第5話
「ねえ
「情報が錯綜してるな。ったく、めんどくせえ……。周りの連中にどう見えてたかは知らねえが、写真のモデルをしてもらうことになっただけだ。泣いてたのは……、うれし泣きだったんじゃねえか?」
「は……? 写真のモデルって、真影が撮る写真のモデルよね? えっ、マジのマジで言ってるの……?」
「ああ、マジだぞ」
ホームルームが終わり一限が始まるまでのほんの短い休憩時間に、俺の席に近寄って声をかけてきたのは同じクラスの
明るいオレンジ色のインナーカラーを目立たせるようにきっちりと結んだツインテールを揺らし、着崩すどころか校則で禁止されているはずのカーディガンを羽織っている。
あまりこういう括り方で細分化するのは好きではないのだが、わかりやすく言ってしまえば朋華はいわゆる典型的な陽キャだ。
教室内でも同じように派手な見た目の女子たちと連んでいる。陽キャ共はどう見ても肉食な見た目のくせに草食動物並みに群れたがるのはどうしてなんだろうな?
「……いやでも泣かしてたんでしょ? 真影、アンタまさか恐喝でもして無理やりモデルをやらせようとしてんじゃないでしょうね?」
「失礼なこと言うな。お前と一緒にするんじゃねえ」
「あたしがいつ恐喝なんてしたのよ! あとお前って言うなっ!」
「いきなり声を荒げるな。隠しきれないヤンキー体質がびゅるっと滲み出てるぞ?」
「びゅるってなによ!? なんか汚く聞こえる擬音使うなっ!?」
食ってかかる勢いで俺の机に両手をついて鼻の頭に皺を寄せながら言い返してくる。ヤンキー体質が滲み出て見えるんだからしょうがねえだろ……。
「あー、そんな風に前屈みなると、その無駄に膨らんだ胸が見えるからやめろ」
「いくら気になるからっていやらしい視線向けてんじゃないわよ」
「見られたくねえなら着崩してんじゃねえ。ほら、不愉快だからさっさと隠せ。それともボタン取れてんのか?」
「少しは見てないとか誤魔化したりしなさいよ!? それにこういう着こなしなのよ! こうしたほうがかわいいでしょっ!」
「制服なんかどう着たって変わりゃしねえわ」
「真影の歪みきった感性じゃ理解できないだけでしょ!」
スクールシャツのボタンをあえて解放して谷間を覗かせるのが着こなしとは笑わせてくれる。
胸元をはだけさせるのがファッションなのはセクシーなイタリア人男性と日本のギャルくらいだぞ、知らんけど。
そんな朋華が俺に向かって軽い調子で話しかけてくるのは俺たちが幼馴染みだからだ。
しかも保育園、小学校、中学校、そして高校生となったいまもずっと一緒という、くどいレベルの幼馴染みなのだ。
さらに自宅も隣同士という一周回って逆に珍しいくらいに典型的な腐れ縁だった。ここまで来るともはや身内みたいな感覚が根付いてしまい可愛げのない妹みたいな存在だ。
良い意味でも悪い意味でも、勝手知ったる朋華とのやりとりに新鮮味なんて欠片も感じない。
だからやけに発育良く膨らんだ胸の谷間なんぞにはまったく興味を引かれることもない。しみじみ残念だと思って見つめているだけだ。
「はあ……、とにかくモデルを引き受けてくれた女子が見つかったってだけだ。無関係なんだから勝手に騒いでんじゃねえ」
「そ、そんな物好きがいたなんて驚きだわ……。いったいどこのどいつよ?」
「こいつだ」
なぜだか不服そうに眉根を寄せる朋華に、俺は右腕を水平に伸ばして隣の席を指差す。
「……ひぃ、ご、ごめんなさい」
そこには今朝、生徒玄関前で俺の写真パネルを撤去してくれと懇願してきた女子生徒こと、
「え、ここって空席じゃなかったの……?」
「朋華もそう思うよな? 俺も昨日まではずっと空席だと思ってたぞ」
驚きだった。
今朝の野ション女子がまさかクラスメイトなうえに隣の席だったなんてまったく気が付かなかった。
高校入学後に早速行われた席替えのくじ引きで、一番後ろの席を引き当てた強運に喜び勇んで隣の席の奴なんてまるで眼中になかった。
それにしたって月見里朔は存在感がなさ過ぎた。
朋華が言ったとおり空席だと勘違いしてしまうくらい机に突っ伏して小さくなり背景と一体化していた。
「えっと……、確か……、つきみさと、さんだよね?」
朋華はこめかみを指先でぐりぐり押さえて唸りながら記憶を掘り起こし、朧気な記憶の糸を引いて名前を導き出した。
すごいな、うっとうしいくらい仲間意識だけはやたらと強い陽キャ属性というべきか。
群れている女子だけでキャピキャピしてるもんだと思っていたが、クラスメイトの名前を記憶に留めていられるのは純粋にすごいと思えた。
俺はどれだけ糸を引っ張ってもどこにも繋がっていなくて全く思い出せなかった。そもそも記憶していなかったといった方が早いのだろうが。
「あぅ、月見里って書いて、やまなしって読みます……。月見里朔、です……。すみません、読みにくい苗字で……。なるべく早めに改名しますから許してください……」
「えっ、やっ、別に責めてなんてないよ!? こっちこそ間違えちゃってごめんねっ、あたしは綾野朋華。よろしくねっ」
「ひぅ……、はい、知ってます……。二組の中心的な一軍女子で、圧倒的な眩しさを放つ陽キャの綾野さん……」
「え、なに、褒められてるの貶されてるのどっち!?」
「うひぃっ! ごっ、ごご、ごめんなさいっ! い、今これだけしか手持ちがなくて……、うえぇぇ……」
月見里はガタガタと机ごと小刻みに震えながら、流れるような手付きで制服のポケットから財布を取り出して朋華に差し出した。
「おい朋華、お前カツアゲとかいい加減に卒業しろよ恥ずかしい。ヤンキー体質ってそういうところだぞ?」
「前科があるみたいに言わないでっ!? カツアゲなんてしてないわよ! あと、お前って言うなっ!」
ほんの冗談のつもりだったのに俺の机をバシンと手のひらで叩いていちいち本気で抗議してくる。
そうやって勢い任せな暴力に訴えるなよ、隣で財布を頭上に掲げた月見里が小動物みたいにビクついてるだろ。
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