第2話 街は未来視以上に先を教えてくれる

 いつ仕事の依頼が入るかもわからないリッシュたちを支えるのが僕の役目。

 だからリバイバリーズの給仕も仕事の内だ。


 おかげで彼らと出会ってからの三年間で料理もすっかり上達した。

 それで今日も料理のレシピを考えつつ街中を走る。

 そうすると煌びやかな大通りの光景が見え始めた。


 彩り鮮やかなシャボンモニターでの広告の数々。

 魔導ディスプレイに映し出される宣伝の映像や音楽。

 それと綺麗な街並みと賑やかな人々の声も。


 僕たちの拠点はこの〝城塞都市べルミオン〟の一等地にあるから、この発展した光景に出会えることはそう珍しいことでもない。

 それでもこの場所に来るといつも嬉しく思ってしまう。


 その理由は賑やかだからというのもあるけれど、それともう一つ。


「さて、今日はどんな依頼が来ているのかなぁ?」


 僕が最初に訪れたのは〝就業者ギルド〟の大きな建屋。

 一等地の大通りに面してそそり立つ、この街一番の興行所だ。


 その建屋の表窓に映し出された依頼票の数々。

 仕入れたばかりの依頼情報を表示してくれる。


 これらを覗き見るのが僕の日課で、楽しみの一つなのだ。


「ふむふむ、今日はバトリングボアの大量発生案件が出てるな。明日辺りに猪肉が安く買えそう! おや、マンドラゴラ失踪事件か、自立種の野菜はこの時期大変だなぁ」


 依頼内容から明日明後日の近況も見えてくる。

 別にこれくらい誰でもわかることで、未来視なんて必要は無い。


「見ろよ! 勇者リッシュだ!」

「さすが、飛竜級の冒険者となりゃどこでも引っ張りだこだなぁ」


 依頼票を読みふけっていると、周りからの騒ぎ声に気付く。

 それで見上げてみると、リッシュたちの戦う姿が大きな魔導ディスプレイに映し出されていた。


『前線で戦う君へ、この相棒を贈りたい。この勇者リッシュがプロデュースした新商品、エルゴロードシリーズは絶賛発売中だ! ぜひその手に取ってみてくれ!』


 大手武具メーカー・エルゴスの宣伝だ。

 戦闘映像と被さるようにロゴとリッシュの姿が現れ、スタイリッシュさを演出している。


「そういえばこの間、撮影の仕事を受けてたっけ。戦闘中の映像を撮る時は難儀したなぁ」


 映像を見て、つい小声と笑みが零れてしまった。

 周りの人の喜ぶ声もついでに聞こえてきて、なんだか鼻が高いや。


(僕もあの中に映りたかったな……)


 しかし僕はあくまでも裏方で、必要以上のことをねだってはいけない。

 人々が望んでいるのはあくまで「勇者たち冒険者」なのだから。


 そう心に言い聞かせてそそくさとギルド前から退散。

 一等地を抜け、一般民街へと到着した。


 すると景色も途端に古臭いものとなった。

 煌びやかな街灯などはもう見当たらない。


 ただ、その代わりに騒がしいほど賑やかになった。

 雑多な人たちで溢れ、露店も並んでいて呼び声もすごい。

 みんな生きるのに一生懸命って感じだ。


 僕はこんな賑やかさも好き。

 こっちはこっちで人情味が溢れている感じがして、心が温かくなれるのだ。


「おや……?」


 でもこの場所には、そんな人情味以外にも潜んでいる感情がある。

 それを目の前でフラフラと歩く酔っ払いのような男が証明してくれた。

 

