第4話

 おしっこと聞こえた気がしたのだが聞き間違いだろうか。

 何か別の意味合いを伴った単語を聞き違えたのか、まだ俺の知らない特別な言語だったのか。

 近頃のJK共は好き勝手に略語を作り上げるからな。俺の想定を超えた造語の可能性もある。


「は? ……おしっこで合ってるか?」

「も、もう、我慢の限界で……、トイレまでとても間に合わなくって……」

 俯けた顔を耳まで真っ赤にしたヤマナシの呟きで、あらゆる可能性が潰えた。


 確かにあの菜の花畑は植物公園内の一番奥に位置しており、近くには申し訳程度の東屋が建っているだけでトイレはなかった。


「……え、……野ションしてたのか?」

 俺の問いかけにヤマナシは俯けたままだった頭を小さく手前に揺らした。表情の確認は出来ないが肯定と受け止めて差し支えないのだろう。


 お花摘みと言った方が良かったのだろうか。それはそれで、菜の花畑の中でお花摘みになってしまう。植物公園内の花を摘むのは最低のマナー違反だ。いや、そもそも野ションしてる時点でマナーを口に出来る立場にないだろう。


「……だ、だからっ! すぐにパネル外してくださいっ!」

 逃がさないようにだろう、いまだに掴んだままだった俺の腕をさらに強く握り直し顔を上げて懇願してきた。


 恥辱で崩れきった顔は猿みたいに真っ赤だった。どうやら野ションしてたのは嘘や冗談ではなさそうだ。


 そして失礼だとは思ったが「うわっ、こいつちゃんと手洗ってるのか……?」と、強く掴まれた腕を見て真っ先に思い浮かべてしまった。

 あの写真を撮ったのは一ヶ月以上前なのだからさすがに洗っているだろう。……洗ってる、よな?


「い、いや、だがな、野ションの真っ最中が写ってるわけじゃねえだろ?」

「真っ最中じゃなくても直後ですからぁ!!」


 ふむ。まあ理解できないわけではない。


 何も知らずに登校してきたら、自分が野ションを終えた直後の後ろ姿が大きく引き伸ばされてパネル展示されていたのだ。

 写真を眺めながら愕然としていた姿もいまなら頷ける。


 そう理解が及ぶやいなや、途端に目の前の女子が不憫に映った。


 どれだけの偶然が重なり合ってもなかなかあり得ない瞬間だろう。前世でどれだけの悪事を働いたら、放尿直後の写真を撮られて公衆の面前に貼り出されてしまうのだろうか。


 しかもよりにもよってシチュエーションが野ションだ。おっと、迂闊にも『ション』がかかってしまった。ションがかかるってなんか汚えな……。

 まあそんなことは置いておいて、これが不憫でなかったら、きっとこの世は幸せいっぱいなまさしくお花畑だろう。


「ううっ、うえぇぇ、お願いしますぅ……、何でもしますからぁ……」

 ついに半泣きになりながら縋り付いてきた。世界不憫選手権があったら相当上位を狙える弱々しさとみすぼらしさだ。


 だが、どんなにヤマナシが不憫に映ろうが俺は聞き逃しはしなかった。


 ――いまと言ったな?


 健全で健康な優良男子高校生の前で、そんな大それたことを口にして無事に済むと思っているのか?

 この発想が健全から程遠いのだが、なにしろこちらは健康な男子高校生なのだ。男の人生で最も血気盛んといっても過言ではないのだ。


 そして先ほどから気にはなっていたのだが、改めて上から下まで見てみるとコイツ、なかなか俺好みのイイ身体をしている。


 ……おっとマズい。知らず知らず舌舐めずりしてしまった。これではあらぬ誤解を招いてしまう。


「よし、わかった。パネルは取り外してもらえるように言ってやる」

「ほっ、本当ですかっ?」

「ああ約束する。その代わり、――今度はきちんと俺の写真のモデルになってくれ」

「モデル……、ですか……? え、私が、ですか……?」

「そうだ。次は後ろ姿じゃなくてきちんと撮らせてくれ」

「うぇ……、で、でも私、可愛くないですし……」

「うん? ああ、顔は別に気にしてねえから問題ない。安心しろ。俺が一番興味があるのはお前の身体だ」

「……はぇ? ……カラダ?」

「ああ、そうだ。お前のその着衣越しにもはっきりわかる、頼りないほど薄くて簡単に折れそうな華奢な身体にしか用はねえ」

「か、かか、身体……、私の、身体が目当てなんですかっ!?」

「そう言ってるだろうが」

「認めちゃった!? い、いやですぅ!」

「じゃあパネルは外さねえ」

「んぇっ、そ、そんなぁ……」

「何でもするって言ったよな?」

「……うぐっ、……う、ううっ、うえぇぇぇぇ~~~~」


 生徒玄関前にヤマナシのむせび泣きが反響した。


 遠巻きに俺たちのやりとりを眺める生徒たちがひそひそと耳打ちしていたが、もはや気にならなかった。

 形はどうあれ、俺はかねてからの念願だったモデルを手に入れたのだ。しかも求めていた理想に限りなく近い身体の女だ。


 野ションを終えて立ち上がった直後を切り取った写真パネルの前で、さめざめと響き渡るヤマナシのむせび泣き。

 それに合わせるみたいに肩を揺らしてほくそ笑む俺の表情は、たいそう絵になっていたに違いないだろう。



 

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