第12話 天然


「帝都への報告は不要? どういう意味かな」


 いつもは穏やかな軍団長の瞳が、不審の色を帯びている。


「それは、私がまだ光の魔力をきちんと扱えないからです」


 その視線に怯まず私は答えた。

 ていうか普段は優しい人がここぞというときは厳しいとか、ギャップ萌えのご褒美でしかない。


「クィンタさんの傷を治した際は、無我夢中でした。もう一度やれと言われても自信がありません。こんな半端な状態では、帝都に帰っても肩身が狭いだけ。それに……」


 私は胸の前で手を組んだ。


「聖女の力が必要なのは、安全な帝都ではありません。この要塞町のように危険と隣り合わせで戦う人々にこそ、求められるべきだと思うのです」


 男性三人の瞳が揺れた。


 本音は言うまでもなく「クソ実家とクソ皇太子のいる帝都になんか帰ってたまるかよ! わたしゃーここでBLパラダイス満喫するんだい!」である。

 さすがに皇族である皇太子をあからさまに悪くは言えないので、ちょいと取り繕ってみた。

 まぁでも、家族がクソなのは言っても構わないかな。


「それに私は、家族と不仲なのです。実母が亡くなって後妻と義妹が来ましたが、彼女らは私を邪魔にしていて。だから行き場がないのです……」


 こっそり上目遣いに男性陣の様子を見ると、三人ともショックを受けた様子だった。

 ベネディクトが口を開く。


「フェリシア。きみはなんと志の高い女性なんだ。快適な帝都ではなく、辺境の要塞町で力を尽くしてくれるとは」


 クィンタも言った。


「家族と不仲だって? 親父は実の父親なんだろう。何をしているんだ」


「父と実母は政略結婚でした。父は最初から母に愛情がなく、愛人を――今の後妻を囲っていたのです」


 義妹と私は半年しか生まれが違わない。

 つまりフェリシアがお母さんのお腹にいた頃にはもう、父は愛人とよろしくやっていたということだ。

 控えめに言ってクソである。

 私は前世成人女性の記憶があるからいいものの、本当に幼かった『フェリシア』はかわいそうすぎる。


「そんな事情があったとは……」


 最後に軍団長が深いため息をついた。


「承知した。きみの希望を聞き入れよう。フェリシア嬢がここに残ってくれるのは、喜ばしいことだからな」


「ありがとうございます……!」


 これからもBLパラダイスで暮らせる!

 そう思うと嬉しくて、はらりと涙がこぼれてしまった。

 なんか男性三人が絶句しているが、なんじゃ。


「今後もメイドのお仕事、頑張りますね。それに光の魔力の練習も。私の力がゼナファ軍団に役立てるなら、何だっていたします」


「あぁ、頼んだ」


 一礼して部屋の外に出ると、廊下でメイドのみんなが待っていた。


「軍団長のお話、どうでしたか?」


 リリアが心配そうに聞いてくるので、私は微笑んだ。


「帝都に帰らないかと言われたけど、断ったわ。だって私、この町とみんなが大好きなんだもの!」


「フェリシア! あんたって子は、もう!」


 メイド長がぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。

 他のメイドたちに囲まれて、笑いあった。


 周囲を見渡せばBL天国。そして腐女子仲間。

 萌えはたっぷり、友だちたくさん。

 仕事も執筆も頑張っちゃう。

 あぁ、幸せだなあ!


 心からそう思って、みんなと一緒に笑い続けた。




+++




【三人称】


 フェリシアが辞した執務室にて。

 軍団長とベネディクト、クィンタは彼女の言葉と態度に深く心を打たれていた。


「小さい頃から家族に疎まれて、それなのにあんなに健気で。いい子すぎるだろ、フェリシアちゃん」


 クィンタが言えばベネディクトもうなずいた。


「この要塞町は辺境で軍団兵の拠点。帝都育ちの令嬢が住むような場所ではない。けれど彼女は雑事を率先してこなし、嫌な顔ひとつしない。ましてやあの聖女の力。傷つき血まみれになったクィンタを迷わず救った、神々しい姿」


「ああ。あれだけの瘴気がきれいさっぱり消えたんだ。今でも信じられねえよ。ぞっとする瘴気が暖かい光で消し飛んで、命を繋いでくれた」


 二人の胸に浮かぶのは、同じ言葉。

 ――涙まで美しい。あんな清らかな人がいるなんて。


 部下二人の神妙な顔を見て、軍団長は苦笑した。


「お前たち、すっかり心を奪われてしまったな」


 からかうような口調にクィンタがムッとした。


「そう言う軍団長はどうなんです」


「おいクィンタ。無礼だぞ」


 ベネディクトを手で制し、軍団長は笑みを深める。


「そうだな、私がもう少し若くて、愛しの妻がいなければ惚れてしまったかもしれないな。……だがそれとは別に、上司として守ってやりたいと思った。帝都を追放された件も、裏がありそうだ。元老院の知り合いに探りを入れてみよう」


 この国において高位の軍人は政治家の側面も持つ。

 軍団長自身も貴族の出身のため、帝都にパイプを持っていた。


「慎重にお願いしますよ。万が一にも彼女が傷つくことがないように」


 クィンタの言葉に軍団長はうなずいた。


「ああ、分かっている。フェリシア嬢の力は本物だ。権力争いの道具にされぬよう、細心の注意を払って進めるよ」


 ベネディクトは執務室の扉を見る。先程、フェリシアが出ていった扉を。

 彼女の未来が安らかなものになるよう、心の内で祈らずにはいられなかった。

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