第3話 勇む少年と銀の騎士

「装備、よし! 防具も、まぁこんなものかな!」


 翌日、昼過ぎ。

 リッシュたちを送り出した僕はすぐに家へ帰り、身支度を整えた。


 家の地下には今までの冒険で集められた武具が放置されている。

 どうして売らないのかは知らないけど、使わないことに違いはないみたいだ。


 だから僕はその武具倉庫から使えそうな装備を拝借することにした。

 後でちゃんと返すつもりだから大丈夫、のはず。


 ただし武具の知識は乏しくて、選んだ装備が適しているかはわからない。

 僕の背丈くらいに大きいブロードソードに革製胸当てと角付き革帽子。

 それと腕に備えられるタイプの小丸盾バックラーも付けてみた。


「うーん、ちょっと重いかも? 欲張りすぎたかな」


 理想はこのでっかい剣でズババーッて魔獣を切り裂くこと。

 動けないほどでもないけど、取り回しは少し不安だ。


 それでも実践してみないことには何もわからない。

 そう思いながら重い剣を腰に下げ、気合いを入れて腕を振り上げる。


「さて、僕の力がどこまで通用するか挑戦だーっ!」


「ピャ!」


 そう意気込んでいたら、頭上からネコクラゲのフーニャがフワフワ降りてきた。

 さすが昔からの相棒、僕のやる気に釣られてやってきたみたいだ。


「フーニャもついてくる気満々みたいだね」


「ピャ!」


「よし、それならフーニャも一緒に行こう!」


 フーニャの青い触手を掴み、首裏のフードを広げて誘導する。

 そうするとフーニャが自ら潜り込み、いつもの配置にスタンバイ。


 僕はそのまま意気揚々と家を出て、街の外へと向けて歩き始めた。

 昨日のお肉を買う時に店主さんがぼやいていたことをまた思い返しながら。


(肉屋の店主さん曰く、ゴブリンが現れたのは南外壁の外側の森だったっけ)

 

 ゴブリンは魔獣類の中でも最弱の部類とされている。

 それらの話を思い出し、腕試しに丁度いい相手だと考えたのだ。

 冒険者認定試験を受ける前の準備に丁度いいかもしれないって。


 念のため、もう一度ギルド建屋に寄ってみる

 依頼票と一緒に貼られていた冒険者認定試験の日程表を再確認だ。


「あった! どれどれ、日程は――試験開始は四日後、査定期間は一ヵ月か。ギリギリになりそうだなぁ……」


 リッシュたちも移動を含めて一ヵ月ほどの外出になるって言っていた。

 だから試験がもし早く終われば、皆が帰って来るまでに冒険者になれる。

 ちゃんと試験が上手く行けば、の話だけど。


「……それでもやるしかない!」


 もしこの機を逃せば、冒険者になる機会は二度と巡ってこないかもしれない。

 そんなのは絶対に嫌だ!

 それなら、皆が帰ってくる前に冒険者になって驚かせたい!


 僕はそう意を決して街の外へ。

 南の外壁門を通り、森へと一歩を踏み出す。


 怖い。不安がよぎる。

 一人で、今の力で勝てるかどうかもわからなくて。


 だけど実際にゴブリンを見つけた時、そんな不安も恐怖も一切吹き飛んでしまった。


(い、いた! あれが、ゴブリン……!?)


 森を少し歩いただけでもう遭遇だ。

 姿が聞いていたのとは少し違うけど、明らかに魔獣だから間違いはないと思う。


 深い茶肌に、屈んだような立ち姿。大きさは人と同じくらい。

 棍棒も持っているから知能もありそう。

 そんなのが二匹、僕に気付かないまま辺りを見回している。


(千載一遇のチャンスだ! これなら……!)


 先手必勝――リッシュがよく使う言葉だ。

 先んじて攻撃できれば勝率はかなり跳ね上がる。


 だから僕は物音を立てないようにして接近。

 奴らの近くまで来ると、意を決して剣を掴み、飛び出した。


「うおおおおお!!!!!」

「「ギッ!?」」


 完全な奇襲成功。

 狼狽えたゴブリン一匹が身構える間も無く刃を受け、刻まれ、切断された。

 剣の重さが想像以上の切れ味を発揮させてくれたみたいだ。


「ピギィイィィ!!!!!」

「ううっ!?」


 だけどその間にもう一匹が体勢を整え、棍棒を振り上げていた。

 この棍棒を喰らってしまえばきっと即死はまぬがれない!


