第6話

「おい月見里やまなし、そんなに怯えて警戒しなくても朋華ともかはいきなりは噛み付いたりしないぞ」

「いきなりもなにもそもそも噛み付かないわよ!」

「あと、朋華が一軍女子だと? こんなギャル崩れのヤンキーが一軍?」

「誰がギャル崩れだ、崩れた覚えなんてないし!? それと何度も言うけどヤンキーじゃないから! 誤解が広まるから適当なこと言わないでっ!!」

「みんなまだ真実に気が付いてないだけでだいたい合ってるだろ。なあ、月見里もそう思うよな?」

「ひぃ……っ、ヤンキーこわいヤンキーこわいヤンキーこわい……っ」


 同意を求めた月見里は残像が残りそうなくらい震えていた。どこから見ても不憫にしか映らなくて、迂闊に話を振ってしまって申し訳なさがこみ上げてしまう。


「ちょっとっ、おかしなこと言うから月見里さんがすかさず勘違いしてるじゃない! 誤解しないで、あたしヤンキーじゃないからね!?」

「そうだぞ月見里、朋華はつまんねえギャル崩れだから安心しろ」

「だから崩れてないわよっ!」

「ひぃ……っ、ギャルこわいギャルこわいギャルこわい……っ」


 せっかくフォローしてやったのに朋華が大声を出すせいで月見里の震えは一向に治まらない。このまま小刻みに震えすぎて細かい砂になって崩れそうな有様だ。


「ちょちょちょっ、真影まかげは黙ってて! 大丈夫よ月見里さん、落ち着いて? そんなことより、写真のモデルを引き受けたって聞いたんだけど本当なの?」

 いまだに財布を掲げたまま震え続ける月見里に、朋華はゆっくりと優しく問いかける。


 絵面的に陽キャが陰キャに難癖付けてるようにしか見えないのだが、黙っていろと言われた矢先なので余計なことは言わないでおこう。


「えぅ、は、はい……、引き受けました……」

「え、どうして引き受けたの? 何か弱みでも握られて強要されてるんじゃないの?」

「いえ、そそ、そんなことは……」

 俯いて表情を隠す前髪の隙間からチラチラと俺に視線を送ってくる。


 もっと上手にやり過ごせよ、おっちょこちょいか。そんな仕草で口調を濁らせると嘘っぽく見えるだろうが。


 今朝の一件は強要なんてことは微塵もなく、お互いの利害が完全に一致した交換条件だ。


 しかし仮にそうでなかったとしても月見里はモデルを引き受けた理由を語ることは出来ないだろう。なにしろ野ション直後を激写されたパネルを撤去してもらうためだなんて言えるわけがない。


 そして案の定、そんな月見里のまるで意味ありげに見える仕草に不信感を持った朋華が俺をじっとりと見据えてくる。


「なんだその目は? 月見里も引き受けたって言ってるんだからそれが事実だ。いい加減に受け入れろよめんどくせえな……」


 俺の補足でますます懐疑的になったのか、朋華は細めた目で見据えていた視線をおもむろに月見里に向け耳打ちするみたいに口元に手を添え、

「……月見里さん知らないの? 真影はね、入学直後から手当たり次第の女子にモデルになってくれって頼んで回ってたのよ。挙げ句にあんまりしつこいからヌードを撮ろうとする変態って噂になってるの」

「手当たり次第じゃねえ、声をかける女子はちゃんと選んでるぞ。まるで俺に見境がないみたいな言い方するな」

「ヌード撮ろうとしてる方を否定しなさいよっ!」

「それは……、まるっきり間違ってるわけでもねえしな」

「もっと誤魔化す努力を見せなさいよっ!?」

「……あ、あの、深瀬ふかせさんが、私の身体が目当てなのは、……ちゃんと聞いてるので、知ってます」

 俺たちの無益な問答を見かねたのか、月見里は朋華の袖を摘まんで消え入りそうな声で申し出た。


 途端に表情を凍り付かせた朋華が、

「月見里さん……? 身体が目当てだなんて真影に言われたの?」

 抑揚のない平坦な低い声でどういうわけだか俺を睨み付けながら問いかけた。


「ひぃ……っ、は、はい。言われました……」

「いい? 真影は隙あらばヌードを撮ろうとするのよ? わかってる? 本当に脅されたりしてない? おかしな弱み握られてるんじゃないの? 断るんだったら早いほうが良いわよ? あたしから言ってあげようか?」

 月見里のうっとうしい前髪を掻き分け頬に手を添えてまっすぐに見つめ、朋華は捲し立てるように力強く説得を試みる。


「なんでそんな一生懸命に俺の邪魔するんだよ?」

「大切なクラスメイトが騙されて毒牙にかかるかもしれない瀬戸際なのよ、真影こそ邪魔しないでっ!」

「大切なクラスメイトの名前間違えてたじゃねえか」

「黙れ、この変態っ!!」


 埒が明かねえなと溜息が零れたと同時に、一限の開始を告げる間延びした予鈴が響き始めた。


 やれやれ、さすがに授業が始まれば朋華も自分の席に帰らざるを得ない。次の休憩時間にも小うるさい文句を言いに来そうだが、そのときはもう無視しよう。イヤホンを耳に付けて音楽を聴いているフリをしてやり過ごそう。


「あぅ……、いえ、大丈夫です、本当に……。引き受けたからには、やります」


 まさかの宣言だった。


 口調はあいかわらずだったが月見里は、いまだ興奮冷めやらぬ朋華に小さく頷いて、

「これは、その……、交換条件ですから……、やります」

 たどたどしいながらも言い切って見せた。


 モデルを引き受ける交換条件、それはもちろん生徒玄関前のパネルの撤去だ。なのだが、そこまでして目にしたくないものなのだろうか。

 さすがに野ション直後の決定的瞬間とはいえ、個人の特定はほぼ不可能な写真なのに。それとも俺の撮った写真が見るに堪えない出来だと遠回しに匂わせているのか。


 まあ、どちらにせよ月見里本人がやると言っているのだから朋華も黙るしかないだろう。俺も気兼ねなく撮影できて御の字だ。




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