 だから僕は、男が屋台へ伸ばそうとしていた手を掴んで止めた。


「んなあっ!?」


「あの、窃盗は犯罪ですよ?」


「な、何を言ってやがる!? 何も盗んじゃいねぇだろうが! こ、このクソガキ、人をおちょくるようなことを言うんじゃねぇ!」


 男が僕の手を強く振り払い、人混みの中へ走り去っていく。

 店主も僕を訝しげに睨んできたけど、気にも留めずに通り過ぎた。

 感謝されたくてやった訳じゃないから別に気にはならない。


 そうやって別の泥棒も止めつつ市場を進み、行き付けのお肉屋さんに到着。

 いつもより多めのお肉を買ったら少しおまけしてもらった。嬉しい。


「最近、なんか治安が良くないですね」


「税金が上がっちまって苦労する人が増えたのさ。ほら、領主サマのご長男が結婚するって話だし、例の建国五十周年式典のこともあるしねぇ」


「へぇ、貴族の方は随分と華やかなんですね」


 せっかくだから雑談もしてみたけど、あまり明るい話題は無さそうだ。

 結婚はおめでたいのかもしれないけれど、市井の僕たちには関係無いことだし。


「トワちゃん、気を付けて帰るんだよ! 悪い大人についてっちゃダメだからねぇ!」


 肉屋の店主さんはこうやって気さくで話しやすいからいつもお世話になる。

 でも子ども扱いされるのはちょっと不本意かな。


 そう小声でぼやきつつ帰路に就く。

 しかし意気揚々と帰った僕を待っていたのはリッシュの浮かない表情。


 僕が家を離れていた間に何かが起きていたみたいだ。


「どうしたのリッシュ? そんな浮かない顔をして」


「トワ!? なんだ、帰ってたのか」


 でも他の皆は嬉しそうにソワソワしていて、変な温度差も感じる。


「あのねぇ、実はさっき王国からのお便りが来たのよぉ~~~!」


「そう! しかもなんと王族の封蝋付きと来たもんだ!」


「王族の封蝋!? それって、もしかして!?」


 王族の封蝋なんて朗報以外でそう滅多に付くものじゃない。

 それこそ、この〝アーライン王国〟の国王直々の依頼や要請だと思うしか。


 それってとっても名誉なことだ!

 普通の冒険者じゃまず拝めないはず!


 そしてそんな封筒と手紙をリッシュが持っているってことは……!?


「そう、皆の想像通りだ。これはアーライン王国・建国五十周年式典の招待状さ」


「「「おおおーーー!!?」」」


 信じられない……!

 つまり僕たちリバイバリーズは国賓として王国に招かれたってことだ!


 それってもう実質、国の英雄と言われてもおかしくないことだよ!?

 だとしたら目標の一つをもう達成したってことじゃない!?


 これってとてもすごいことじゃないか!


「だが、問題があってな」


「えっ?」


「……実は参加条件があるんだ。俺たち四人パーティに限る、ってな」


「じゃ、じゃあもしかして……」


「ああ。従者も除くとあるから、トワは連れていけないってことになる」


「「「ええええ!!!??」」」


 でもあまりのショックな事実に驚愕。

 あまりにショックすぎて呆然自失してしまった。


「どどどどぉーすんだよそれえっ!? なぁおいリッシュ!?」

「しょ、正直、どーしたらいいかわかんない……!」

「イヤァァァ! トワと離れ離れは嫌よぉーーーーーー!!!!!」

「艱難辛苦! 憂いの黄昏れェェェ! カハッ!?」


 いや、皆の方がもっとすごい動揺っぷりだ。

 リッシュは頭を抱え、ナナミィは泣き叫ぶ。

 仲間の一人のグンパダは人一倍大きい体を震わせて怯えている。

 もう一人の仲間ミトンに至っては膝から崩れ落ち、白目を剥いて卒倒してしまった。


 それだけ僕を思ってくれているのだろうけど、こんな姿は久々に見るかも。


 ……それだったら。


「皆、そういうことなら僕抜きで式典に行ってきて。僕はこの家でお留守番しているからさ」


「だ、だが……」


「いいんだ。僕の役目は皆が高みに行くお手伝いをすることなんだから。

 だったら僕は、皆が王国の英雄的冒険者になることを応援したいって思う!」


「「「トワ……」」」


「わかった、すまんっ! この埋め合わせはいつか必ずするからな!

 そう、伝説の英雄、その隠れし五人目としていつか必ず列席させてみせようっ!

 ハッハッハー!」


 さっきは皆が僕を支えてくれた。

 じゃあ今度は僕が皆を支える番だ。


 そのためになら幾らでも尽力したいと思う。




 故にこの日、僕は特製ハンバーグを振舞ってから彼らを送り出した。

 少しでも元気に国王陛下と謁見出来るようにと、精一杯の愛情を込めたつもりだ。


 ……けれど僕はそれと同時に、懺悔も込めて肉を捏ねた。

 それは皆が旅立った後、彼らを裏切るような真似をしようと思っていたから。


 ようやく訪れた機会を逃したくはないと思ったのだ。

 年に二回しかない冒険者認定試験が丁度始まろうとしていたのだから。

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