第23話 お金の話


 考えた末に、質屋の付き添いはベネディクトに頼むことにした。

 彼は要塞に駐留するゼナファ軍団の副軍団長。

 にらみをきかせてもらうには最適だろう。


 頼む以上は事情を話さなければならない。

 彼の部屋を訪ねていいかと聞いたら、困った顔をされた。


「フェリシア。妙齢の女性が男の部屋を訪ねるなど、軽率だろう」


「それは、そうですが。あまり大っぴらにしたくない話なのです。内密に話せる場所はありますか?」


「……では、信頼できる人間を連れてこよう。きみのほうでもメイド仲間を一人二人連れてきなさい」


 そうして指定された時間にリリアと一緒に部屋へ行くと、ベネディクトとクィンタが待っていた。

 この人たち、ほんとコンビ感強いな! ごちそうさまです!


「それで? フェリシアちゃんの相談ってなに?」


「はい、実は……」


 私の物語が帝都で大ヒットして、写本が追いつかないこと。

 もっと写本を増やすにはお金が必要で、費用は母の形見を質入れして捻出しようと思っていること。

 形見は高価なので、質屋に行くまで付き添ってほしい旨を伝えた。


「お母さんの形見を質入れ? 駄目ですよ、先輩!」


 リリアがぎゅっと手を握ってくる。


「でもね、リリア。そうしないとまとまったお金が出せないの。せっかく本屋さんが私の物語を買ってくれたのに、助けになれないなんて。不義理でしょう?」


 ベネディクトとクィンタは黙って話を聞いていた。

 互いに目配せしあって、ベネディクトが口を開く。


「金銭に関しては、軍団長がきみの石けんとハンドクリームを商品化する手続きを始めようとしたところだ」


「えっ?」


 クィンタが続ける。


「あれはとてもいいもんだろ? ゼナファ軍団だけじゃなく、帝国全土で売り出せばかなりの利益が見込めるじゃねえか」


「でも、私は商売のことなど何も分かりません」


「だから軍団長が代行するのさ。利益の分配率やら何やらが決まれば、フェリシアちゃんの手を煩わせるほどのこともない」


「ああ。きみは正当な報酬を受け取って、新しい商品のアイディアがあれば提供してくれれば、それでいい」


「そんな……そこまでお世話になるのは……」


 正直、話が急に進みすぎて面食らってしまう。

 石けんやハンドクリームは要塞内で役に立てばいいなーくらいの軽い気持ちで作ったもの。

 商売とか帝国全土とか、話が飛びすぎだと思う。


「軍団長は、それだけフェリシアを買っている。無論、私たちもだ」


 ベネディクトがまっすぐに私を見た。


「遠慮はしなくていいぞ。どうせ軍団長にも儲けが入るんだ。ちゃっかりしてるぜ、あの人」


 クィンタはちょっとわざとらしく手を広げている。


「だから、母上の形見は手放さなくていい。相応の額を初期費用として支払う算段だ。もし足りなければ、私も出す」


「あーあ、これだから名門貴族のお坊ちゃまは。俺は給料以上の金は持っていないんだ。残念だがそこは役に立てねえ」


 ううーん。

 形見を質入れしないで済むのは嬉しい。

 でも本当にいいのだろうか。

 悩む私を、リリアが励ましてくれた。


「フェリシア先輩。わたしには難しい話はよく分かりませんけど、お金がもらえるならもらっておきましょうよ! それで物語の写本をいっぱい作って、もっと人気を出すんです!」


「……そうね!」


 話が上手く進みすぎだけど、軍団長もベネクィの二人も信用できる人だと思う。

 それに何より、私を厚遇して騙す理由が見当たらない。

 聖女の力が本物だと思い込んで、囲い込むつもりかもしれないけど。

 皇太子や実家の家族に比べるまでもなく、この人たちはとても良くしてくれた。

 曖昧なままの聖女の力くらい利用してくれていい。


 だいたい、聖女の力の本領は魔物を弱体化して浄化するというもの。

 であれば、常に魔物との戦いを続けている要塞の兵士たちにこそ必要な力ではないか。

 大いに利用してくれて結構だ。

 むしろ私がもっと頑張って、光の魔力を使いこなせるようにしないと。


 そうと決まれば迷いは消えた。

 帝都では私のBL物語を待っている人がいる。

 急いで写本を作って、たっぷりと萌えを届けなければ!


「それでは、恐縮ですがよろしくお願いいたします。ご迷惑ばかりかけてしまって、本当にすみません」


「迷惑など何もない。顔を上げてくれ」


「そうだぜ、フェリシアちゃん。後で軍団長から正式に話が行くはずだ。細部はそのときに詰めようじゃねえの」


「分かりました!」







 軍団長の呼び出しはその日のうちに行われた。

 本屋にも来てもらって同席する。

 ベネディクトとクィンタも立ち会ってくれた。

 写本に必要なだけのお金を受け取って、本屋は大喜びしていた。


「ありがとうございます! これでしっかりと本を増やせませす!」


「礼ならフェリシア嬢に言ってくれ。それは彼女の受け取るべき正当な報酬だからな」


 軍団長がうなずく。


「しかしフェリシア嬢が物語を書いていたとは知らなかった。ましてや帝都で人気を博すなど。一体どういう物語なのかな?」


 問われて私と本屋は顔を見合わせた。

 英雄叙事詩二次創作BLは、一般的に男性が読むものではない。

 本屋はプロフェッショナルとして読み込んでくれたけど、軍団長に教えるのはちょっと……。


「英雄叙事詩を新しい視点で再構築した物語です」


 なので私は無難に答えた。


「ただ、女性向けにアレンジしたものですから、皆さんの好みとは違うと思うのです」


「そうか。だが興味はある。よければ読ませてくれないか? きみが読み上げてくれてもいいよ」


 げぇ!

 腐男子でもない一般男性の前でそんなことするとか、どんな苦行じゃ!

 私は内心で汗をダラダラかきながら、必死で表面を取り繕った。


「きっと退屈させてしまいます。どうかご容赦ください」


「ふむ? 本当に興味があるんだがなあ」


「ご容赦、ください……」


 いたたまれなさのあまり震え声になると、やっと軍団長は引いてくれた。まじでやめてくれ。

 そりゃあ腐女子仲間の前でなら堂々と朗読するよ?

 でもそれは萌えを共有できる確信があるからだよ。

 そうでない相手の前でニッチな性癖を公開するとか、どんな罰ゲームだよ!


 それからは石けんとハンドクリームの商売の話になって、私は利益に対して分配を受けることとなった。

 石けんとハンドクリームは既に帝都の一部に運び込まれており、貴族階級で好評なのだそうだ。


「最初の段階でフェリシア嬢の同意を取り付けるべきとは思ったんだがね。試験的にうちの実家を通して、感触を確かめた。予想以上に好評だから、すぐにでも商売に取り掛かるつもりだ」


「恐れ入ります」


 私としては思い付きで作ったものがお金になって、ラッキー以外の何物でもない。

 分配率も良心的に見える。

 ありがとう、軍団長!


「何もかもお世話になりました。私、もっと頑張りますね」


「期待しているよ」


 軍団長は微笑んだ。

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