 そこで僕はとっさに未来視を使い、棍棒の軌道を読む。


 直後見えたのは安直な振り下ろし。

 右か左に避ければ避けられる単純な攻撃だった。


 だけどその後の光景はまるで違う。

 右に避ければ追撃で頭を割られる。

 左に避ければ蹴り飛ばされる。

 どちらも致命傷を避けられない一撃ばかりだ。


 よって僕はそのどちらでも無い――身を一歩引かせて避けていた。


 これが未来視の力の一端、【第三択肢アナザートライアル】。

 僕はその光景を見て、選んだ未来を行動で実現することが出来る。


 故に棍棒が地面に打たれて空を切る。

 さらに僕はその棍棒に足をかけ、奴の頭上を跳ね、勢いのままに剣を振り上げた。


 途端、ゴブリンの左腕が肩から千切れ飛んでいく。

 それと共に奴が悲鳴を上げ、断たれた肩を抑えようと棍棒をも落とした。


 その隙を僕は逃がさない。

 着地し、勢いのままに片足を軸にして全身を回す。


 そしてその回転と共に剣をも振り回し、ゴブリンの胴体を一気に断ち切った。


「ハァ、ハァ……!」


 飛び散る血飛沫。

 崩れ行く肉塊。

 倒れた魔獣二匹はどちらももう動かない。


「か、勝てた! 勝てるじゃないか、あはあははっ!」


 あまりにもあっさり勝ててしまって、正直拍子抜けだった。

 思わず震えた笑いが出てしまうくらいだ。


「そうさ、僕だって戦える! だったら僕も冒険者に――」

 

 大笑いしたい気分だった。

 腹の底から笑いたい気分だった。


 だけどそうしようとした途端、僕の目の前に小石が転がってきて。


 そしてそれに気付いた途端、僕はもう一つの事実に気付いてしまったのだ。

 僕の周り一帯に、数えきれないほどのゴブリンたちが立ち並んでいたことに。


「あ、あああ……!?」


 ここで僕はようやく思い出した。

 ゴブリンは単体では弱いが、基本は集団行動の生物なのだと。


 そして集団になると恐ろしいほどの知能性、残虐性をも見せることも。


「「「ギギギギッ!」」」

「「「プギャギャ!」」」


 油断しきっていた。

 たった二匹だからと、目の前の相手ばかりに気を取られて。


 そうして周りに対して気配りしていなかったから未来視も働かなかったんだ……!


(そうだ、リッシュはいつも言っていたじゃないか。

 戦いの時は必ず周りを見ろって! それなのに、僕は……!)


 きっとゴブリンたちも僕を「罠にかかった獲物」としか見ていないのだろう。

 ただ小バカにして嘲笑い、僕の間抜けな姿を見て楽しんでいるのだ。


(それなのにやり返せもせずに終わりだなんて、そんなのってぇッ!)


 悔しい。

 涙が止まらない。

 でも恐怖で体の震えも収まらない。


 どうしようもない現実。覆しようない未来。

 その先を見ようとする意思が次第に失われていくのを実感した。


(それならいっそ、もう……)


 そんな恐怖から目を背けるように瞼が閉じていく。

 いっそ何も見なければ、後悔も何も見えなくなるんじゃないかって。




 だけどその瞬間、強い光が真っ暗になった視界を切り裂いた。




 それは瞼の皮を通すほどの強い輝き。

 たまらず目を見開けば、空に青い雷光が輝いていて。


 バリバリと響く雷鳴。

 狼狽えるゴブリンたち。

 すると途端に雷光が落下し、直下のゴブリンたちを巻き込んで爆発を起こす。


 それだけじゃない!

 今度は雷光が水平に走り、ゴブリンたちを容赦なく吹き飛ばしていく!

 ジグザグに、高速で飛び交う様子はまさしく稲妻だ!


 しかも雷光は僕を中心にして回り、地面にらせん状の焼け跡を刻んでいく。

 その光もついには全てのゴブリンを薙ぎ払い、とうとう僕の傍へ。


 そして雷光が消えた時、地面に滑るようにして屈む人物が姿を現した。


 銀色の全身板金鎧フルプレートに銀色の細剣。それはまるで騎士のような風貌。

 そんな銀色づくめの騎士がゆっくりと立ち上がり、腰の鞘に剣を納める。


 それでさらに兜まで脱いだ時、僕はつい呆然としてしまった。




 騎士は、女性だったのだ。

 それも白金の長髪を靡かせた、真っ白な肌と青い瞳の持ち主。


 とても騎士とは思えない美しい素顔。

 その汗を拭う横姿に、僕は思わず見惚れて立ち尽くしてしまっていた。

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