思ったら俺の肩を掴んで揺さぶってくる。
朋華の怪力はガキの頃からずっとだが、いま動かされたらせっかく合わせたピントがズレるだろうが。
「ひぃ……っ、やっぱり盗撮慣れしてるじゃないですか……」
月見里は月見里で、後ろから髪でも引っ張られているみたいに身体全体を仰け反らせて表情を青ざめさせている。
「は……? 盗撮慣れってどういうことよ? 真影、アンタまさかついに法に抵触するようなことを……」
月見里の呟きを耳聡く察知した朋華が眉根を絞り上げ、俺の肩を掴んだままの手に握り潰す勢いで力を込める。顔も握力もヤンキーそのものにしか見えない。
「してねえよ、盗撮なんてするわけねえだろ。なあ? それといい加減に手を離せよ。ゴリラ握力のせいで地味に痛えんだよ」
「誰がゴリラ握力よ! 本当なの月見里さんっ!?」
よほど気分を害したのか朋華が鋭い視線を月見里に向ける。
まるで実弾でも撃ち込まれたみたいにビクンと全身を震わせ、殺人鬼に追い詰められた絶望顔で小刻みに頷く。
うっかり零した呟きだったのだろうが、盗撮の件を掘り下げると生徒玄関前のパネルのいきさつまで説明せざるを得なくなってしまう。
つまり自らの野ションを公言しなければならないのだ。そんな不本意なことなど出来るわけなく月見里に頷く以外の選択肢なんてあるはずがない。
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